「「FT新聞」&「SF Prologue Wave」コラボレーション企画 のご紹介 その8」岡和田晃
ゲームブックの専門出版社であるFT書房(https://ftbooks.xyz/)の日刊メールマガジン「FT新聞」(https://ftbooks.xyz/ftshinbun)。『モンセギュール1244』のリプレイや、各種ゲーム作品と配信の面で、「SF Prologue Wave」とも積極的にコラボレーションを続けています。
SF Prologue Waveのコラボ企画、今回はVol.15~17で配信された記事をご紹介いたします。
今回は新たな試みとして、冒頭部をそのまま読めるようにもしてみました。
初出のリンクを辿り、再読の一助としていただけますようお願いします(以下の「はじめに」の文責はすべて岡和田晃です)。
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「FT新聞」&「SF Prologue Wave」コラボレーション企画 Vol.15(「FT新聞」No.4173、2024年6月27日)
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●はじめに
「FT新聞」と「SF Prologue Wave」のコラボ企画、今回は齋藤路恵さんと私や、亡くなったゲーム研究者の蔵原大さんが共作した『エクリプス・フェイズ』のシェアード・ワールド小説「マーズ・サイクラーの情報屋」をお届けしましょう。
齋藤さんが原案となるものを書き、蔵原さんが軍事や設定を補強し、私がより『エクリプス・フェイズ』らしく、小説らしく仕上がるように調整していく、という形で作られたもの。
『エクリプス・フェイズ』については、オリジナル・デザイナーのロブ・ボイルが昨年来日して関連イベントも行われ、その模様が「Role&Roll」(新紀元社)Vol.228や「TH」(アトリエサード)No.98でレビューされました。
また、オンセ世代向けの新媒体「セッションデイズ」(新紀元社)では12頁にもわたって紙幅が割かれ、うち朱鷺田祐介さんメインのシナリオが10頁! 大きく裾野が広がっています。
齋藤さんは「FT新聞」でも紹介してきたゲームポエムのパイオニアとして最近は言及されることが多いようで、『はぁって言うゲーム』ほかアナログゲーム・デザイナーとしても著名な米光一成さんとの対談『ゲームポエムの今と未来』が、7月13日にオンライン配信されるとのこと。
https://note.com/yonemitsu/n/nf5aca6f5679d?sub_rt=share_h
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『エクリプス・フェイズ』シェアード・ワールド小説
「マーズ・サイクラーの情報屋」
齋藤路恵、蔵原大(補作:岡和田晃)
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最後に見たのは、奴らが着ていた空色のコートだった。おそらくは無味乾燥なコロニーの下層部に対応した都市迷彩の一種だったかもしれない。
だが、かすかな地球の記憶が告げる。
――あれは、冬の空だ。
たぶん、それがわたしの反応を遅らせたのだ。
空色のコートを着た二人の知性化ゴリラがSMGを構える。ひるがえるコートの下には軍用アーマー。フルオートの発射音。わたしは遮蔽を取ろうとするが、間に合わない。全身に走る強い衝撃。痛覚を遮断していても、なお感じる激しい痛み。
無数の薬莢が床を打つ音を聞きながら、わたしは倒れこむ。
意識が途絶える直前、誰かの顔が見えた。ゴリラではない。こいつらを率いてきた他の誰か。真っ白。陰鬱な冬の空模様に変わる。そして暗転。
……なだれこむ記憶から意識を引き離そうと試みる。全身が小刻みに震える。おせっかいなミューズ(支援AI)が、わたしの「生まれた」理由を解説してくれたというわけだ。
決して気持ちのいいものではないが、指示をしたのはわたしだから文句も言えず。やれやれ。
前任者(オリジナル)が下手をうったことは間違いない。それを確認できただけだ。ファイアウォールのプロキシー(わたしの上司)、ジェミスンからのメッセージを反芻する。
――あなたはアルファ2だ。オリジナルの能力を引き継いだアルファ分岐体(フォーク)の第2号、それがあなたという存在だ。オリジナルの名誉を挽回するため、力を貸してほしい。
なんてことだ。アルファ2か。つまり、アルファ1もすでに喪失しているということか? オリジナルの名誉?
こうしてわたしは培養槽(ヴァット)から目覚めさせられ、移民に紛れて火星周回船(マーズ・サイクラー)に乗り込んだ。重力傾斜を利用し、最低限の燃料で火星と地球圏を旅する超大型貨客船といえば聞こえはいいが、もともとは中国が低コストで火星に国民を放り込むために作り上げた難民船だ。
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https://prologuewave.club/wp-content/uploads/2014/08/marscyclerinformer_saitoumitie_kuraharadai.pdf
初出:「SF Prologue Wave」
https://prologuewave.club/archives/4455
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「FT新聞」&「SF Prologue Wave」コラボレーション企画 Vol.16(「FT新聞」No.4187、2024年7月11日)
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●はじめに(岡和田晃)
FT書房から拙訳で出版予定の『モンスター!モンスター!TRPG』のソロアドベンチャー『猫の女神の冒険』では、女性キャラクターがたくさん登場し、イキイキと大活躍します。セクシュアル・マイノリティと思われるキャラクターも、特にそれと断らずに出てきます。
この作品に限らず、英語圏のRPGやSF・ファンタジー・ホラーにおいては、フェミニズム的な考え方が、ごく当たり前のものとして扱われているのです。
ひとつの切り口として、社会において性的マイノリティとして扱われがちな存在が、いかにすれば主体的に行動できるのかという問題意識の立て方が大事になってきます。
柳ヶ瀬舞さんは「SF Prologue Wave」でデビューした小説家で、それ以前から「ユリイカ」誌等で評論を書かれています。「FT新聞」の水波流編集長を交え、一緒にマーダーミステリーをやったこともあります。
今年発売された柳ヶ瀬さんの共著『SF作家はこう考える』(社会評論社)では、今回紹介する「翡翠の川」について語っておいででした。
曰く、少女漫画でSFに親しんだ柳ヶ瀬さんは、アーシュラ・K・ル=グウィンやジェイムズ・ティプトリー・ジュニアといったフェミニズムSF作家に惹かれ、本作も「思弁小説(スペキュレイティヴ・フィクション)」としてのSFを意識して書かれたとのこと。
――はたして「翡翠の川」とは何なのでしょう?
