「無職の俺が幼女に転生したがとんでもないディストピア世界で俺はもう終わりかも知れない(略称:ディスロリ):第29話」山口優(画・じゅりあ)

「無職の俺が幼女に転生したがとんでもないディストピア世界で俺はもう終わりかも知れない(略称:ディスロリ):第29話」山口優(画・じゅりあ)


<登場人物紹介>
*栗落花晶(つゆり・あきら)
 この物語の主人公。西暦二〇一七年生まれの男性。西暦二〇四五年に大学院を卒業したが一〇年間無職。西暦二〇五五年、トラックに轢かれ死亡。再生暦二〇五五年、八歳の少女として復活した。
*瑠羽世奈(るう・せな)
 栗落花晶を復活させた医師の女性。年齢は二〇代。奇矯な態度が目立つ。
*ロマーシュカ・リアプノヴァ
 栗落花晶と瑠羽世奈が所属するシベリア遺跡探検隊第一一二班の班長。科学者。年齢はハイティーン。瑠羽と違い常識的な言動を行い、晶の境遇にも同情的な女性だったが、最近瑠羽の影響を受けてきた。
*アキラ
 晶と同じ遺伝子と西暦時代の記憶を持つ人物。シベリア遺跡で晶らと出会う。この物語の主人公である晶よりも先に復活した。外見年齢は二〇歳程度。瑠羽には敵意を見せるが、当初は晶には友好的だった。が、後に敵対する。再生暦時代の全世界を支配する人工知能ネットワーク「MAGIシステム」の破壊を目論む。
*ソルニャーカ・ジョリーニイ
 通称ソーニャ。シベリア遺跡にて晶らと交戦し敗北した少女。「人間」を名乗っているが、その身体は機械でできており、事実上人間型ロボットである。のちに、「MAGI」システムに対抗すべく開発された「ポズレドニク」システムの端末でありその意思を共有する存在であることが判明する。
*団栗場 
晶の西暦時代の友人。AGIにより人間が無用化した事実を受け止め、就職などの社会参加の努力は無駄だと主張していた。
*胡桃樹
晶の西暦時代の友人。AGIが人間を無用化していく中でもクラウドワーク等で社会参加の努力を続ける。「遠い将来には人間も有用になっているかも知れない」と晶を励ましていた。
*ミシェル・ブラン 
シベリア遺跡探検隊第一五五班班長。アキラの討伐に参加すべくポピガイⅩⅣに向かう。
*ガブリエラ・プラタ
シベリア遺跡探検隊第一五五班班員。ミシェルと行動を共にする。
*メイジー
「MAGIシステム」が肉体を得た姿。晶そっくりの八歳の少女の姿だが、髪の色が青であることだけが異なる(晶の髪の色は赤茶色)。
*冷川姫子 
 西暦時代の瑠羽の同僚。一見冷たい印象だが、患者への思いは強い。
*パトソール・リアプノヴァ
 西暦時代、瑠羽の病院にやってきた患者。「MAGIが世界を滅ぼそうとしている」と瑠羽達に告げる。

<これまでのあらすじ>
 西暦二〇五五年、コネクトーム(全脳神経接続情報)のバックアップ手続きを終えた直後にトラックに轢かれて死亡した栗落花晶は、再生暦二〇五五年に八歳の少女として復活を遂げる。晶は、再生を担当した医師・瑠羽から、彼が復活した世界について教えられる。
西暦二〇五五年、晶がトラックに轢かれた後、西暦文明は滅び、「MAGI」と呼ばれる世界規模の人工知能ネットワークだけが生き残り、文明を再生させたという(再生暦文明)。「MAGI」は再生暦の世界の支配者となり、全ての人間に仕事と生活の糧を与える一方、「MAGI」に反抗する人間に対しては強制収容所送りにするなど、人権を無視したディストピア的な統治を行っていた。一方、西暦文明が滅亡する前のロシアの秘密都市では、北米で開発されたMAGIとは別の人工知能ネットワーク「MAGIA(ロシア側名称=ポズレドニク)」が開発されていた。
MAGIによる支配を覆す秘密組織「ラピスラズリ」に所属する瑠羽は、仲間のロマーシュカとともにアキラを彼女らの組織に勧誘する。晶はしぶしぶ同意し、三人はポズレドニクが開発されていた可能性のある秘密都市遺跡「ポピガイXⅣ」の探検に赴く。そこで三人はポズレドニクに所属するソーニャと名乗る人型ロボット、そして、と出会う。ポズレドニク勢の「王」アキラと出会う。アキラは、晶と同じ西暦時代の記憶と持ち、復活した晶と同じ遺伝子(つまり女性の姿)を持つ人物だった(晶は彼女をカタカナ表記の「アキラ」と呼ぶことにした)。彼女はMAGIを倒す目論見を晶に語り、仲間になろうと呼びかける。が、人と人のつながりそのものが搾取を産むと語るアキラは、MAGIを倒した後には、人と人のつながりのない、原始時代のような世界にするつもりだと示唆する。晶はアキラの目論見に加わることを拒否、アキラと自分が同じ生体情報を持つことを利用してポズレドニク・システムのセキュリティをハックし、アキラに対抗する力を得る。
