
シミルボン再録
人こそが大勢の生贄をもとめる悪魔だ 「リラと戦禍の風」 大野典宏
上田早夕里著
KADOKAWA刊
突然だが、悪魔というと何を思い出すだろうか?
オカルトを題材とした作品では人に取り付いて害悪を行う……。こんなところだろうか。かつて大ヒットした「エクソシスト」では、ニューヨークに済む少女にヒッタイトの悪魔「パズズ」が取り付き、人を呪い殺す話だった。
日本人の悪魔像はこの作品で決定的になったと言っても過言ではないだろう。日本にもあった「狐憑き」と「お祓い師」そのものの図式なのでわかりやすい。
その一方で、「神は規範ばかり要求する」という息苦しさへの反発から「悪魔は自由の象徴」ともする見方をする傾向もある。
ミルトン「失楽園」などがその典型例かもしれない。
そういった系譜の延長として、ドイツに古くから伝わるファウスト博士の伝説は何度も作品化された。最も有名なのはゲーテ「ファウスト」だろう。
自分が学問を究極するためにファウストという学者が悪魔メフィストフェレスと死後の魂を引き換えとして取引すという、もう一つの悪魔像である。
こういう文脈で登場する悪魔とは、往々にして人間の飽くなき欲望の鏡となって現れる。上述した「ファウスト」にも、こんな心象的なセリフが出てくる。
つまるところわたしたちは、自分のこしらえたものに引き回されるのですね。
人工的に作られた人間「ホムンクルス」が身勝手な行動をし、身勝手な事しか言わないことに呆れたメフィストがこう漏らすのである。悪魔が人言に対して放った文明批判の言葉として受け取られる。同じ主題はほぼ同時期に書かれたSFの祖と言われる「フランケンシュタイン」でも語られている。両作品は、その面でとても似ている。
時に人の行いは、あまりにも愚かで、悪魔すらも呆れるくらいのものなのだ。
と、ここまでが本書に出てくる魔物の意味を理解するための基本知識である。
本書が描かれるのは、ヨーロッパを襲った最初の大規模殺戮戦、つまりは第一次世界対戦を扱った「戦争を考察する小説」である。戦争といっても、前線だけが酷いわけではない。銃後の社会も物不足や人手不足が顕著になり、大勢の餓死者を出してしまう。つまり前線では敵に殺されるのであるが、銃後は軍が支配した社会に殺されるのだ。
本書に登場する魔物の正体は、ブラド串刺し大公の血を継ぐ「伯爵」である。本書に登場する魔物は人とは違った価値観で存在しているため、人と衝突することもあるが、決して敵というわけではない。戦時下においては、最前線であっても銃後の世界でも人に対して好き勝手な干渉を行う。
そこで伯爵に目を付けられたのが主人公であり、ヒロインのリラという少女である。本書での設定は少し変わっていて、肉体を持った側の実体、そして魂として自在に場所を超えられる虚体になることができる。これはまだ半魔物的な存在であり、本書に登場するのはこの存在である。
主人公はドイツ側の戦線におり、塹壕戦という銃と火薬、凶器をもちいて肉弾戦を強いられていた。人を前線にとどまらせるのはナショナリズムのみであり、過酷な現実の中で狂気に苛まれながらも必死で殺し合いを行い続けている。
一方、リラのほうは地形的に微妙な位置に存在するためヨーロッパで行われる戦乱では常に最初の標的となるポーランドの出身である。リラは祖国を奪われたというナショナリズムによってドイツに対して大変な憎しみを抱いている。
理由が理由だけに、主人公とリラの信念が一致することなどは無い。そんな中で、伯爵が主人公に与える命令は一つ「リラの警護」である。相容れない二人がヨーロッパで目撃していく悲惨な現実を前に徐々に関係が変わっていく。主人公はリラを守るために自ら進んで魔物になり不死を手に入れる。
しかし、無敵になるというわけではない。人をおちょくり、破壊だけを望むニル(ラテン語で無を示す)という存在である。戦争の拡大を望み、主人公たちの前に立ちはだかる。
と、ここまでのあらすじでは、「第一次世界大戦の背後で行われた超常能力バトル」を期待してしまうかもしれない。しかし、そのようなことにはならない。
主人公たちが目を付けて行おうとするのは、戦争の早期終決、社会の生産力を戻すための方策なのである。そして、二人の真の戦いが始まる。諜報によって軍事活動への介入、疲れ切り消費され尽くしてしまった社会の復活、今まさに飢えている人々の救済である。
ここで、時期ときっかけによってナショナリズムとヒューマニズムが簡単に衝突しかねない概念だろ言うことが何度も繰り返される。そして背後で操るのはニル(虚無・人の虚無感や諦めとも読める)なのである。
各国で厭戦気分が盛り上がり、社会主義が広まり、旧体制が崩壊して一時的な休戦が実現されるのだが、話はそう簡単に済む話ではない。大戦後に残ってしまった遺恨が積み重なり、それほどの時間を置くこと無く、第二次世界大戦に突入するのだ。
主人公とリラは気がつく。社会の充実と教育こそが重要なのだと。主人公は会社を経営し始め、リラは教師そして書籍の編集者となり、社会を豊かなものにしようと試みる。ナショナリズムによるものではなく、人々が飢えること無く不自由することなく生き、誰にも憎しみを向けることのないヒューマニズムに溢れた世界を望むのである。
それこそが、一人ひとりにできる最大の抵抗なのであるが、「この戦いを止めてはならない」というメッセージは確かに伝わってくる。
「ファウスト」に出てるセリフとして有名な、
時よ止まれ、お前は美しい。
とは、「お前」とは神から見た完全性のことであり、結局メフィストの策略はファウストの勘違いによって成し遂げられない。
それと呼応するように、作者・上田早夕里は述べる。
「時は止まらない。有り得るかもしれない未来を目指して進む」
文明と人間性とのバランスに対しては常に注意を怠ってはならないと考えさせられる重量級の物語である。
(初出:シミルボン「大野典宏」ページ2021年3月3日号)
