「『モンセギュール1244』がやって来た、ヤァ! ヤァ! ヤァ!」 岡和田晃

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『モンセギュール1244』がやって来た、ヤァ! ヤァ! ヤァ!

 岡和田晃
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●『モンセギュール1244』発売!

 2023年6月20日、中世の異端カタリ派を扱うモダン・ナラティヴ(ナラティブ)RPG『モンセギュール1244』がめでたく発売となりました(ニューゲームズオーダー)。これは「TRPGの現在(いま)」、歴史と物語の関係のみならずマーダーミステリーや推理ボードゲームをも含んだストーリーテリングゲームの流れからしても画期的な作品です。
 すでに4Gamer.net(https://www.4gamer.net/games/717/G071741/20230619054/)にプレスリリースを含めた紹介記事が載りましたし、公式サイト(https://www.newgamesorder.jp/games/montsegur1244)には識者による推薦コメントや、ボックスセットよりカタリ派の歴史的背景を扱うコラムが抜粋掲載されているので、ご覧になった読者の方もおられることと存じますが、本稿ではその特徴を改めて論じていきたいと思います。

●ナラティヴ・スタイルRPGの古典

 『モンセギュール1244』は原著が2009年に発売された作品で、これまで英語・イタリア語等に翻訳されています。実際に身体を使って物語に「没入」する北欧のライブアクション・ロールプレイング(LARP)の流れに連なるインディーズ作品となっており、同年発表の『フィアスコ』(ハロウ・ヒル、邦訳2012年)に並ぶ、ナラティヴ・スタイルのRPGの古典となっています。
 しばしばユーザーの過度な負担を強いるように思われがちですが、ボードゲーム的なGMレスのメカニクスを採用しており、ユーザー間のインタラクションによって話を転がすことと、適度に収拾をつけることの両立に成功しているのです。
 『フィアスコ』では、あるシーンを演出する人と、そのシーンに決着をつける人がそれぞれ別。従来型のRPGでは1人のGMが一手に背負い込む役割を、プレイヤー間に分担させているのです。厳密にはGMレスというよりは、「全員がプレイヤーであり、全員がGMでもある」ということになりますでしょうか。
 『モンセギュール1244』の場合、各プレイヤーは順番に、シーンを設定して状況を語るGM的な役割を交替させていきます。描写に際しては、ランダムで引かれるシーン・カードがヒントになります。このシーン・カードを使って、ここぞというときにはナレーション権を奪取してしまうことも可能なのです。ただし、他のキャラクターを殺害することは、殺害される側の同意がなければ行えないというユニークなルールもあります。

●ディアナ・ジョーンズ賞と2009年頃の状況

 『モンセギュール1244』は、ディアナ・ジョーンズ賞という、ゲームの革新性を評価する賞にノミネートされています。
 他の候補作は『ウォーハンマー』の世界で邪悪な混沌の神々を演じる、豪華コンポーネントのボードゲーム『ケイオス・イン・ジ・オールドワールド』(邦訳はホビージャパン、2010年)に、コミュニティ型データベースサイト「BoardGameGeek」等。当時の混沌とした空気が、伝わってくるような並びですね。
 ちなみに前年の2008年には『ダンジョンズ&ドラゴンズ』の第4版(ホビージャパン、邦訳2008年)が発売され、『ウォーハンマーRPG』の第3版(未訳)が出ています。前者は、グリッドマップを用いたタクティカル・コンバットの精緻化が特徴的で、後者は豪華なコンポーネントでカードを駆使する、ボードゲーム的なデザインが特徴でした。
 つまり歴史と伝統あるゲームが、戦略性とプレイアビリティを増すことでユーザーを拡大させる反面――ゲームズ・ワークショップの『タリスマン』を代表作とする――従来のRPGボードゲームとの境界線が解体され、むしろゲームマスターの演出に依存していた部分がメカニクスやコンポーネントに落とし込まれるようにもなってきたというわけです。
 反面、最新版ではなく旧版のデザイン思想をより手軽にプレイしたいという声も根強く、ビッグゲームの旧版のシステムをそのまま流用したり、あるいはナラティヴ(語り)の介入する要素をより拡大させようとしたりするオールドスクール・リヴァイヴァルの流れが生まれ、やがてそれはオールドスクール・ルネッサンス(OSR)という一大潮流へと発展を遂げます。

