「マンリー・ウェイド・ウェルマン「取り替え子」と石神茉莉「左眼で見えた世界」におけるチェンジリングと、チェンジリングのこれからについての考察」平岡彩音

マンリー・ウェイド・ウェルマン「取り替え子」と石神茉莉「左眼で見えた世界」におけるチェンジリングと、チェンジリングのこれからについての考察 
 平岡彩音

 チェンジリングとは、人間の子ども・成人が妖精に連れ去られた際に代わりとして置かれる妖精・もの、また、妖精による入れ替えを指す言葉である。本稿では、マンリー・ウェイド・ウェルマン「取り替え子」と石神茉莉「左眼で見えた世界」において、チェンジリングがどのような方法、意図で行われていたのかを整理したうえで、妖精はこれからチェンジリングをどのように変化させていくかをカッコウの托卵の変化を基に考察していく。

 まず、マンリー・ウェイド・ウェルマン「取り替え子」におけるチェンジリングを整理する。今作のチェンジリングであるサラは、幼少期に取り替えられた妖精である。花を渡すという行為を通じて町の人たちを殺害し、取り替えを行っただろう親分の増殖を助けるという目的を持って行動している。だが、誰をどのように殺害するかはサラが考え行動していることが読み取れることから、サラは自意識を持っている存在であると考えられる。チェンジリングとして長く生活をしており、身体は年月の分だけ成長しているが、精神は同年代よりはるかに上である。両親は取り替えを全く気が付いておらず、主人公の父である教授が苦手な熱湯をかけたことで消えた。取り替えられた本来のサラは年月の分だけ成長しており、チェンジリングが消えた場所に屈みこむ姿勢で現れている。

 次に、石神茉莉「左眼で見えた世界」におけるチェンジリングを整理する。今作では、主人公の弟である赤子のジェイムズが連れ去られており、『妖精のおじいさん』と取り替えられている。主人公の『弟なんかいらない』という発言を妖精が聞き、叶える形で取り換えが行われており、取り換えに飽きたら木切れかなにかと『妖精のおじいさん』を再度取り換え、ジェイムズを死んだことにするだろうと主人公は考えている。妖精が自分たちの世界に引っ越しをする前に妖精から主人公に取り戻しの機会を提案していることから、妖精にとってこの取り換えは、お気に入りの人間にちょっかいをかけるための行動程度でしかないのだろうと推測できる。また、ジェイムズの取り換え以前に飼い猫が生んだ子猫のゴールディや家の物を持ち去っていたことも書かれているため、主人公一家が以前から妖精に気に入られていたのではないかという推測も可能である。新月の夜に、ジェイムズに化けた妖精の中から主人公が本物のジェイムズを選び出せるかを試し、主人公が無事に選べたためジェイムズは人間界に帰ってきた。妖精界にいる間、妖精たちに大切にされていたため外傷などは特になく、帰ってきた後の成長にも問題は無い。

「取り替え子」では、チェンジリングが明確な意思と目的を持ち、それに伴った行動をとる存在として書かれているが、「左目で見えた世界」では、妖精がチェンジリングという共通点があるが、『妖精のおじいさん』も取り替えた妖精も取り替えてから何もしない。弟が取り替えられた主人公の反応を楽しむだけのただの悪戯である。「取り替え子」では妖精を消滅させた教授のセリフから、今回はたまたま取り替えをした存在が悪意ある妖精だっただけで、すべての取り替えが目的ありきのものでは無いということが読み取れる。チェンジリングの目的を一括りに考えることはできないようだ。
 しかし、チェンジリングという言葉で妖精の取り替え行為が知られている現在の状況は、取り替えを行いたい妖精たちにとって非常に面倒な状況なのではないか。「取り替え子」の教授は妖精とチェンジリング・チェンジリングの対処法を知っていたため、サラを取り戻すことができた。「左目で見えた世界」の主人公はチェンジリングを知っていたため、ジェイムズがこの先どうなるかの推測ができ、取り戻しの機会を逃さなかった。知識ある人間にすぐに取り替えが見破られてしまえば、目的の達成はおろか、周囲の人間の反応を楽しむこともできない。では、チェンジリングが実際に行われているとしたら、妖精たちはこの状況を打破するためにどのような対策を取るだろうか。

