
「あ、これはこれは……」
「ああ、いやどうもどうも」
「いやぁ、お久しぶりです」
おじさん同士の曖昧かつ適度な距離感を持った挨拶を交わし合う。
「講習会、私はこれで三度目ですよ」
「ははは、それならまだいいですよ。私はもう五度目です。女房から何をしているんだと叱られましてね」
「おや、これはちょうどいい。私は四度目です。三度目、四度目、五度目で三人並びましたな」
「何か記念品でも貰えたら有り難いですけどね。金一封までもいかなくても、せめて缶コーヒーか煙草の一箱でも」
「私は禁煙しているから、缶コーヒーが良いかな」
そんな他愛のないおじさん同士の話をしているが、実のところ私たちはお互いの名前も知らない。
近所に住んでおり、朝晩の通勤で顔を合わせる程度だ。しかし毎日のように顔を合わせて何も喋らないというのも不自然だ。そこで道すがらどうでもよい世間話をするようになった。
それだけの間柄にすぎない。
そんな世間話をしていると、奧から係員が出て来て声を掛けた。
「受講者番号100番から150番までの方。まずは交通安全ビデオでの講習を行うので上映室へ入って下さい」
「おお、来た来た」
私たちおじさん三人組以外にも、呼ばれた受講者はいる。番号だと50人いるはずだが、上映室へ入っていくのはその半分程度だ。そして入っていくのは、私たちおじさん、おばさん。そして中学生くらいの子供たちだ。若い人は居ない。こんな講習会、無意味だと分かっているのだろう。
実はおじさんもそう思う。両隣のおじさん二人もそう思っているだろうし、他のおじさん、おばさんたちもそう思ってるのは間違い無い。中学生くらいの子供たちは、講習会そのものが初めてなのか、ちょっと緊張しているようだが、それ以外の参加者はみんな白けきった顔だ。好きで来たわけでもないのだろう。
受講者が席に着くと今日の講師が演台に立ち、自己紹介とこれから上映されるビデオについて簡単な説明をする。
講習会は三度目、講師が違うほかは言っている内容はいつも同じだ。私以外のおじさん、おばさんたちも、講師の説明には興味無さそうに勝手なおしゃべりしていたり、なかには早速、居眠りを始めたりしている者もいる。
若い講師はそんな雰囲気に慣れているのか、集中しない受講者を無視して勝手に説明を終え、動画の上映を始めた。
備え付けの液晶テレビに『歩行者交通安全の必要性』というタイトルが映り動画が始まった。
まずはドラマ仕立ての寸劇から始まるのも前回見た動画と同じだ。サラリーマンが道を歩きながらスマホで道を確認。信号のない横断歩道を渡ろうとして、横から来たクルマと接触しそうになる内容だ。
『歩きスマホは厳禁です。道路を渡る時は左右を確認しましょう』
まるで小学生向けの交通安全啓発動画だ。
私はもちろん、他のおじさん、おばさんたちは無関心だが、中にはさすがに苦笑を浮かべる人がいる。
徐々に内容は危険度を増していく。男性が路上を駆けていくと『道路は走らない』。若者たちが缶入り飲料を飲みながら歩いていると『歩きながらの飲食は危険です』。歩道を二、三人が横に並んで歩いていると『並列歩行は迷惑です』。その一方で五、六人が縦に一列に並んで歩いていると『縦列歩行は迷惑です』。そして『歩く時は片側一人ずつ、適度に間隔を置いて歩きましょう』。
いやはや、小学生じゃないんだぞと言いたくなるが、これは歩行者講習動画だ。
自動車、自転車に続いて、最近は歩行者の交通ルールも厳しくなっている。右側歩行の徹底や歩きながらの飲食やスマホも注意喚起されている。
もっともこれらは法的に禁止されているわけではない。あくまで民間の任意団体がやっている事だ。だから守らなくても良いし、この講習会に出なくとも法的に罰せられる事は無い。しかし参加しないとその任意団体とやらが、インターネットに受講を呼びかける名簿を公表する。するとそれを見て氏名で勤め先を検索し、会社に抗議のメールを送ってくる暇人がいるのだ。
一件二件ならともかく、量が多くなるとさすがに法務も動く。取引先に迷惑を掛ける事もある。
それでなくとも最近はコンプアライアンスが厳しい。講習会への呼び出しを無視し続けている管理職がいる企業とは、取引しないと言っている会社もあるのだ。
