コンピューター技術書の温故知新
第九回
大野典宏
●忌み嫌われるが科学・技術の基本
すでに今は昔の話になっているが、理系・文系の選択において数学の存在は果てしなく大きなものだった。日常においてパーソナル・コンピュータの使用が普通になってしまったので、これらのブラックボックスの中では果てしなく計算を続けられているのはご存知のことだろう。
これらにミスが起こると社会的なインフラストラクチャが麻痺したり、大量の製品が回収されるなどといった経済的な被害が計り知れなくなってしまっている。そんな事故が起こるとプログラマとかエンジニアが責められてしまうのだが、残念なことに、日本ではそれだけの大きな責任を負っていると自覚させるだけの支払いがされていないので、慢性的な人材不足になってしまっているわけだが、今回の話には関係ないので置いておく。
さて、昨今は漫画などの媒体もフルでデジタル技術が活用されていて、アナログ的なケント紙にペンで作図という旧来の方法を使わない作家さんも増えているだろう。そもそも、文章書きである作家やライターにいたるまで、ワードプロセッサやテキストエディタのお世話になっている人口のほうが増えているわけなので、アートにおいてもディジタル化されるのは自然な流れだろう。
問題は! そういったソフトウェアまでブラックボックス化されて、中身がよくわかっていない場合にどう対処するのか? この一言に尽きる。同じ機能ではあるものの別の名称付けがされていたり、その機能がメニューのどこにあるのかわからないなどなど……。
ソフトウェアベンダーにとっては、「そんなもん、人の真似なんてできるか!」といった体面もあるし、「こっちのほうが親切なんだ!」との主張もあるしで、全てが同じなどということなどは無い。
しかし、ウィンドウズに無料でついてくるペイントで凄い絵を描いてしまったり、表計算ソフトで数式を入力して作図してしまったとかゲームを実装したという話が出てくると、「凄い!」という話になる。これって、根本になっている技術が「さほど変わりがなくて親切になっていたり、便利になっていたりするのか?」といったその点だけでソフトウェアの価格が変わってくるからである。
ここでも触れたベジエ曲線とスプライン曲線は方法論としてまるで違うものだが、この区別はついているだろうか。実際にやってみた・使ってみた結果で判断すれば経験的に結果がわかってくるので、それはそれで問題はない。
だが、ここで悩ましくなってくるのは、ソフトウェアは人によって実装されたことしかできないことを忘れて、「なんで、この先も親切にやってくれないんだ!」といった欲求が出てきてしまった際、どう解決するのかです。汎用AIとか、生成AIにばかり過大な要求を押し付け、「これで人の手はいらなくなる」などと安易な考えに行きかねません。生成AIで人による創作が失われるのか、それとも……こんな話ってSFではさんざん議論されていることだったりする。
しかし、AIは実装する際にすでに限界が決まっていることすら忘れた話だとしか思えない。
そんな話に巻き込まれないためにも、「ちょっとは数学のことを知っておこうよ」と言いたくなる筆者でありました。
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書評 2009年4月10日
もう「知らない」では済まされない.知っていた方がお得な数学知識
『アートのための数学』
牟田 淳著
オーム社
ISBN-10: 4274067238
ISBN-13: 978-4274067327
264ページ
1,800円(税別)
2008年12月
数学というと,アート系やデザイン系の方には無関係かと思われがちです.でも,世の中,そんなに甘くはありません.現在,コンピュータを使って仕事をするのが普通になってしまった以上,「表現のための数学」から逃げることはできません.
グラフィックスを考えてみてください.ドローはベクタ画像,ペイントはラスタ画像だと言われても,「何それ?」では済まされません.まあ,この程度のことであればすぐにわかるので問題はないのですが,複雑なことをしようとすると難易度が急に上がってきてしまいます.
例えば,2次元にしろ3次元にしろ,グラフィックス作成ソフトには「スプライン曲線」とか「ベジエ曲線」といったメニューがあるはずです.使っているうちにどんな効果なのか,分かってくるものですが,その原理を知っていて使いこなした方が効率的だし楽なのは動かしがたい事実でしょう.
むしろ,それを知っていないと,自動的かつきれいに作成できるものなのに,余計な工程を経て結果が悲惨な物に…という可能性もあるわけです.
これは写真加工にしても,アニメーションにしても,同じことが言えます.輝度とコントラストの違いが分からないと,まともな色調補正はできないでしょう.アニメーションも,物理法則を知ったうえで動きを指定しないと,かなり不自然なものになってしまいます.もし,同じ速度で物体が落下していったら,「それはないだろう!」と突っ込まれますよね.
一時が万事,何かをコンピュータで実現しようと思ったら,「コンピュータは計算しかできない」という事実を受け入れるしかないのです.そして,計算には数学が必須なのです.その点に関してはあきらめてください(笑).
とはいえ,そんなに難しく考えることはありません.理解しなくてはならないのは,ごくごく単純なことで,高校で習った数学を思い出せばよいだけのレベルです.「数学だから難しい」というのは誤解です.ちゃんと理解しようと思えば,すぐに習得できます.
実はこれ,アート系の人に限ったことではありません.エンジニアでも同じです.
例えば,ビジネス・ソフトウェアで何らかの効果音を作るという仕事が来たとき,音のしくみが分かっていないと手も足も出ませんよね.
それから,GUIの設計を行う際,配色はどうしましょうか? 色彩デザイナが近くにいればよいのですが,世の中はそうそう上手くできていません.赤のレイヤと緑のレイヤを重ねてみたら黄色になってしまって見にくくて仕方がない…などというイタイ失敗は,できれば避けたいことでしょう.
ですから,アートとエンジニアリング,そして数学は,コンピュータを使ううえでは避けて通ることができない話になっているのです.
確かに知っていなくても実現することは可能です.とはいえ,知ったうえで楽をしたほうが断然便利ですよね.
怖がらずに挑戦してみませんか?
本書は,もともと芸術系の学生さんに向けた講義をまとめた本です.ですから,なぜ数学を使うと楽なのか,なぜ芸術と数学が不可分なのか,それが分かりやすく書かれています.
「人間の感覚は対数的にできている」とそのまま書かれると,それだけで引くかもしれませんが,中身を知れば,「あー,なるほどー」と思うはずです.
これからますますコンピュータを使ったアニメーションや音楽が増えていくことでしょう.それを否定する人はいないはずです.ですから,アート系の人は数学を通して表現方法を学び,エンジニアの人は数学を通すことで余計な苦労をせずに人に美しいと感じてもらえる環境を実現できるようになるのです.
いかがですか?
ここまで説明しても「やっぱり数学はちょっと」でも,「私は関係なくてもいいよー」でも,「修行して覚えていくからいいよ」という意見でも構わないとは思います.しかし,ちょっと頭を働かせて,単純な公式を理解するだけで簡単に実現できるのに,それをしないというのは,もったいないという以前に時間と労力の無駄だと思いませんか.
本書の内容は本当に簡単で,実例を交えながら数学の便利さを解説しています.ここは一つ,だまされたと思って一読してみてはいかがでしょうか.
「美」と「数学」がいかに不可分なものなのか,十分に理解できると思います.これからはもう泥縄では済まなくなるくらい表現が複雑化することでしょう.
取り残される前に,ちょっとした勇気を持ってみてください.