「『モンセギュール1244』リプレイ〜中世主義研究会編(1)」岡和田晃

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『モンセギュール1244』リプレイ〜中世主義研究会編(1)

 岡和田晃

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□はじめに

 本リプレイは、中世で異端とされたカタリ派を扱うモダン・ナラティブRPG『モンセギュール1244』を、中世主義研究会の面々でプレイした風景をまとめたものです。
 『モンセギュール1244』って何? という方は、以下の2つの記事をご覧ください。

・「『モンセギュール1244』がやって来た、ヤァ! ヤァ! ヤァ!」(「FT新聞」No.3809)
https://prologuewave.club/archives/10128

・「『モンセギュール1244』プレイガイド〜準備編〜」(「FT新聞」No.3865)
https://prologuewave.club/archives/10135

 そして中世主義研究会とは、西洋中世史研究者の大貫俊夫さん(平凡社から出ているウィンストン・ブラック『中世ヨーロッパ: ファクトとフィクション』の訳者としても知られます)を中心とした学術研究会です。
 「中世主義 medievalism」は、中世ヨーロッパに範を求める近代の言説・態度と、中世暗黒史観等のネガティヴな言説・態度とを包摂する、極めて両義的な概念です。
 研究会では、中世研究者を中心に、史実といかに異なるかという「間違い探し」に留まらない形で、日本における中世主義の受容のあり方(=「日本版中世主義」)をも研究対象としてきました。
 同研究会の活動はサントリー文化財団研究助成「学問の未来を拓く」の対象に採択されていますが、こちらは2023年度も継続となっております。
 
 『幻想世界の住人たち』シリーズでお馴染み作家の健部伸明さんと私(岡和田)は、2023年3月に中世主義研究会のインタビューを受け、その後、同研究会に加入しました。 
 2023年度の同研究会は、
1:中世ヨーロッパのどのような要素に共振・共鳴して中世ファンタジー作品の創作・批評が展開されたのかを厳密に措定し、
2:それが中世の史料叙述や史料残存状況の特徴といかに関連しているのかを考察し、
3:以上の分析から日本版中世主義の特質を解明することを新たな目的とする。
 この3点の目標を新たに掲げる形で活動を継続しています。
 その一環として、『モンセギュール1244』を実際に研究会の面々でプレイしてみました。

 ——こう書くと、いかめしく聞こえるかもしれませんが、今回の研究者のなかには狭義のカタリ派研究者はおりませんし、プレイヤーは『モンセギュール1244』訳者の岡和田を除き、全員が本作は初体験です。
 ゆえにプレイしてみた感触としては、一般の方々とプレイしたのと、そう大きく変わるわけではありません。
 ですので、リラックスしてお読みください。
 本プレイは何らかの手本や規範を示すものではなく、「公式見解」としてユーザーを束縛するものでもありません。
 あくまでも、一つのプレイ記録として、ご参考の一助となれば幸いです。

 なお、リプレイは実プレイをそのまま無編集で発表するものではなく、読み物としての整理を加えております。ゆえに文責は岡和田晃個人に帰属するもので、ご諒承ください。

□参加者紹介

 今回の参加者は、それぞれ学術機関で研究・教育に携わる研究者です。
 やや堅苦しいですが、あくまでも岡和田の視点からフォーマルな紹介を試みてみましょう。

 大貫俊夫:東京都立大学准教授(西洋中世史)。専門はシトー会等の中世修道院史。学術書の共訳書にアルフレート・ハーファーカンプ『中世共同体論』(柏書房)。
 小宮真樹子:近畿大学准教授(中世英文学)。専門はアーサー王伝説。最近では「ナイトランド・クォータリー」(アトリエサード)で「アーサー王伝説 色眼鏡」を連載中。
 松本涼:福井県立大学准教授(西洋中世史)。専門は中世アイスランド史・文学。最近では向井和美訳『アイスランド 海の女の人類学』(青土社)の解説を担当。
 白幡俊輔:流通科学大学准教授(ルネサンス史)。専門はルネサンス期から近世にかけてのイタリアの技術史・軍事史。訳書に『戦場の中世史:中世ヨーロッパの戦争観』(八坂書房)がある。
 健部伸明:弘前文学学校講師(文章&小説作法)。著として小説『メイルドメイデン』(アトリエサード)を刊行。「ナイトランド・クォータリー」でマイクル・ムアコック作品を翻訳中。
 こちらに加えて、岡和田晃となります。

 健部伸明さんの仕事については、「FT新聞」の読者であればご承知でしょう。古くはクラシックD&D(新和)のマスタースクリーンの付属シナリオを担当。
 最近は『グルームヘイヴン』ほか重量級ボードゲームの翻訳でも知られ、CMON JAPANにも参画し、数多くのアナログゲームを紹介されています。
 詳しい経歴は「ナイトランド・クォータリー」Vol.26に掲載されたインタビューを参照のこと。