「SF Prologue Wave」では、本作を皮切りに〈ミネラル・イメージ〉という連作が、複数の作家によって書かれるようになっています。その原点をご確認ください。
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オリジナル小説「翡翠の川」
柳ヶ瀬舞
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はい。私はどこかがおかしいんです。それはよくわかっています。
私は平凡な子でした。親に虐待されたり、学校や近所でいたずらされたりといったことはありませんでした。私は一人娘でしたので、それもあってか両親は大事に育ててくれました。
ときどき夫婦喧嘩こそはありましたが、それはどこの家庭にもありますよね? 幼稚園や小学校の先生たちは放任主義だったみたいで好きにさせてくれました。スカートめくりをされたり陰口を言われたりするようなことはありましたが、その程度でした。特に酷いいじめに遭うこともありませんでした。
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初出:「SF Prologue Wave」
https://prologuewave.club/archives/9712
柳ヶ瀬舞(やながせ・まい)
1983年生まれ。「腐女子はバッド・フェミニスト(?)」(「ユリイカ」2020年9月号「特集=女オタクの現在 ―推しとわたし―」(で商業誌デビュー。
2022年9月から「SF Prologue wave」の編集部員となる。
LGBTQA創作アンソロジー『Over The Rainbow』主催。共著に『SF作家はこう考える』(社会評論社)等がある。
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「FT新聞」&「SF Prologue Wave」コラボレーション企画 Vol.17(「FT新聞」No.4215、2024年8月8日)
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●はじめに
「FT新聞」No.4187で配信した柳ヶ瀬舞「翡翠の川」。こういった作風が「FT新聞」で紹介されるのは、ともすれば珍しいかもしれないと危惧していましたが、蓋をあけると、思いもよらない好評で迎えられたと思います。
「SF Prologue Wave」では、この「翡翠の川」をイマジネーションの起点とし、鉱石をキーワードとして行われる連作「ミネラル・イメージ」が書き継がれていますが、その第3作「蒼き翡翠の泉」をお届けします。
「翡翠の川」は、“成熟と喪失”がひとつのモチーフであったように思います。これは評論家・江藤淳が、安岡章太郎や遠藤周作、小島信夫等の小説を論じた評論集のタイトルですが、それこそ安岡の小説は息子の立場から母性(とその崩壊)を見据えるものでしたが、「翡翠の川」は女性の一人称の語りで、そうした問題設定を見返し、身体的に引き受けつつ、「翡翠の川」なる虚焦点を設定した点が特徴的だったように思います。
「蒼き翡翠の泉」は、どちらかといえばモノローグ的だった「翡翠の川」を、古代から残る鉱物的な想像力から広く捉え、さらにはダイアローグとして整理したのが面白いところでしょうか。
著者の宮野由梨香さんは評論と小説の双方を手掛ける書き手で、近刊『SF評論入門』(小鳥遊書房)に、「光瀬龍『百億の昼、千億の夜』の彼方へ」を寄稿しておいでです。
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オリジナル小説「蒼き翡翠の泉」
宮野由梨香
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隣の席の同僚に、そっと肩をつつかれた。指さす方向のモニターを見ると、少女が床にうずくまっていた。「お願いします。僕、女の子はちょっと……」というふうに、同僚は両手を合わせて拝んでくる。
あの場所! 少女がうずくまっているのは、あの場所だ。
私は席を立って、そこへ急いだ。
今日の見学者は、その少女だけだった。年の暮れも間近い時期、こんなマイナーな歴史博物館を訪れる人はめったにない。さっき窓口で市内の中学校の生徒証を差し出された時、「よほど、歴史に興味のある子なのかな」と思った。中学生は無料で入ることができるのだが、宿題でもない限り、まず来ないからである。
「すみません。どうかなさったんですか?」
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初出:「SF Prologue Wave」
https://prologuewave.club/archives/9926
宮野由梨香(みやの・ゆりか)
2008年に第3回日SF評論賞を受賞。受賞作「阿修羅王は、なぜ少女か 光瀬龍『百億の昼と千億の夜』の構造」は「SFマガジン」2008年5 月号に掲載された。
本名の古澤由子名義で『「海のトリトン」の彼方へ』(解説・光瀬龍)を風塵社から1994年に出版。
近作に評論「「骨片の瓔珞」を身につけた少女――光瀬龍『百億の昼と千億の夜』と『夜ノ虹』」(『TH(トーキングヘッズ叢書)No.98』、アトリエサード、2024年)。
小説に「蒲団一九八四年」(尾車れふ名義、「季刊メタポゾン」11号、寿郎社、2017年)等がある。
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