サイバーカルチャートレンド前夜
第三回
大野典宏
●試行錯誤が続く二十年
燃料電池が取りざたされてから、もはや二十年以上が経過している。これは案外と気がついていないのではないだろうか?
これ、鳴り物入りで登場したものの、なかなか普及していない。それはなぜか?
その答えは凄く簡単で、「問題になる水素の供給をどうするのか」である。ガソリンや軽油の補給に関しては長年かけて普及してきた供給施設がある。電気自動車も配電されている場所なら充電する地点を作ることが比較的簡単だろう。しかし、水素――高圧縮水素の形であれ、液体水素の形であれ、どこかで供給する必要があるのだ。たいていの場合、燃料電池に関しては大型の水素貯蔵タンクが必要になるため、小型車での運用は難しい。それゆえに大型車での利用を目指しているわけである。
そして問題になる水素はどこから手に入れるのか? 水を電気分解するのか? それともメタンから水素を発生させるのか?
電気分解は、電気を水素に変えて再び電気に戻すので損失が大きくなる。そこでメタンから作り出す方法もLNG(液化天然ガス)から発生させる方法が有力視されているのだが、結局は石油と同じ化石燃料であることには変わらない。資源は有限なのである。石油と同じく輸入が止まったら終わりになる。困ったものである。
さらに、この水素って燃えるのである。酸素と混じると大爆発が起こる。空中浮遊に水素を使用していたヒンデンブルグ号などの大型飛行船が爆発事故を起こす映像を観たことがある人も多いだろう。したがって相当な注意を払わないとガソリン車以上に危険だったりするのである。となると、大きくて、相当に頑丈な水素貯蔵タンクを実装しなければ実用的でもないし、事故を起こしかねないのである。これが悩ましいので、今に至るまで普及するにいたっていなかったりするのである。
だが、そこで諦めるのは研究者でも技術者でもない!
今は何とかカーボンファイバー製の強固な貯蔵タンクが開発されている。そしてLNGに関してはメタンハイドレートの安定供給ができないかと試行錯誤が試みられている。とは言ってもメタンハイドレートも化石燃料なので結局は地球の資源を食い潰すことに変わりはないのだが、都市ガスとして利用されているLNGよりはパイが大きいのではないかとも考えられる。
そして何よりも、都市部の排気ガス問題が解消される! これは案外と大きい。
というわけで、燃料電池の概念が発表されたときには期待されたが、予想以上に乗り越えるべきハードルが高くて多かったのである。
そのようなわけで、「期待外れ」とか、「もう忘れてしまっていた」という人も多いと思うんだけど、実用化に向けての努力は行われている。で、その時期がいつになるのか? それは誰も知らないけどね。
初出 2001年10月29日
燃料電池が巻き起こす社会の変化を予測する
『マイクロパワー革命――IT革命の次はこれだ!』
柏木孝夫,橋本尚人,金谷年展著
TBSブリタニカ 刊
ISBN:4-484-01206-5
B5判
292ページ
1,600円(税別)
2001年6月
現在,燃料電池が次世代のジェネレーション(generation:発電)システムとして注目を集めている.そして実際に,自動車産業や住宅産業への応用研究も活発に行われている.
燃料電池は,「電池」という用語が使われているので誤解を招きやすいが,乾電池やリチウム電池などとは発想が根本的に違う.いわゆる「電池」は,電気の形でエネルギを供給し,化学エネルギとして蓄える.その一方で,燃料電池は水素を「燃料」として供給し,空気中の酸素と化学反応させて電気を作り出す.要するに,燃料電池とは,化学的な原理を採用した「発電装置」にほかならないのである.
ただし,燃料電池を「発電装置」として見た場合,現状の火力発電や原子力発電よりも電力あたりの単価は高くなってしまう.それにもかかわらず,なぜ燃料電池が注目を集めているのだろうか.その理由としては,以下に示す要因が挙げられる.
1.エネルギ変換効率が高い
――電池と比較して,自動車などへの利用には便利
2.環境問題への貢献
――反応しても水しか発生しないので環境問題が起きない
3.コジェネレーション(熱電併給)
――発電する際に発する熱を積極的に利用できる(暖房,給湯など)
4.分散型発電の実現
――送電の際に生じるエネルギ損失の低減.全体としては大きなメリットになる
5.生活環境への自然な融合
――化学反応であるため,音や振動がなく,都市部や住宅への設営が可能
さて,本書は,燃料電池,そしてマイクロガスタービンなどに代表される「マイクロパワー技術」の概要と現状,そして分散型発電やコジェネレーションの実現によって経済・環境・社会に与える影響を解説した本である.現在,「エネルギ問題」が早急にして最大の課題として確かに存在している.事の重要性を考えれば,もっと話題になるべきことだと思うが,現実には,あまりにも「騒がれていなさすぎる」という感が強い.だが,確実にエネルギ問題に対する「解答」は準備されつつある.
近い将来,マイクロパワー技術が実際に稼動し始めれば,社会の在り方や生活環境は確実に変化する.技術者として,そして生活者として,「エネルギ供給」という観点から見た近い未来の社会像を知っておくことは,意味のあることだと考える.