「海の向こうの気になる本 気になる人――ルーマニア編」深見弾

海の向こうの気になる本
気になる人――――ルーマニア編

社会主義圏から十年ぶりに訪れたSF作家アラーマ氏

深見 弾

 その気にさえなれば、今は地球上のたいていの場所へ出かけていける。一人旅にするか、気が合った仲間と出かけるか、それとも旅行社が仕立てたパックに便乗するか、選択は自由だ。要するに個人の問題。だが、どうやらいちばん人気があるのが団体旅行らしい。近ごろは旅券の申請まで旅行社で代行してくれるという。おまけにローンまであるのだから、まさに至れり尽くせりだ。だがひょっとしたら、こんな状態は長くは続かないかもしれない。出国の条件や外貨持ち出しの制限などが厳しくなって、おいそれと観光旅行などには出られなくなる時代がやってくるかもしれない。それでもなお、どうあっても出かけたいときはどうしたらいいか。そんなときは、社会主義諸国に学べばいい。たとえばこんな例がある。
 ルーマニアのSF作家ホリア・アラーマ氏は観光の目的で一人で日本へやってきた。ほかの者なら、最初から不可能だとあきらめるところを、かれは外務省に足を運んだ。そしてやっと六ヵ月目に旅券がおりる(建て前として旅行の自由は保障されているのだから、ネバルこと)。だが持出し外貨に制限があった。どんなに切りつめても、一週間の滞在費に満たない。たいていの者は、ここであきらめる。だが、かれは野宿を覚悟し(五十歳という年齢と十二月という季節にもかかわらず)、大量の食料を用意した。かくして、昨年の十二月二日に北京経由で成田に降り立ってから、二十二日に帰国するまでの間、都内は博物館、美術館、北斎の浮世絵展、日本庭園、歌舞伎座等々を訪れ、京都、大阪、広島、鎌倉、前橋へ出かけるという精力的なスケジュールをこなしたのだ。しかも京都には二度も出かけ、一泊二千五百円(!)の旅館まで見つけたというから驚く。
 旅が冒険であり、未知の発見であるのなら、あるいはこれが本物の旅なのかもしれない。自分の作品が訳された国へ出かけようと決心し、行動に移ったときから旅は始まっていたのだ。かれにとっては、ブカレストから成田まで半年かけて飛んだことになる。だが、この冒険旅行からかれは、訳者の住谷春也氏や日本作家、ファンはもとより、自分が接した平凡な市民を通じて、これまでとはちがった生きた日本を知ったにちがいない。
 ジャーナリストでもあるホリア・アラーマ氏は帰国後、当然旅行記を発表するが、われわれのためにも、SF作家が見た日本についての記事を寄せると約束していった。いずれ、どこかの雑誌に載ることになると思う。楽しみだ。
 西側諸国のSF作家や関係者が訪日することは少なくないのだが、社会主義圏からは十年ぶりのことである。現状ではホリア・アラーマ氏のように観光を名目にして一人でやってくるということは大変なことだ。だが、イベントに参加するのであれば、公式な代表としてはるかに出国しやすい。日本に強い関心を寄せている作家は、おそらく英米よりはるかに社会主義圏のほうに多い。日本SF大会に外国人作家を呼ぶような慣例ができ、そこにかれらも招くことができればと期待している。今までにそれが実現していなかったのが不思議なくらいだ。
 なお、アラーマ氏の中編「アイクサよ永遠なれ」(Verde Aixa, 1979)は、『東欧SF傑作集・下』(東京創元社刊)に収録されている。