「蒼き翡翠の泉」宮野由梨香

「蒼き翡翠の泉」宮野由梨香

 連作「ミネラル・イメージ」(3)

注:本作品は柳ヶ瀬舞「翡翠の川」をイマジネーションの起点とし、鉱石をキーワードとして行われる連作である。

 隣の席の同僚に、そっと肩をつつかれた。指さす方向のモニターを見ると、少女が床にうずくまっていた。「お願いします。僕、女の子はちょっと……」というふうに、同僚は両手を合わせて拝んでくる。

 あの場所! 少女がうずくまっているのは、あの場所だ。

 私は席を立って、そこへ急いだ。

 今日の見学者は、その少女だけだった。年の暮れも間近い時期、こんなマイナーな歴史博物館を訪れる人はめったにない。さっき窓口で市内の中学校の生徒証を差し出された時、「よほど、歴史に興味のある子なのかな」と思った。中学生は無料で入ることができるのだが、宿題でもない限り、まず来ないからである。

「すみません。どうかなさったんですか?」

 声をかけながら歩み寄った。そして、気がついた。少女は泣いているのだ。嗚咽(おえつ)の声を殺しながら、肩をふるわせている。

「何か、お役に立てることはありますか? ここの休憩室にはベッドもありますから、横になって休むこともできますよ」

 顔をあげないままに、少女は首を振った。

 どうやら、急病ではなさそうだ。

 やや離れたところから、少女を見守る。

 やはり、この場所だった。翡翠の勾玉ペンダントの前だ。一緒に出土したビーズの紐に通されて、透明なトルソーに掛けられている。縄文時代のものだという。 

 少女の向こうに翡翠の勾玉を見ながら、私は考える。

 この翡翠が市内の果樹園から出土したのは、一九五〇年代のことだ。苗木を植え込む穴を掘ったら出てきた。「おーい、ビーズ玉があるぞ」と、男は妻と娘に呼びかけた。土をより分けて丁寧に拾い上げ、綺麗に洗って保管したのは彼女たちだ。

 数年後に文化財保護法ができて調査が行われ、価値が明らかになった。発見がこの時期でなかったら、どうなっていただろう? あるいは、掘った場所が数十センチずれていたら? 男に妻と娘がいなかったら? ……さまざまな偶然に支えられて、翡翠の勾玉はここにある。重要文化財としての価値を認められて、こうしてここに飾られている。

 しかし、「価値」とは何だろう? 古代の人々がなぜ翡翠を珍重したのかを理解しなくては、これの本当の価値なんてわからないと思うのだが……。 

 ふと、少女が動いた。かがんだままの姿勢で、鞄からティッシュを取り出し、顔を整えて立ち上がる。こちらに気づくと、丁寧なお辞儀をして、そのまま出入口に向かおうとする。

 私は思わず声をかけた。

「この翡翠の勾玉が出土した場所の近くで焼かれた水琴窟があるんですけれども、音を聴いていきませんか?」

 水琴窟はロビーに置かれている。私は先に立って少女をそこへ導いた。

「これは、水の落ちる音を聴くための装置なんです。今日は他のお客さんがいないから、よく聞こえますよ。この大きな壺のようなもの中に水滴を落として反響させるんです。ほら……」

 私は横に置いてある水差しを取り上げ、上の穴の縁に水を少し垂らした。穴から落ちる水滴の音が鈴のような音を響かせる。

「水琴窟は土の中に埋められたものが多いけれども、これは全体が外に出ています。作った陶芸家がここに寄贈して下さったんですよ。……水を注いでみませんか?」

 促されるままに、少女は水差しを手に取った。水を少しずつ注いでは音に聴き入り、何か考え込むようにしている。

 一滴ごとに音は異なる。しかし、音色の根本は共通している。

「……同じ?」

 かすかに、つぶやくように、少女は言った。

 私は、一気に踏み込んでみることにした。

「そう、同じなんですよ。翡翠の音色、私はそう呼んでいます。あのペンダントの翡翠の勾玉と、同じ色をした音ですよね」

 ここまで言ってしまったら、もう後には引けない。

「音色というのが、本当に音の色なんだということが見えない人には、いくら説明してもわかってもらえません。ただ見ただけ、聴いただけで、それがわかる人にとっては、何故わからないのかがわかりません。わからない人に囲まれていると、わかる人は『自分はおかしいのではないか』と思い始めてしまいます」