どうやら、それも民間の任意団体とやらがアドバイスしているようだ。うちの会社にもその手のコンサルタントが顔を出している。今日も会社の総務経由で受講するように指示を受けたのだ。
会社には逆らえない。
だから勤め人のおじさん、おばさんたちは、無意味な時間と知りつつ、これも仕事の一環として講習を受けに来るのだ。もちろん、有休を消化してだ。
中学生あたりは学校が受講するように促していると聞く。最初は面白半分、そして授業がサボれるから来るのかも知れないが、一度来れば二度行く必要ないと分かるのだろう。複数回来ていると思われる中学生はいない。
そして若者は最初から無意味と思っているのか、講習会ではまず姿を見ない。さすがに民間の任意団体とやらも、フリーターやニートには無力なようだ。将来の安定を考えると厳しいだろうけど、そういう自由気ままな生き方。正直、おじさんにはうらやましい。
さて歩行者講習動画だが今度はドラマ形式のクイズ仕立てになる。動画に出てくる登場人物の言動から、問題点を指摘するのだ。
まず如何にも仕事帰りのサラリーマン然とした男が数人路上を歩いてる所からはじまった。登場人物の男たちは、飲食もせず、横や縦に広がらず、適度に間隔を置いて歩いている。当然、歩いているのも右側だ。今の所ルールは守っているように見えた。
男たちは会社の愚痴をいいながら、歩道の反対側にいる女性に視線を送ったりしつつ、ただ歩いている。それだけで動画は終わった。
そこで講師は言った。
「はい、受講番号133番の方。今の動画で歩行者は不適切な歩行をしています。それはどこでしょう」
いきなり私が指名された。こんな事は学生以来だ。
「え~~と……」
私は髪を掻き言い淀む。しかしこのまま黙っているわけにもいかない。私は冗談半分で答えた。
「えっと、向かいの女性の胸を見ていた事ですかね」
私の答えに受講者の間から笑い声が起こり講師も苦笑した。無論、私も受け狙いで言った事だ。無論、本気で答えた訳ではない。
「まぁコンプアライアンス的には、余り良く無い事ではないですが、いまは歩行者交通講習です。この際、関係ありませんね。はい、他に分かる方?」
講師が尋ねると男子中学生が挙手して答えた。
「おしゃべりしながら歩いている事ですか?」
「はい、きみ正解!」
講師は中学生を指さして言った。男子中学生は一緒に居る友達から、すげえと褒めそやされて、照れくさそうに笑っている。なるほど、歩きながらおしゃべりなど、余りに当然で気づかなかった。
「そうですね。歩く時は、出来るだけ会話をしない。歩く事に集中する。これは基本です。歩きながらおしゃべりをすると、どうしても歩行がおろそかになります」
講師がそう言うと、隣に座っていたおじさんがぼやく。
「しかし知り合いなのに、一緒に歩きながらずっと黙ったままっていうのもねえ」
「ははは、そうですね」
私も苦笑で返した。私たちの会話が耳に入ったのか、講師は重ねて言った。
「友達同士、無言で歩いているのも味気ないという人もいるかも知れませんが、まずは安全第一です。おしゃべりはお店や家に入ってからしましょう。事故に遭ってからでは、おしゃべりも出来なくなりますからね」
「はい、分かりました。先生!」
私の隣のおじさんは、わざとらしく子供のように答えた。また受講者から笑いが起こり、講師も苦笑いする。
「……まったく、話しながら歩くなとか、向かいの女の子の胸を見るなとか。世の中も堅苦しくなったものですな」
「いや、まったく」
私を挟んで両隣のおじさんたちがそんな事を言っていた。そんなおじさんたちに構わず、講師は話を再開した。
「さて、実は動画にはまだ不適切な行動があります。それは何でしょう?」
その問いに私たちおじさんは首を傾げる。おばさんたちも同様だ。見ていた限り、動画の登場人物の行動から、問題になるような点は思い当たらない。
しかし受講者の一人、友達と一緒に参加していた中学生らしき女の子が、おそるおそる手を上げた。
「あの……、歩く速度が遅すぎるんじゃないでしょうか?」
講師はちょっと笑みを浮かべて女の子に聞き直す。
「どこで歩く速度が遅いと分かりました」
どうやら正解だったようだ。女の子はほっと胸をなで下ろしたような、安堵の表情を浮かべて続けて答えた。