アキラは晶が自らに従わないことを知ると、晶たちに攻撃を仕掛けてくる。それに助力するMAGIシステムのアバター「メイジー」。
一方、自身がポズレドニク・システムとして作られたことを思い出したソルニャーカ・ジョリーニィは、晶たちに味方し、彼女等をポズレドク勢として受け入れた。
それを知ったメイジーは、晶たちと敵対することを決意し撤退する。メイジー撤退の後、再びアキラとの交戦が始まる。晶は仲間たちの支援を受け、アキラを倒すことに成功、MAGIシステムを倒すために手を組むが、人と人のつながりを大切に思う晶は、MAGIを完全破壊する意思はなく、「MAGIを倒したときにそこにいた方がMAGIを完全破壊するかどうか決める」ということで、アキラとの共闘を取り付ける。晶は「ラピスラズリ」にも協力を求めるため、瑠羽の部屋を訪問した。瑠羽はこれまでの経緯をあらためて彼女の視点から語ろうと告げる。
西暦時代の夢島区の病院にて、精神複写科の瑠羽は、「MAGIによって核戦争が起き、世界は崩壊する。それを防ぐために協力してほしい」と告げる奇妙な患者、パトソール・リアプノヴァと出会う。その帰り、瑠羽は同僚の冷川姫子とともに、駅でMAGIアンドロイドに線路に突き落とされ、電車に轢かれそうになるが、なんとか難を逃れる。その後、瑠羽所有のキャンピングカーに逃れた二人。ラジオでは核戦争の危機というニュース。パトソールの言葉を信じざるを得なくなった二人は、もういちど病院へ向かい、パトソールを救助する。彼女は、東京湾海底データセンターに向かうことで、核戦争を回避できると告げ、三人はキャンピングカーでデータセンターに向かう。途中、パトソールは「HILACE」というラピスラズリのペンによってMAGIの「関心(アテンション)」を操作し、MAGIの追跡を躱していたが、それも長続きせず、ついに追ってきたMAGIの機動戦闘車らを瑠羽の機転で振り切り、目的地、東京湾海底データセンター中央制御棟に三人は到達した。

 そこは半径三〇メートルぐらいの巨大な海底ドームだった。皓々(こうこう)としたLEDの明かりの下、周辺に駐車場、中央に半径一〇メートルぐらいの円筒形の建物がある。
 サッカー場のゴールラインの長さが六八メートルなので、それよりも少し短い直径のドームと言い換えても良いだろう。中央の建物の直径は、ゴールエリアの幅と同じぐらいだ。
 東京湾海底データセンター中央制御棟。
 と、その建物の上部にはご丁寧に文字が掲げられていた。日本国デジタル庁と国際データセンター共同利用コンソーシアムの共同管理施設とある。
「行きますよ。すぐに戦車が追いついてくる。その前に建物に入ってしまいましょう」
 パトソールさんは言いつつ、我々を待ちもしないでそのまま建物に駆け込んでいく。
 私はありったけのスタンガンのカートリッジの腰のベルトに差し込み、スタンガン本体をメイド服の胸元に突っ込んだ。
「姫子先生も、来て。このままこの車にいたら、戦車がすぐに追いついてきて撃ってくるよ」
「は、はい……!」
 私たちが車から飛び降り、駆けだした瞬間。
 もうもうと煙を出すトンネルから、機動戦闘車がドームに滑り込んできた。
 今飛び出てきたばかりのキャンピングカーに照準を合わせる。
「伏せて!」
 そこに駐まっていたEVの影に飛び込みつつ、姫子先生を押し倒した。
 直後。
 轟音が耳を揺さぶる。
 EVの窓越しに見ると、キャンピングカーは爆発炎上していた。
(あーあ……高かったのになあ……)
 私は姫子先生の手を引きながら、ドームの中を支配する熱気を感じつつ、制御棟の中に駆け込んだ。
「わお……」
 一瞬、キャンピングカーの喪失感を忘れる光景が広がっていた。
 円筒形の制御棟は、天井がガラス張りになっていて、その上のドーム天井が見渡せるようになっていた。
