コンピューター技術書の温故知新 第八回 出来上がりがすべて」大野典宏

コンピューター技術書の温故知新

第八回

大野典宏

●出来上がりがすべて

 このところ、楽器の形や方式は自由であるという認識が広まった。

 変わった楽器には目がないので、何かというと購入してしまうのだが、この趣味は飽きない(ただし安いものに限る)。現在もスタイロフォンという、電線がついたペンに、鍵盤状に並べられた電極に振れることで音がなるポケット楽器があるのだが、この会社がテルミンとスタイロフォンを合体させたような変な楽器を発表したので予約注文していたところである。テルミンは音量を調整するアンテナが水平に付いているし、音程を決めるアンテナが垂直に付いているので何かとかさばる。テルミンの小型化は難しいのである。

 というわけで、音程のアンテナを伸縮可能なラジオアンテナにし、音量を小さなノブで調整するようにした変態楽器である。これは絶対に面白い。

 同じく、最近でハマっているのがオムニコードというピアノとギターを合体させたような変態的な楽器なのだが、ベースやドラムの自動演奏が可能なので、かなり楽しめる。左手でコード指定し、右手でタッチセンサーをかき鳴らせばギターのようにもなるし、音程をそのままひくこともできる。これ、面白いのは、元が大正琴なのである。

 大正琴というのは日本で発明された唯一の楽器で、左手で鳴らしたい音程のキーを押し、右手でピックを持って弦を弾けば演奏できるという仕組みである。これって琴というか箏がどうしても大きくなる、しかもチューニングや演奏方法が難しいといった欠点を取り除くことに成功したのである。

 日本では宴会の席に琴を持ち込むのが難しいので、そこに持っていけるという利便さもあって、日本では普及した(海外のことは知らない)。「イカ天」の影響でアマチュアバンドブームのときに出てきた「マサ子さん」というグループが、ギターの代わりに大正琴を使っていて、「これはこれで大丈夫なのだ」と思った。今でもSpotifyで聞くことができるので興味のある方はどうぞ。

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書評 2009年4月 3日

すべては結果オーライ

『楽しい電子楽器―自作のススメ』

米本 実著

オーム社

ISBN-10: 4274067327

ISBN-13: 978-4274067327

264ページ

1,800円(税別)

2008年12月

 楽器というのは不思議な物で,「正解となる実現方法が無い」という特殊な世界です.あえて挙げるとすれば,「演奏でき,音がきれいなら,実現手段は問われない」というのが唯一のルールでしょう.

 たとえば,評者が愛好している「テルミン」という楽器があります.なぜか日本は演奏者の数が最も多い「テルミン大国」なのですが,その理由はわかりません.しかし,世界初(実際にはそうでもないのだが)の電子楽器と呼ばれている「テルミン」も,「実は制御可能な共振回路を楽器だと強弁しただけのもの」という説すらあるのです.

 要するに,できあがってしまった何かを,「演奏ができ,音楽を奏でられるので,それは楽器である」と言ってしまっても構わないということなのです.

 実際に,トリニダードトバゴで作られたスティール・ドラムは,ドラム缶を切り,ハンマーで叩いて音階が出るようにしたものです.たしかに安直かもしれないですけど,それでも演奏ができるから良いのです.

 ですから,「楽器にルールは無い」のです.こんなに自由な世界って,素晴らしいと思いませんか.

 最近では,NintendoDSでアナログ・シンセサイザをエミュレートした「KORG DS-10」が新たな音楽のあり方を提案し,広く受け入れられました.また,「初音ミク」というソフトウェアが一大センセーションを巻き起こしました.そしてさらに,初音ミクが持っているタッチパネルで演奏するギター型の「あの楽器」を実現しようと,全国のファンが実際に作っています.

 そして,ヤマハが発売した「TENORI-ON」は,キーボードでもギターでも笛でもなく,「LEDが敷き詰められた単なる板」です.

 ですから,機械であろうが,電気であろうが,アナログ回路であろうが,ディジタル回路であろうが,コンピュータであろうが,それの組み合わせであろうが,「実現手段は問われない」のです.

 面白いのは,最近のディジタル・シンセサイザやソフトウェア・シンセサイザの多くは,実際の発音方式がディジタルではないという点です.

 ディジタル的に音を出そうとすると,FM音源かPCM,または波形の直接合成くらいしか方法がありません.そうなると,自由度が下がってしまうのです.ですから,最近では,直感的に操作でき,音作りが簡単なアナログ・シンセサイザの原理をソフトウェアでエミュレーションしているのです.

 これ,無駄だと思いますか?

 いやいや,実はこれで良いのです.アナログ回路は不安定で,環境によって状態が変わるうえに素子の精度によって個体差がでます.それをディジタル化することによって,そういった環境依存性が無くなったので,これで正解なのです.

 評者が原理を知ったとき,個人的に「ここまでするか?」と思った楽器として「テルハーモニウム」と「メロトロン」があります.このしくみが凄いのです.

 テルハーモニウムは,発信器として水力発電機を使った楽器なのです.12機の発電機を使い,それぞれが発電する交流を加算して音を作っていたのです.200tくらいあったということですから,大量生産は無理ですが,それでも楽器だったのです.

 一方,メロトロンはオルガンのような形をしているのですが,キーボードの鍵盤一つに対して一本の磁気録音テープと再生ヘッドがあり,キーを押すと重りが外れてテープが再生ヘッドの上を走ることで音が鳴るのです.キーの数だけテープ・レコーダを並べてしまったということですね.こんな「力業」でも良いのです.メロトロンは,テープを変えることによって,どんな音でも鳴るということで,発売された当時は,たいへんな影響を与えたのです.

 そんな訳なので,「思い立ったら吉日」です.楽器を作ってみませんか? 実現手段は何でも良いのです.電気が得意なら,リレーでドラムを叩いても良いのです.タッチパネルのある機器でソフトウェア楽器を実現している例もたくさんあります.自分の得意分野で,自分が持っている技術を使って,アイデアを実現すれば良いのです.

 さて,本書は,「自作電子楽器ではこの人」とも言うべき第一人者が執筆した電子工作本です.しかも,親切なことに音や電気の基本,そして電子楽器の歴史まで書かれています.

 そして,実際に本書で紹介されている自作楽器は,はんだづけさえできれば,比較的簡単に実現でき,実際に使えるものばかりです.

 例を参照しながら作ってみて,自作楽器のおもしろさを体験したら,その次にはアイデアを何か考えて,何かを演奏してみませんか.

 楽しいですよ.