 考察を行うために、まずはカッコウの托卵について説明する。カッコウは、他の鳥の巣に卵を産み、ヒナを育てさせるという習性がある。この習性を托卵といい、カッコウの血筋によって托卵をする相手の鳥の種類が決まっている。相手の鳥は仮親という。仮親の巣で生まれたカッコウは、生まれてすぐに仮親の卵・ヒナを巣から落とし、自分に餌が多くもらえる環境を作り成長する。仮親は、カッコウが他の鳥と違う姿に成長していても、気が付かずに餌を与えて巣立ちをさせる。仮親の一種であるオオヨシキリは、カッコウのヒナがオオヨシキリのヒナを巣から落とそうとしていても、その行動を止めなかった。
 カッコウの托卵には、自分の子供を安全に成長させ種を存続させるという明確な一つの目的が存在しており、チェンジリングのように生まれた子を取り替えることは無い。生まれたカッコウのヒナが仮親の子として姿かたちが違うのに受け入れられていることなど、チェンジリングと共通点はあるものの、相違点も多い。しかし、カッコウの卵の変化とその経緯は、チェンジリングを行いたい妖精が抱える問題の解決策になる。
本稿を書くにあたって参考にした松田喬、内田博「鳥の研究 カッコウの子育て作戦」では、オオヨシキリとカッコウの攻防について書かれている。
 ある地域のカッコウは、オオヨシキリを仮親として卵を産んできた。だが、カッコウの卵と自分の卵を見分けることができるオオヨシキリが現れ始め、せっかく産んだ卵を巣から落とされてしまうようになった。これを受け、カッコウ達は二つの進化を行った。一つは卵の模様をよりオオヨシキリの卵に近づけること、もう一つは托卵相手をオナガという別の鳥に変えることだ。前者の進化は、仮親の一種であるホオジロで既に行われていた進化だ。ホオジロの卵よりもカッコウの卵が一回り大きく、成体の大きさが倍以上違うにもかかわらず托卵が行えたのは、この進化のおかげだろう。後者の進化も、仮親の鳥の種類が複数であることから既に行われていた進化方法であることが分かる。まだ托卵をされたことが無いオナガは、カッコウの卵か自分の卵化の見分けがつかない。卵の色・模様を変化させずに行うことができる進化である。
 チェンジリングを行う妖精が抱えている問題は、チェンジリングが広まることで入れ替わりが見破られることだ。カッコウの二つの進化は、見破られないための対策として参考にすることができる。チェンジリングをより入れ替わらせる人間に近づける、チェンジリングと入れ替える相手を人間から動物・ものにする。カッコウたちは両方の進化を同時進行で行っているが、妖精たちは片方の策を実行するだけで今よりも人間を騙すことができるだろう。
 私がカッコウの進化を妖精たちに勧めるのは、問題解決に使えるからという理由だけではない。妖精は、「入れ替え子」のような目的を持った入れ替えであれば、後者の方法は目的によっては使えないので前者を選び、「左眼で見えた世界」のような悪戯・反応目的であれば、前者の方法では気が付かれずに反応が得られないので後者を選ぶだろう。何も変化を起こさず従来の方法で行い続ける妖精もいるかもしれない。その場合は、取り替えることが何らかの儀式になっており見破られるか否かを問題としていないか、取り替えることではなく相手を連れ去ることを重視しているのではないかと推測が立てられる。このように、選んだ方法によって妖精の目的の有無を知ることができる。不明とされている動機を知る糸口が発生するのだ。

 私は、チェンジリングを面白く感じる。意図の読めない行動は、妖精だろうが人間だろうが非常に恐ろしく、妖精が人間と入れ替わってしまうなんて人間の常識の範疇を出た畏怖するべき現象だ。だが、妖精の取り替え行為が本当に行われているとしたら、チェンジリングが人間界にいるとしたら、妖精を知る最も直接的な手段を私たちは得ることになる。私は妖精のことをまるで知らない。知識として持っている妖精観はあくまでこれまでの人間と私によって構成されたものであり、真実だとは思っていない。だから、チェンジリングを通じて妖精と対話することで、妖精たちの見る世界を見てみたい。妖精たちは私をどう見るのかを知りたいと思う。

参考資料
・ナイトランド・クォータリー増刊「妖精が現れる!コティングリー事件から現代の妖精物語へ」より
「取り替え子」  作者 マンリー・ウェイド・ウェルマン 訳 渡辺健一郎
「左眼で見えた世界」  作者 石神茉莉
ナイトランド・クォータリー増刊「妖精が現れる!コティングリー事件から現代の妖精物語へ」
編者、発行 アトリエサード
発行日 2021年8月12日
・「鳥の研究 カッコウの子育て作戦」
作者 松田喬、内田博
発行所 株式会社あかね書房
初版発行日 1990年6月20日

(初出:シミルボン「平岡彩音」ページ2022年2月10日号を改題)

平岡彩音(ひらおか・あやね)
詩人。「潮流詩派」275号(潮流出版社)に詩篇「忘れてしまったのでしょうか」が掲載。