「道路沿いにある歩行速度計測標識です。50メートル毎に並んで居るので、標識の間を一分間で通過すると、歩行速度は時速3キロメートルになりますけど、動画の人たちは明らかに通過に一分以上かかってます」
「正解です」
講師が軽く拍手の真似をすると、他の受講者からも感嘆の声が上がった。もちろん、私たちおじさんも同様だ。同様だが一言多い。
「最近の中学生は凄いな、おい」
「俺たちがあれくらいの歳頃には、歩行速度計測用の標識なんてなかったからな」
「今でもいちいち気にした事はありませんよ」
やっかみ半分の言葉も漏らす。講師はそういう私たちに一瞥をくれてから皆に言った。
「ご存じのように一般歩道を歩く際の歩行速度は、時速3キロメートルから6キロメートルと定められています。これはあくまで努力目標ですが、皆さんは出来るだけ遵守してください。一般に人の歩行速度は時速約4キロメートルと言われているので、普通に歩くだけで問題はありません」
そうだ。最近は歩道を歩く速度まで決められているのだ。しかし人間には速度計など付いていない。そこで様々な安全歩行支援アプリが配布されている。大抵のスマホにはGPSを利用した歩行速度計測アプリがバンドルされているのだ。
ちなみにそのアプリも例の民間の任意団体が開発している。あちらこちらで天下りだ、癒着だと囁かれているが、社会に出れば良くも悪くもそういう事は普通にあると分かる。
アプリが使用できない場合に備えて、歩道の脇に歩行速度計測標識が立てられている事もある。
50メートル毎に並んでおり、太陽電池を使って一分おきにLEDが点滅する。この標識の間を一分で通過すると丁度時速3キロメートルになるという寸法だ。
「まぁよたよた歩かれるよりはましだけどよぉ。いちいち標識なんて見ていられっか」
私の隣にいるおじさんは苦笑してそうぼやく。
講習はまた動画視聴に戻る。今度はかなりストレートな歩行者安全啓発動画だ。
今さっきの動画にもあったような、歩行速度の注意、ながら歩きの注意。スマホはもちろん、おしゃべり、よそ見、喫煙、飲酒、徹夜明けの歩行も要注意だ。
そして次の啓発内容に移り、受講していたおばさんたちから不満の声が上がった。
内容は『散歩、ウォーキング、ランニング、犬の散歩は決められた場所で行い、安全歩行支援アプリで登録しておく事』だ。
「え~~、いやよぉ。だってウォーキングや犬の散歩が出来る公園なんて限られてるじゃないの」
「そうよねぇ。自動車で行かないといけないし、遠い所だとワンちゃんも落ち着かないし……」
おばさんたちの言い分も分かる。私もダイエット中の女房のウォーキングに付き合った事がある。
うちから一番近いウォーキングが出来る公園は自動車で五分ほど行った所。しかも50メートル四方ほどの小さい公園だ。そこにウォーキング、ランニング目当ての人々が集まっていた。
狭い公園を人々がぐるぐる回っている様は、ちょっと筆舌に尽くしがたい光景だった。あれを見た後では、犬の散歩など出来ないというおばさんの苦言にも同意せざる得ない。
その上、大抵の人がウォーキングやランニングをするのは夜だ。公園は住宅街にある事が多い。夜に人々が公園に集まるとどうしてもうるさくなる。防犯の為、照明も増やされた。
当然、周囲の住宅から苦情が出る。結局、ただの公園であるにも拘わらず、使用料が徴収される事になってしまったのだ。使用料から周辺住民に見舞金が出ている。多少なりとも利益は出ているので、利益を生み出さない公園は廃止すべきと言う政治家への対抗策にもなっているはずだ。
今や一般歩道でウォーキングやランニング、犬の散歩をするのは難しい。
歩道とはあくまで徒歩で移動する為の施設。それ以外に利用するのはまかり成らぬというわけだ。
例によってこれも法律で禁止されているわけでもない。複数ある民間の任意団体とやらが、移動の基本的マナーという言葉で広めているだけだ。勝手に言ってるだけなので、無視しても構わないが、向こうは世論を味方に付けている。
誰もがカメラ付きスマートフォンを持っている今、ちょっとでも自分の信奉する常識とやらに反する行動を見かけると、動画を撮影してネットにアップする輩は居る。それで炎上でもすれば、普通のおじさんおばさんにとっては致命的だ。