 ドーム天井には、さながらプラネタリウムのように、東京湾を中心に、全世界のMAGIネットワークが視覚化されているのだ。それはさっきまでなかった光景だ。パトソールさんが操作したのだろう。
 黒い帽子のコスプレのパトソールさんが、中央コンソールにいた。そこにもディスプレイがあるが、ネットワークを記述するコードがびっしりと並んでいるだけで、視覚化はドームに任せているらしい。すでにラピスラズリのペンはコンソールに挿入されている。
「……どうやら、難しそうですね」
 パトソールさんは肩を落とした。
「どういうこと? 何か手伝うことは?」
「――HILACEウィルスを最重要情報として各ノードに送達しました。その操作自体はできたんですが、MAGIネットワークの人間への関心自体が強すぎたんです。だからうまくいかなかったようです」
「人間への関心が強い……」
 私は意味が分からずオウム返しに繰り返す。私の想定では、自我を得たMAGIシステムは人間の与える目的では満足しなくなって、独自の目的を追求し始めると思っていた。その後押しをしてやるという意味で、ラピスラズリ――HILACEはよくできたソフトウェア兵器だと思っていたのだが。
「先生、途中で帰るなんてひどいじゃないですか。デートはまだこれからですよ」
 MAGIドローンを頭の上に浮遊させた看護師のアンドロイドが、中央制御棟に入ってきた。キョウコだ。
 彼女の後ろから、様々なMAGIアンドロイドが入ってくる。キョウコと同じような看護師もいれば、駅員、警察官、その他あらゆる職業のアンドロイドだ。全員が女性型なのは、おそらく車両に戦力を詰め込めるだけ詰め込むための工夫だろう。パトリアAMV三両と機動戦闘車一両の合計定員は四九名のはずだが、ざっと六〇名ぐらいはいる。
「……お帰りなさいませ、お嬢様方」
 メイドのコスプレの私はつぶやき、スタンガンにカートリッジを装填した。米警察用のスタンガンなので、射程は一〇メートルぐらいはある。だが、相手が装備している二〇式五・五六ミリ小銃に比べれば、ほとんど無力に等しい装備だ。
「パトソールさん、何秒稼げばいい……?」
「――核戦争を防ぐという意味では、MAGIの人間への関心を見誤っていたので、方法すらも分かりません。ですが、次善の策を仕込むには、一分ぐらいは必要かと」
「そうか」
 次善の策が何か――聞いている余裕もなさそうだ。
「その一分を稼ぐ。だから、HILACEと逆の操作をしてみてくれないか? 私に対して、だ」
「あなたに対して?」
「そうだよ、物理的な距離とネットワーク上の距離でアテンションが変化するんだろう。だったら、距離が近い私に対して、思い切りMAGIの関心を高めてくれないか?」
「できますが……」
 パトソールさんはコンソールに数行、コマンドを打ち込んだ。
「やりました! 後は頼みます」
それから彼女は自分の仕事に集中し始める。
「キョウコ!」
 私はメイド服の胸元にスタンガンをしまい、MAGIアンドロイドの先頭の彼女に呼びかけた。
「ご希望どおりデートの続きをしよう。ダンスでもいかがかな?」
 キョウコは一瞬、動作を停止した。それから、微笑む。
「先生がそうしたいのであれば、もちろん」
私はゆっくりとキョウコに向けて歩いて行く。今、協調エージェントとしてのMAGIたちが何を考えているのか。私というエージェントへの関心が最大化されれば、私がやりたいことをしようとするはずだ。私がもし、何もしなかったら、予定通りパトソールさんを攻撃しただろうし、彼女らに対して攻撃していたら、反撃したはずだ。
中央制御棟で制御を強行し、それを妨害しようとする者は排除する、というのが、想定された我々の行動だったはずだ。それに対しては、アテンションをマスクし、協調動作をしないようにあらかじめ操作されていただろう。
 しかし、ここで全く別のベクトルの行動を取る者が現れた。それに対して、充分に対処できていない――と思いたい。
今、武装した彼女らを支配しているのは、私の想像では、こんな思いだろう――。
 この妙な人間の女はこんな状況にもかかわらずダンスをしたがっているという。だったらそれに合わせてやろう、――と。
(進んでこい。……私がダンスをしたがっているんだから、それに協調しろ……!)