 少女は固まっている。わけのわからないことを言われて、困惑しているのだろうか? それとも、自分の感じていることにいきなり言葉が与えられたことに対して、どう反応したものか判断がつかないでいるのだろうか?

「だから、この陶芸家の方はこれを作り、博物館に寄贈したのだと、私は思っています。……」

 陶芸家は既に故人である。彼はこんな「解説」を望んではいないだろう。

 私は話題を変えることにした。

「ここへは、バスでいらしたんですか?」

 少女はうなずいた。

「バスの停留所から少し山へ入ったところに泉があるのはご存知ですか? 古代の大集落を支えた泉です。音の色がわからない人でも、翡翠の色と泉の色が同じだということはわかるみたいです。……一緒に見に行きませんか」

 博物館を出て、坂道を下ったところにバス停がある。そこを左に折れて、舗装されていない道を行く。道に雪は積もっているが、歩けないほどではない。

 少女は、私の後を五歩ほど離れてついて来る。

「こんな時期でも、泉は凍りません。湧き出している地下水の温度が一定だし、常に流れ出ているからです」

 少女と並んで、泉を見下ろす。鴨が何羽か浮かんでいる。

「ご存知かもしれないけれど、茶色いのがカルガモです。二羽だけ白黒のがいるでしょう? あれがスズガモです」

 盛んに潜水して水草を食べるスズガモの様子がはっきりと見えるくらいに水が澄んでいる。深くなるにしたがって水色が濃くなり、あの翡翠の色に近づいていく。

「この泉がなかったら、人々は生活できなかったでしょう。翡翠という石が珍重されたのは、命の流れを支える色をしていたからではないでしょうか?」

 なるべく、さりげなく言ってみる。

「古代遺跡から発掘される翡翠の勾玉の産地は、新潟県の糸魚川市です。糸魚川市には糸魚川という川があるんだろうと思って、地図を捜しても見つかりません。そのはずです。「『糸魚川』という川はありません」と、市のホームページにも書いてあるんです」

 世間話のように、私は続ける。

「でも、糸魚川を地図に載せられるような川ではないと考えれば……」

 いきなり、数羽のカルガモが飛び立った。その後を何羽かが追って、泉を取り囲む木々の向こうへと消えていく。

「……カルガモは飛び立つことは得意ですが、スズガモのように長く潜ることはできません。同じ泉に居ても、全く違う世界を見ているんでしょうね」

 横にいる少女が、どんな表情をしているかは見えない。

「それで、糸魚川ですけれども、これは、見える人には見えるけれども、見えない人には見ることのできない川の名前だったのではないでしょうか? 結い合わされた命の糸が未来へ向かっていく川、それが《糸結(いとゆ)い川》で、その川の流れと同じ色の石を産出する場所だから、そこの地名になったのではないかと私は思います」