●三派鼎立

 「昭和」初期、批評家の平野謙は、当時の文学状況を従来型の私小説とプロレタリア文学、新感覚派等のモダニズム文学の「三派鼎立」として整理しました。
 これに倣えば、2023年、英語圏では、「ビッグゲーム・OSR・ナラティヴ」の三派が鼎立している現状になっています。それがわかりやすく可視化された最初の契機が2009年前後にあったのではないかと思うのです。
 もちろん、三派鼎立は互いに排斥し合っているわけではありません。相互に影響を与え合っているというのが正確でしょう。
 2009年はポストヒューマンRPG『エクリプス・フェイズ』(新紀元社、増刷改訂版2022年)の原書が出た年でもあります。『エクリプス・フェイズ』は未来の太陽系を舞台に、精神がデジタル化され、義体を交換可能になった未来を描く斬新なデザインのRPGで、『パラノイア』や『シャドウラン』の系譜に連なるSF-RPGの重厚さを備えながらも、随所にインディーズ的な実験精神を随所に取り入れた作品となっています。
 それでいてルール・メカニクスは『クトゥルフ神話TRPG』流のシンプルなパーセンテージ・ロールですからオールドスクール的でもあります。

●遊びやすいRPG

 『モンセギュール1244』は遊びやすいRPGです。作成済みのキャラクターから担当者を選ぶだけで準備はOKですし、特に序盤はメロドラマのノリで好き勝手プレイしても大丈夫です。
 ビッグゲームのようにキャンペーン・スタイルが前提ではなく、さりとてマーダーミステリーのように1回遊んで終わりでもありませんが、基本ルールに慣れたら、キャラクターを増やしイベントを多様化できる拡張ルールを導入することで、だいたい3~5回ほどのプレイ回数が想定されているように見受けられます。長すぎず短すぎず、ほどよい回数で、ゲームをしゃぶり尽くすことができるのです。
 必要な情報はすべてカード化されており、ルールブックの記述も噛んで含めるように、丁寧な書き方がされています。

●ヒストリカルRPGは敷居が高い?

 ただ、『モンセギュール1244』は、これまであまり日本語で紹介されてこなかったタイプの作品であることから、若干ハードルの高さを感じる方もいるようです。大きな要因としては、ヒストリカルな題材を扱うRPGが「歴史的背景を扱うためか前提となる勉強が沢山必要になる」と、日本ではしばしば敬遠されてきた事情が挙げられるでしょうか。『混沌の渦』(社会思想社、邦訳1988年)や『クトゥルフ・ダークエイジ』(新紀元社、邦訳2005年)といった傑作が、もっとプレイされてよいと思います(『クトゥルフ・ダークエイジ』は増刷しましたが)。
 他方で、現在のユーロゲームにしても、歴史的背景に取材したボードゲームは多数あるものの、味付けの域を越えてテーマの根幹に絡んでくるものとなると、意外と限られてくるのが現状です。
 ただ、昨今では西洋史を扱った各種コミックが人気を集め、なかには非常に綿密な考証が行われているものも少なくありません。歴史を題材にしたナラティヴ・スタイルのRPGにしても、第二次世界大戦の『青灰のスカウト』(ハロウ・ヒル、2019年)のような傑作も、すでに翻訳されているのです。
 『モンセギュール1244』に話を戻すと、この作品はリアリティとプレイアビリティの間でのバランスを取るべく、キャラクターは12人があらかじめ用意され、歴史的背景はすべて読み上げ文として準備されています。
 キャラクター同士には大枠としての関係性が決められていますが、それはガイドラインにすぎません。それは実際のプレイでいくらでも上書きをしていってかまわないのです。ヒントとなるのが、各キャラクターに投げかけられた「3つの質問」です。各プレイヤーは、少なくとも主要キャラクター1人・支援キャラクター1人を演じ、「質問」をヒントに、キャラクターの詳細を少しずつ肉付けしていくことになります。

●「間違い探し」に留まらないこと

 一般論となって恐縮ですが、歴史への関心は、あったほうがいいに決まっています。専門家による調査・研究の成果を、より広範な形で社会に還元することの必要性が増している現状、研究者としても歴史を扱うフィクションに対して単に「間違い探し」を行って事足りるのではなく、既存の学知へ適切なアプローチをするための導線、さらには自律した表現としての評価軸を再整理していくことが求められるようになっています。
 他方でクリエイター側としては、既存の歴史を恣意的な類型に落とし込むだけでは不十分で、それこそ「ファンタジーでやった方がいい」という話になってしまいかねません。中世人の常識は現代人のそれとは大きくかけ離れているのは現実ですが、ある部分において、中世人は私たちがそう思い込んでいるよりも現代的であることも珍しいことではないのですから……。
 幸い、『モンセギュール1244』では背景情報はすべてカードにまとめられており、それを読み上げるだけで、特に専門知識がなくてもプレイできてしまいます。
 逆に、登場するモチーフを専門知で掘り下げていくことも可能になります。西洋中世史・中世文学の研究者を集めたテストプレイでは、「カタリ派の葬礼がどうだったか」が話題で盛り上がりました。