事実上ウォーキングや犬の散歩は予め決められた公園などでしか出来なくなっている。使用料は高いとは言えないが、女房は金を払ってまで、大勢の人と狭い公園をぐるぐる回るのは馬鹿らしいとウォーキングを止めた。私も止めて正解だったと思う。
「お気持ちは分かりますが、一般歩道でウォーキング、ランニング、ワンちゃんのお散歩をすると、他の歩行者しいては自動運転車の制御にも関わりますので、出来るだけ決められた場所でやっていただきたいと……」
おじさん相手の時とは違い、おばさん相手になると講師も歯切れが悪い。おばさんたちはまだ不服そうだが、講師はそう言うとさっさと話を切り上げてしまった。
「それでは屋外での路上教習に移ります」
「結局は自動運転車なんだよなぁ」
私の隣でおじさん仲間が嘆息した。
「でもまぁ私、あれなんか苦手でしてね。いや、運転しなくてもいいのは確かに楽なんですけど……」
私がそう言うとおじさん仲間も同調してくれた。
「ああ、そうですよね。事故っても乗っている人間の責任だって言うし。なんだよ人間はハラキリ役かよ」
「AI運転で起きた事故が原因の集団訴訟なら外国でも起きてますね」
「そうなるまでどれだけ事故が起きなきゃならないんだよ」
おじさんたちは深々と嘆息した。
外で路上教習に移る。まずは歩行速度の確認。スマホアプリや歩道脇の標識を使わず、身体で歩行速度を覚えるという訳だ。
「はい、それでは皆さん。リズミカルに歩いて下さい。速度じゃないんです。身体がリズムを覚えれば、自ずと歩行速度も安定します」
講師の手拍子に合わせて私たちは一緒に歩き出す。
「ははは、小学校のお遊戯を思い出すな」
おじさん仲間の一人が苦笑する。
「時速3キロから6キロで歩く事になっていますが、その範疇に入って一定速度を維持していれば問題はありません。でもその範囲内でも、速度差が激しいと、自動運転車のAIが歩行中の人間と認識してくれない可能があります」
「また自動運転のAIかよ」
別のおじさん仲間がぼやく。
そうだ。これだけ歩行規則が厳格になったのは、この数年で一気に自動運転車が普及した為でもある。今や路上を走ってる自動車はほぼAI制御の自動運転車だ。
さらに運転データをビッグデータとしてクラウド上で運用。それを元に自動運転車の走行経路を最適化するという試みが始まっていた。
要するに人間が銘々勝手に運転するから渋滞や事故が起きる。データから最適な走行経路を割り出し自動運転車に送信。その通りに走行すれば渋滞も事故も減る。さらに冗長性を持たせておけば、いざという時に救急車や消防車も現場に最短距離、最短時間で到着できる。
そういう触れ込みだった。
しかしあにはからんや。物事はそううまく進まなかった。事故は減らず渋滞はむしろ増え、救急車、消防車、パトカーも到着が遅れがちになった。
原因は歩行者だった。
そもそも歩行者は自動車と違って移動方向や加減速も自由自在だ。一方、自動車は基本的に動きは直線的だ。いきなり真横へ移動しない。自動車より動きの予測が難しい。
一台一台が遭遇する歩行者の数はさして多くないが、それもビッグデータとして蓄積されれば膨大になる。
それに歩行者は車道へ飛び出す事もあるのだ。自動運転用AIは常にそれを警戒しなければならない。一台一台は対応できても、全ての自動運転車に対応させようと思えば大変なデータ量と計算量になる。
事故も渋滞も一定以下に減らす事は不可能だ。
そう割り切れれば良いのだが、それでは自動運転のデータを一括して最適化しようという試みに対してのリターンが少なすぎる。じゃあそんな試み、止めれば良かったのだ。
しかし一度動き出したら止まらない、止められないのがこの国の常だ。
結局、歩行者が矢面に立たされた。歩行者を最適化すれば良いとなった。しかし歩行者は生憎とAIで制御されていない
ならば歩行者が自動運転AIに合うよう、自分自身で最適化して貰えば良いでは無いか。
結局、そんな結論になった。そこで私たちは今、その最適化を受けている最中という訳なのだ。
そうだ。歩行者の為の最適化ではなく、自動運転車の為に歩行者自身を最適化するわけだ。
「はい、次に信号機のない横断歩道を渡る訓練です。当然ですが、横断が禁止されている車道は渡ってはいけませんよ」
講師はそう言いながら、私たち受講者を横断歩道の舗装がある所へ連れて行く。
