「お告げ猫」川島怜子

 ある村に神さまのお使いの猫がいました。
 とても綺麗な三毛の模様なので、村人からは「ミケさま」と呼ばれていました。
 今日もミケさまは、神さまからのお告げの奉書紙(ほうしょし)をくわえて運んできます。
 扉を前足で器用に開けて、家の中にするりと入ってきます。ミケさまはどんな扉でも開けられるのです。
「あっ、ミケさま! ははーっ」
 家の者はみんなで頭を垂れて、ミケさまを迎えます。
 ミケさまは、その家の父親の前に奉書紙を置きました。父親は緊張した面持ちで紙を開きます。
「えっと……『お前たちはとても働き者。ほうびをやろう』? これがお告げですか!」
 ミケさまが、にゃーんと鳴くと美しい小判がカランコロンと降ってきました。
「まあ、なんて綺麗な小判! ミケさま、ありがとうございます!」
 母親は床に転がった小判を手にとり、うっとりと眺めたあと、再度ミケさまに土下座をしてお礼を言いました。
 ミケさまは上機嫌で帰っていきました。
 別の日。
「み、み、ミケさま……! お許しください!」
 少年が深々と頭をさげます。愛犬のムクも並んで頭をさげています。ミケさまは少年の前に奉書紙を置きました。少年はぶるぶると震えながら紙を開きました。
「……『お前は隣家の柿を毎日盗んで食べている。泥棒には罰を与える』! ……ミケさま、これからは盗むのは三日に一度にしますから許してください」
 ミケさまが、しゃーっと威嚇の声で鳴くと、雷がピシャーンとムクに落ちました。ムクは気絶しました。
「ムク! ムクーーっ!!」
 少年が泣き叫ぶ声をよそに、ミケさまは去っていきました。
 ミケさまが落とす雷は、その者が一番大事だと思っているものに落ちるのです。
 ある者は、必死で集めた珍しいたくさんの貝殻が黒焦げとなって寝込みました。またある者は、大事にしまっておいた高い反物が燃えてしまい、三日三晩泣き続けました。

 ミケさまは、ある男の家の前で足を止めました。いつも通り、扉を開けて入っていきます。
「ミケさまか。何度きたってムダだよ」
 床に寝転がったまま、男は悪態をつきます。
 何度罰を与えてもまったく反省しないので、ミケさまは困っています。
 働くつもりはなく、昼間から酒を飲み、タバコをふかしています。酒とタバコは近所から借りていると男は言いますが、返す気はまったくありません。脅してもっていってしまうのです。酔っぱらうと大声をだし、注意しにきた人を殴るので、誰もこの家には近寄りません。村中から問題視されている男です。
 ミケさまが最初に注意しにきたときは、男には妻と子がいました。妻が必死で働いてなんとか生活をしていましたが、体を壊して仕事を休むと悪態をつかれ、我慢の限界にきていました。ミケさまの雷は、妻と子に落ちました。妻に怒られた男は、しぶしぶ働きにでましたが、三日と持たず、また元のぐうたら生活に戻りました。愛想をつかした妻は、子を連れて実家に帰ってしまいました。
 二度目に注意にきたときは、男は一人でした。世の中なんて一人のほうが気楽だと、強がりを言いながら、酒を飲んでいました。二度目の雷は男に落ちました。
 強めの雷を落としたため、数日間気絶しており、そのあいだ村は平和でした。
 今回は三回目です。
「神さまのお使いだかなんだかしらないけど、そんなすごい猫なら、不思議な力で俺を金持ちにしてくれよ。なあ、ミケさま、あんたならできるだろう?」
 ミケさまは男の前に奉書紙を置きました。
「まったくお堅いお猫さまだな。はいはいっと。えっと、なになに……『真面目に働いて生きなさい』? これ、前と、その前と同じ文面じゃねえか、ははっ。そっちこそ真面目に手紙を書けよってんだ」
 ミケさまは体中の毛を膨らませて、いつもよりも強く、しゃーっと威嚇しました。
 雷が三回ぴしゃーんぴしゃーんぴしゃーんと立て続けに落ちました。
 ミケさまに。
「お、おい、ミケさま! あんた大丈夫か? うっうっ……こんな俺のところにたずねてきてくれて、お説教してくれるのは、今ではミケさまだけだよ……死なないでくれ……。これからは真面目に働くから」
 男はボロボロと涙をこぼしました。
 初めて反省したのです。
 ミケさまは黒焦げになっていました。体のあちこちからぷすぷすと音がし、煙があがっています。部屋中に焦げ臭い匂いが充満しています。さすがに驚いたミケさまでしたが、神さまのお使いなので死ぬことはありません。
 男がやる気になって良かったとミケさまは思いました。そしてむくりと起きあがると、尻尾をピンとたてて優雅に家からでていきました。
 その後、毛が生え変わるまでのあいだ、ミケさまは、その毛色から「クロさま」と呼ばれることになりました。