 大貫さん・小宮さん・松本さん・白幡さんは、それぞれ第一線で活躍する研究者で、たくさんの素晴らしい業績をあげておいでですが……。
 実はみなさん、RPGをはじめとする各種ゲームに親しまれた経験があります。
 大貫さんはそれこそ『幻想世界の住人たち』を愛読していたそうですし、白幡さんは海外RPGについても通じておられる猛者。松本さんとは『央華封神』の話で盛り上がりました。
 小宮さんは『エルデンリング』ほかのデジタルゲームが大好きで、最近はアナログゲームにも越境、近畿大学で講師をしている「FT新聞」の水波流編集長や、FT書房代表の杉本=ヨハネさんを交え、6月にはアーサー王伝説にゆかりの深い、ケルト色が濃厚なRPG『ドラゴン・ウォーリアーズ』のオンライン・セッションも行いました(もちろん、シナリオは「森に眠る王」)。
 すでにゲーマーだからどうこう、という時代ではありません。ゲーマーが研究者になるのは、すっかり「当たり前」のことなのです……。

□セッションに至るまで

 中世主義研究会で3時間に及ぶインタビューを終え、打ち上げでひとしきり話に花が咲いたあと。
 メールであれこれ雑談を交わすうちに、実際に研究会の面々で中世史にちなんだゲームをプレイしてみようという話になった。
 最初はルネッサンス期を扱うシミュレーションゲームも候補にあがったが、タイムリーなことに『モンセギュール1244』が発売されたので、そちらを試してみようということに。

 アナログゲームは対面でプレイするのがしっくり来るもの。実際、『モンセギュール1244』はボックス・ゲームでカード等のコンポーネントも充実しているが、6月上旬の学会の前後に集まるという予定が合わなかったので、5月後半の日曜夜にオンラインでプレイする方向で話がまとまる。
 使用するツールはユドナリウム。もともとはD&D等のタクティカルなシステムに向いたツールだが、カード機能が充実しているため、『モンセギュール1244』にピッタリなのだ。
 パソコンやスマホでユドナリウムの画面を表示しつつ、並行してチャットツールのDiscordを開いて、通話をしながら話を進めるというわけである(いわゆる「ボイスセッション」)。
 Discordに慣れないメンバーもいるなか、なんとか全員がログインを果たした。

 『モンセギュール1244』はゲームマスター(GM)不要のRPGだが、進行役を立てれば展開はよりスムーズとなる。
 今回は自然と訳者の岡和田が進行役を担当することに。ただ、GMのような最終決定権があるわけではない。あくまでも、仕切りとルール参照を担当するのみ。
 背景設定については、プレイヤーの方が詳しい環境なのだから……。

□プレリュード:アルビジョワ十字軍

 準備が整うと、おもむろに岡和田は、ルールブックに記された「プレリュード:アルビジョワ十字軍」を読み上げる。

 ——AD1199年、教皇インノケンティウスIII世は、善きキリスト教徒はもはや、天国へ直行するため聖地イェルサレムを奪還せずともよい、との宣言を出した。
 背教者たちは、もっとずっと近くにいるからだ。北欧の諸王はバルト海近郊地域にキリスト教の信仰をもたらすためにしのぎを削っていた。
 南フランスでは、異端とされたカタリ派に対する長く血みどろの戦いの火蓋が切って落とされたのだ。

 カトリック教会には、長期にわたって煩わされてきた目の上の瘤があった。
 新しい宗教が広がり、教会の権威を脅かしてきたのだ。
 司教らは、ローマでの策謀に忙しかったのだろう。少しばかり、徴税に情熱を傾けすぎたのかもしれない。
 イエス・キリストに倣い、清貧の生活を送るべしというメッセージは、共感を得て支持者を増やした。
 節制を旨とする男女が人々故郷(ふるさと)で、直接語りかけたのだ。
 1208年、十字軍が攻撃を仕掛けた。軍は主としてノルマン人により構成されていた。
 最初に標的となったベジエの街は、少数派であったカタリ派の人々を十字軍に引き渡すことを拒絶した。
 街は最終的には陥落したが、何ら情け容赦はかけられなかった。
 十字軍の面々は、「皆殺しにせよ。主は自らのしもべを選別なさる」と吼えた。
 その後数年のうちに、さらに多くの街が攻め落とされた。
 けれども、しばらくして、戦争そのものは起きなくなった。
 それまでカタリ派の庇護者であったトゥールーズ伯が、教皇に屈服し、背教者とされる者らと戦うことを約束したからである。
 穏やかならざる平和が広がっていた。
 1234年、背教者の正体を暴き自警行為と私刑を防ぐという名目で、ローマ・カトリックの異端審問会が結成された。
 だが、要領よく無慈悲に遂行される異端審問を快く思う者は誰もなかった……。

(続く)

初出:「FT新聞」No.3893(2023年9月21日配信)