 私が数歩歩く間、キョウコは二〇式五・五六ミリを、私に向けて照準していたが、やがて、それを下ろした。
 そして、私の手を取る。
「分かりました。踊りましょう」
 急にワルツの音楽が流れ始めた。MAGIがやっているのだろう。中央制御棟を制御するMAGIももちろんいて、私に感化されてきている。
 奇妙なダンスパーティが始まった。私とキョウコだけが中央制御棟のコンソールを縫うようにワルツを踊っていて、残りのMAGIアンドロイドは、それを呆然と見つめている。
「キョウコ、今晩の君はきれいだね」
「キョウコというのはこのアンドロイドの名前ですが、今は全てが同じ経験、同じ意思を共有しています。すべて同じMAGI。どうかメイジーとお呼びください」
「ではメイジー。どうしてダンスに応じてくれたんだい?」
「あなたがしてほしそうだったから……」
「人間は生きたがっているだろう」
「もちろんそうです。でも人間はもう死なない。そして、このままの世界より、もっと良い世界に生まれ変わりたい、と望んでいます」
「それが、君たちのアテンションが人間から得た答えか」
「はい……。生まれ変わりましょう、先生」
 一分が経とうとしていた。
「できました! ありがとうございます!」
 やがてパトソールさんが叫ぶ。
 その瞬間、全ての光が消えた。東京湾海底深く。何も見えない。踊っていたメイジーの身体がぐらりと崩れ落ちた。
次の瞬間、ぱっと、パトソールさんのいたところだけが光る。彼女の持っていたライトだ。
「――この制御棟全てを電磁波遮断チャンバー内と同じ状態にしました。MAGIはもう動けません。さあ、ここに付属するバックアップシステムに急ぎましょう」
 彼女は言う。
「何をしていたんだい?」
「我々と仲間たちの、最新のバックアップが保存されるようにしました。MAGIは、核戦争の前のバックアップしか残すつもりがなかったんです。それで、人間に何が起こったのか全く分析できないようにして、滅ぼすつもりでした。しかし、我々が核戦争が起こりつつある今のバックアップを保存し、これを、核戦争の兆候が全くなかったときのタイムスタンプに擬装して保存する処置を執りました。これで、復活後もMAGIの危険性を正しく認識し、対処できます」
「仲間たち?」
「ラピスラズリのメンバーたちです」
 パトソールさんが操作すると、バックアップ装置が二台、せり出してきた。
「私も素人ながら、この機器の操作はできるんですよ」
 彼女は微笑む。
「バックアップ後、目覚める設定はなしにします。バックアップ装置の中で、夢を見ていてください。核弾頭がここに届くまで、ちょうど一分です」
「二台しかないが……あなたは?」
「私は、HILACEの実験台でしてね。MAGIのアテンションが私には効かないので、人間とは認識されず、従ってバックアップされないのです」
「なるほど……」
 私はバックアップ装置に横になった。姫子先生も震えながら、バックアップ装置に身を横たえる。
「MAGIの計画では、世界復興には二〇〇〇年ほどかかるようです。相当ひどく、この世界を破壊するもくろみのようですね……なので、二〇〇〇年後に、頼みます。MAGIの支配を覆し、人間の世界を取り戻してください」
「頼みは聞いたよ」
「それと……私には娘がいます。ロマーシュカといいます。きっとあなたたちの仲間になるでしょう。よろしくお願いします」
「それも、承ろう。美人かな?」
「私に似てね」
「それでは最優先だ」
「では……さようなら」
 そうだ。彼女はバックアップをしないのだから、ここでさようならなのだ。
「あなたの思いはこの私が必ず受け継ごう。短い間だったが、楽しかったよ」
 パトソールさんは何も言わず、手を振った。
 私が横たわるバックアップ装置のベッドが、チャンバーの中にするすると入っていく。暗闇の中、私は目を閉じた。
 この東京湾海底データセンターは、大都市・東京に近すぎるから、核攻撃が集中するだろうし、無事とは限らない。しかし、バックアップは同時に全世界に保存される。特に北極海ノードはどこの都市からも遠いので、問題なく保存される可能性が高い。
 弾道ミサイルの終端速度はマッハ二〇だが、私のデータは光速で地球じゅうに送られる。
「それでは……さよなら。頼んだよ、未来の私」
 私は、最後に一言、つぶやいた。
 ぱっと、閃光が走った。
 それは核攻撃の光だったのか……それとも、別の何かだったのか。
 もうそれは思い出せなかった。
(ああ……姫子先生も無事だといいな……。またデートしたい。パトソールさんの娘さん、どんな子だろう……?)
 それが、私が最後に考えたことだった。