●歴史にifはない

 歴史にifはない――これが『モンセギュール1244』の基本的なスタンスです。
 モンセギュール砦は何があろうと陥落し、人々は信仰に殉じて火刑に処されるか、生き延びるために棄教するか、さもなければ夜闇に乗じて逃げ延びるかのいずれかを選ばねばなりません。最低1人は火刑に処され、逃げ延びられるキャラクターにも制限があります。この大枠は動かせないのです。
 どうしてこういう発想になるのでしょうか? ある歴史的な事項を掘り下げれば掘り下げるほど、当時のリアルな状況に関する理解は深まり、「ありえたもう一つの歴史」をでっち上げることは難しくなっていくのが通例だからです。

 しかし、『モンセギュール1244』は同時に、歴史の細部を想像で補っていくゲームでもあります。この際に重要なのは、ただ野放図に振る舞うのではなく、「調査ではっきりしていること」と、「そうでないこと」を受け手の側がある程度明確に切り分けていくことでしょう。
 1244年に異端カタリ派がアルビジョワ十字軍に投降し、200人を超える信者が改宗を拒んで火刑に処せられたのかは、記録に残っているのでわかっています。『モンセギュール1244』の主要人物のうち、モンセギュール領主レーモン、砦の防衛指揮官ピエール・ロジェ、レーモンの娘エスクラルモンドらは既存の史料にも登場する実在の人物でもあります。
 とはいえ、書き残されたものだけが、歴史ではありません。どうしてかくも多くの信者が進んで死を選んだのか、そこに至るドラマに正解はなく、推し量っていくしかないのです。まとめると、大枠としての出来事は揺るがないが、そこに対峙した人々の生き様や内面は自由に辿り直せる。『モンセギュール1244』は、そのような「感性の歴史学のゲーム化」にほかなりません。

●カタリ派とは何か?

 現在、カタリ派の信仰は滅ぼされ、歴史の荒波に呑まれて消え去ったことになっています。その教義を正確に辿り直すことは困難です。
 もともとカタリ派とは自称ではなく、外から貼られたレッテルでした。アリウス派等の他の「異端」と混同されることも珍しいものではありませんでした。カタリ派の核にあるのは、この世は穢れているという強烈な現世の否定で、この観点から新プラトン主義等、グノーシス主義の流れを汲んだ思想的系譜に位置づけられます。
 強烈な情念は原始キリスト教、厳しい不殺の近いはジャイナ教、輪廻転生の思想は仏教をも彷彿させるものとなっています。さりとて複雑な神学体系が組み立てられているわけではなく――トマス・アクィナスが『神学大全』を書き始めるのは、『モンセギュール1244』の時代の少し後からです――どちらかといえば民衆信仰に近い。
 にもかかわらず、明るく温かく、ともすれば享楽的とも言われる南仏の風土で普及を見せたのが面白いところです。
 厳格な戒律に縛られるのは完徳者と呼ばれる出家信者だけで、一般の信者は、死ぬ直前で救慰礼と呼ばれる儀式を受ければ、死後の安寧が約束されるのです。「この世はすべて悪だから」と、犯罪者だろうが「売春婦」だろうが受け入れる土壌がカタリ派にはありました。
 逆を言えば、当時のローマ・カトリックが、いかに民衆の現状とかけ離れていたか、という話にもなりましょう――もちろん、13世紀のカトリックと、16世紀の宗教改革以降のカトリックや、多様性についても認めるようになってきた21世紀のカトリックは異なるものだ、という前提ですが、プレイにあたってはどこまでの表現がOKか、事前に卓の合意を獲ることを推奨しておきます。

●日本語版の特徴

 『モンセギュール1244』をボックス版で出す、と決定したのは版元のニューゲームズオーダー、とりわけ編集の沢田大樹さんの英断によります。
 豪華BOX入りのコンポーネントは驚くばかりですが、ボックスを買えばPDF版の電子書籍ルールブックに、ユドナリウム(オンラインセッションツール)用のルームデータも付いてきます。
 ルールブックは長らく親しまれてきた初版をベースに訳しておりますが、2023年に出たばかりの第2版との差分も紹介し、どちらの環境でもプレイできるような配慮がなされています。
 どうぞ、お楽しみください!
 日本語版に一定の評価が与えられれば、『モンセギュール1244』の影響を公言しているフォロワー作品の紹介も夢ではなくなりますから……。

※なお、本記事は内容の一部に、2023年6月16日「暮しとボードゲーム」が主宰する配信番組「TRPGの現在(いま)」(川上拓さん、沢田大樹さんと一緒に出演)でお話したことを盛り込んであります。

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Montsegur 1244(モンセギュール1244)
 Frederik J. Jensen (フレデリック・J・イェンセン) 著 / 岡和田 晃 訳

 モダン・ナラティブRPG
 3~6人用〔ゲームマスター不要〕/ ゲーム時間3~5時間 / 15歳以上向
 2023年6月20日発売

・ボックス版 税込3300円(本体3000円)※電子書籍版同梱
 https://booth.pm/ja/items/4828050

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初出:「FT新聞」No.3809(2023年6月29日配信)