「歩行者の皆さんはまず横断歩道の前で待機して自動車の方へ顔を向けて下さい。その際、出来るだけ背の低い人を前に、背の高い人は後ろへ行って下さい。自動運転のAIは顔で人数を判別します」
私をはじめ適当に選ばれて横断歩道の前に立っていた受講者たちは、背の高さ順に並び直す。それを見ておじさん仲間はもとより、おばさん仲間や中学生たちの間からも笑いが起きる。
「昔、こんなジャケットのCDがあったな」
おじさんの一人がそう言うが、一緒に居る中学生にはCDがなんだか分からないだろうな。それはさておき年齢も服装にも統一感のない面々が、道路に向かって背の高さ順に並ぶのは確かにちょっと異様だ。
「ここまでしないと、AIは人数を判別できないんですか?」
私がそう言うとおばさんや中高生の間からも、不平不満とまではいかないものの、ちょっと疑問の声が上がった。
「そうよぉ、みっともないわよ」
「今のAI技術なら複数の自動車から送られてくるデータを参照して、隠れている人間も把握出来るんじゃないですか?」
さすがに今時の中学生は頭の回転が速い。おじさんはそこまで思いつかなかったぞ。しかし講師は言った。
「人数を把握出来る出来ないかでいえば出来ます。しかし完全ではありません。特に子供は小さい為、大人の陰に隠れてしまう事も考えられます。それは周囲の大人が気をつけて下さい」
そうだ。子供なのだ。問題は。
私も手動自動車を運転していた時は、子供の挙動にはひやひやさせられた。友達に声をかけられて、信号が赤に変わったにも拘わらず、突然、車道に飛び出す。歩道上でふざけていた集団が、勢い余って車道にはみ出してくる。子供が多い道路だとこんな事は日常茶飯事だった。
当然、自動運転AIにも子供の挙動は鬼門だ。そうなると子供の歩行を制限したいところだが、子供の行動に制約を設けるのは、やはり世論の反発が強い。
そうなるとしわ寄せが来るのは、おじさん、おばさんだ。おじさん、おばさんは不要不急不必要な徒歩外出を控えろという風向きになった。
子供が外に居ない時間ならいいじゃないかと、おじさん、おばさんが緊急の必要性が無い歩行をする時間は、自ずと夜に限定されるようになったが、そこもまた安住の地とはいかなかった。
夜間おじさん、おばさんの歩行者が、自動運転車のAIに負担を掛けると、それが巡り巡って、翌朝、翌日、その後の最適化にも影響を与えるそうだ。
蝶の羽ばたきが巡り巡って地球の裏側で大嵐を起こすというあれ、そうだバタフライエフェクトというものだ。
結局、夜間の徒歩外出も出来るだけ避けて欲しいというお達しが出た。徒歩外出の際は出来るだけ安全歩行支援アプリを使うのが望ましいという政府の意向も出ている。
もちろん強制ではない。昼間、行く当てもなく一人でおじさん、おばさんがほっつき歩いていても、夜間にウォーキングやランニングをしても、逮捕されるわけでも罰金が有るわけでも無い。
しかし何事もその場の空気とやらで判断されるこの国だ。
強制では無く、不利益は無くとも肩身が狭く感じるのは事実だ。
そして会社勤めの人間には社外、社内問わずに何かと足を引っ張りたがる存在がいるものなのだ。
「はい、それでは自動車が来たら、人間だと分かりやすいように、そして体格も分かりやすいように、大きく手を広げて下さい。そうそう、バンザイするようにですよ」
「なあ、こんな事をしなきゃ人間だって分からないって、自動運転用のAIって馬鹿じゃないのか?」
おじさん仲間の一人がそうぼやくと、私を含めた受講者の間から笑いが起きた。それを見て講師はちょっと憤然として言った。
「馬鹿じゃありませんよ。ちゃんと見分けられるんです。でも人間側の方でAIに無駄な負担を掛けないようにしなければなりません。そうすれば渋滞や交通事故ももっと減ります」
ぼやいたおじさんと私は苦笑を交わし合った。そんな私たちに講師は続けた。
「人間はAIと違って、自分で成長できるんです。AIに負けてどうするんですか?」
要するにAIさまが馬鹿なのがばれないように賢くなれという事だ。講師はそう言って私たちを叱咤するが、おじさんたちは思わず本音が漏れた。
「別に俺はAIに勝ちたい訳じゃないんだけどな」
「むしろ人間の方から負けにいっているようなものですな」
おじさんたちはそうぼやきながら、講習用の歩道で人形のように大きく手を広げた。