 少女の反応を待たずに、泉に背を向けて坂道を上った。反応を伺うような働きかけをされる不快さを知っていたからである。

 少女は後を追ってきた。坂道を上りきった時、ちょうどバスが来て停まった。バスは一時間に一本しかない。

 一瞬の迷いを示した後、少女は私に頭を下げ、バスに乗っていった。窓から手を振るのを見送ってから、自分の席に戻った。

 隣の席の同僚が「感謝します」というように、また手を合わせてきた。

 にっこり笑って、私は言う。

「今日は早く帰りたかったの。あとの仕事はお任せして、かまわないかしら?」

                〇

 帰宅すると、娘は居間でこたつに入ってテレビを見ていた。

「心配だから、はやく帰ってきた。大丈夫?」

「うん、大丈夫。言われた通り、下半身を温めているよ。……ケーキ買ってきてくれた?」

「もちろん。でも、赤飯も買ってきた。私が食べたい」

 娘は赤飯が苦手なのである。今朝ほど「今夜は赤飯♪」と言ったら、「ケーキの方がいい!」と主張したのだ。

「冬休み中で、よかったわね」

「お母さんが休みだったら、もっとよかった」

 娘は口をとがらせている。

「ごめんね、休めなくて。……家にいる時に気がついて、よかったわね」

 朝食を作っていたら、トイレから娘の「お母さん! お母さん!」という悲痛な叫び声が聞こえてきたのだった。

「これって、お祝いするようなことなのかな?」

 ケーキを食べながら、娘が言う。

「まあ、人類存続に貢献する条件のひとつをクリアしたわけで……」

「人類存続に貢献なんかしたくないもん。貢献したい人だけがなればいいのに」

「……そうねえ」

 娘が紅茶を飲み干すのを待ってから、さりげなく言ってみる。

「初潮を迎えると、翡翠の川が見えるようになる人がいるのよ」

「翡翠の川? 何、それ?」

「過去から未来へと向かう生命の流れは、緑がかった薄い青色をしているの。翡翠の川は人類よりも古い歴史を持っているんだけれども、見えない人もいれば、見える人もいる」

「男には見えないの?」

「そうでもない。見える人もいるみたい」

  現に、あの水琴窟の作者は男だ。男の場合は、精通がきっかけになるのだろうか?

「どこにあるの?」

「どこにでもある。でも、どこにもないとも言える」

 娘の目がちょっと険しくなる。

「保育園の時、『私、お母さんから生まれたんだよね?』と訊いたら、『あなたを産む前の私はお母さんではないから、あなたがお母さんを産んだとも言える』って答えたよね? 私、興奮して、次の日、『お母さんは私が産んだの』って友達に言って回って、でも、誰もわかってくれなかった」

「そんなこともあったかしら?」

「あったよ! 忘れたの? だからね、そういう無駄に深くて正しい返事は、迷惑なんだって」

 娘は自室に引っ込んでしまった。

 夕食の後、年賀状を書いた。あと数日で投函しなくては、元旦に届かない。

 今年も数枚の欠礼葉書が届いている。そのうちの一枚は、かつて歴史博物館の職員だった女性の娘さんから届いたものだ。母の死を知らせる葉書に、「私にも見えます」と細い字で書き添えてある。

 かつて、小学生だった私は社会科見学で歴史博物館を訪れた。そして、あの翡翠の勾玉の前で倒れ、その職員に介抱されたのだった。

「あなたにも、見えるんですか?」

 休憩室のベッドに横たわりながら、自分に見えるものを打ち明け、小学生の私はそう尋ねた。彼女の答えはこうだった。

「その質問には意味がないわ。私は答えません」

 確かに、『見える』と返事をされたとしても、私はそれを信じなかったかもしれない。『このおばさん、私と調子を合わせているだけね』と思っただけだっただろう。それに、彼女が『見える』と言ったものが、私の見ているものと同じだという保証はない。逆に、『見えない』と返事をしたとしても、見えることを誰にも知られたくないから嘘をついている可能性を考えただろう。私はそういう子供だった。

「でも、答えないというのは、ヒントなのですよ」 

 彼女は、そう言い添えた。そのヒントをもとに、私はここまで考えた。

 今日のあの少女に、私はかつての自分を投影しすぎてしまったかもしれない。

 娘に対してもそうだ。いろいろな意味で覚悟が足りないのは、私の方かもしれない。

 年賀状をひたすら書いていると、娘が近寄ってきた。

「ねえ、お茶が飲みたいな。それとね、さっき言ってた翡翠の川について、もう少し聞かせて」

                                    (了)