「リオのために(上)」伊野隆之(序文・岡和田晃)

 「SF Prologue Wave」発の企画である『エクリプス・フェイズ』シェアードワールド企画は、単行本『再着装(リスリーヴ)の記憶 〈エクリプス・フェイズ〉アンソロジー』(アトリエサード)という形に結実しました。
 さらには『ソースブック サンワード』の翻訳刊行、基本ルールブック増刷改訂版(ともに新紀元社)の刊行と、着実に展開が広がっています。「Role&Roll」でのサポート記事の連載も継続し、11月28日頃発売予定の「Role&Roll」Vol.218には、新作シナリオ「彼方の惑星コーデルへの門」(拙作)が掲載される予定です。
 「SF Prologue Wave」はFT書房の日刊メールマガジン「FT新聞」とも連携しており、そこで「SF Prologue Wave」発の小説の紹介も開始し、齊藤(羽生)飛鳥さんによるリプレイ小説【https://prologuewave.club/?s=%E9%A3%9B%E9%B3%A5】も連載しています。
 この勢いに載るべく、「SF Prologue Wave」では、『エクリプス・フェイズ』シェアードワールド小説の新シリーズを開始することにしました!
 舞台は『サンワード』で詳述される火星のノクティス・チンジャオ。
 単体でも楽しめますが、登場キャラクターたちについてもっとよく知りたい方は、「カザロフ・ザ・パワード・ケース」(『再着装の記憶』所収)や、SF Prologue Wave連載の〈ザイオン・バフェット〉シリーズ【https://prologuewave.club/archives/tag/%E3%82%B6%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%83%E3%83%88%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%BA】もお読みいただければと思います。
 伊野隆之は作家としていっそうの技巧的洗練を見せ、「月影のディスタンス」(「ナイトランド・クォータリー」Vol.25)に見られる抑制の効いたアクション、「Granma’s Heartbeat」【https://prologuewave.club/archives/9491】で発揮された清冽なリリシズムが、本作でも確認できるように思います。お愉しみください。(岡和田晃)
リオのために(上)
 伊野隆之
 こういう状況を灰燼に帰す、と言うのだろう。かつては生活の場所だったところは暴力の嵐にさらされ、今では瓦礫と融けかかった金属と、くすぶる有機素材――プラスチックと蛋白質――に覆われている。いやな臭いは遮断できるが、目に見える物はどうしようもない。
 足下に転がる丸っこい物を拾い上げる。火傷するほどではないものの、まだ熱を帯びている。手首を返すと、大きく空いた二つの眼窩が私を見た。ティターンズに蹂躙された後の地球なら、まだ幼い子供の頭蓋骨と言ったところだが、ここは火星で、大規模な暴動が起きたスラム……だったところだ。手の中にあるのは、安っぽい合成義体の頭部だ。
「無駄よ、ゲシュナ。そのスタックは熱でやられてるはず」
 小綺麗なボディスーツは周囲の惨状にふさわしくない。もっとも防汚処理をしてあるだろうし、当人もさほど気にしているようには見えない。使っている義体は標準的なスプライサーだが、整った身なりをしているところを見ると、カンパニーでもそれなりの地位にいるんだろう。
「わかってる」
 ぶっきらぼうに答える私は、女性形とはいえ無骨な戦闘用義体のフューリーだ。身につけた服は二日前から着ているもので、煤や灰や汗で薄汚れている。
「ならいいけど」
 私は、この女を護衛している。私のような契約兵士を雇っている警備会社ではなく、警備会社の顧客であるディベロッパーから派遣された女はイーラという名で、彼女の安全確保が今の私の任務だ。
 私が拾ったのは、汎用の合成義体、ケースの頭部だった。後頭部、人間の頭蓋骨で言えば頸骨と繋がるあたりに大脳皮質記録装置(スタック)を納めるスロットがあって、そこには確かにこの義体を使っていた誰かの全人格と記憶を納めたスタックがはめ込まれたままになっていた。
「外せるかしら?」
 イーラが言った。私はスタックをそっと摘まみ、引っ張り出そうとしたが、ケーシングが割れ、外れた時には形が歪んでいた。
「やっぱり修復不能だね。この様子じゃ、中もきっと熱変成してる」
 煤をぬぐい取ると、前頭部から頭頂にかけて彫り込まれた複雑なパターンがあった。変態どもを喜ばせるために増設された側頭部に並ぶジャック。私が見間違えるはずがない。
「どうせ安物のスタックよ。バックアップも取っていなかったんでしょうね」
 言わずもがなのことを言うイーラに、私は苛ついている。新しい義体に使われている正規品のスタックとは違い、中古品の義体に使われるスタックには堅牢度が低いものが出回っている。
「ここはスラムだ。まともな義体があるだけで儲けものだ」
 そう言いながら、心の中で、スラムだったところに訂正する。これから先、ここがスラムに戻ることはない。この地区全体が、すでに立ち入りを制限されていたし、明日は何台もの知性化された重機が後かたづけのために投入されるだろう。おざなりにスタックの回収もされるだろうが、機能するものがあるとは思えないし、回収されたとしても放置されるだけになることが目に見えていた。
「ずいぶんスラムの事情にお詳しいのね」
 すぐに再開発工事が始まり、新しい町が建設される。それは、確定した未来だ。
「常識だ。バックアップより義体のローンの支払いが優先される。当然だろ」
 ちょっとした怒りのスパイスが、私の言葉をとげとげしくする。中古の義体という意味では、今の私も変わらない。私の趣味とはほど遠い、紫の髪のマッチョなフューリーは、バカな客から貢がせた金で買った中古品だった。もちろん、スタックも安物だし、バックアップ保険をまかなえるだけの金もない。死んだらおしまいなのは、私も同じだった。
「そうね。ここで生きていたバージョンは、もうどこにも存在しない、ってことよね」
 何がおかしいのか、イーラが笑った。
 スラムと、スラムの住人が、そこで生きた記憶ごと、きれいさっぱりと消し去られる。それが、ここでおきたことだ。
「前のバージョンが、どこかに残っている可能性くらいはあるだろうね」
 つい、そんな意味のないことを口走っている自分が嫌になる。誰かが好き好んでそのバージョンを探すとも思えないし、見つかって解凍されたところで、その後は自前の義体を手に入れるための奴隷労働が待っている。愚鈍な重機にインストールされ毎日のように地面を掘り返す日々に、正気を保てるかどうかもわからない。下手をすれば変態相手のプレジャーボットだ。そこから這い上がるための苦労は、私が一番よく知っている。
「誰がそんなことを気にするの?」
 イーラが近くで拾ったらしい安物のスタックを、瓦礫の中に放り投げた。
「いや、誰も。ところで、いつまでここにいるつもりだ?」
 これまでイーラは何かを探すでもなく、あたりをうろついていた。上空から瓦礫の中にいる私たちを見下ろしているドローンは、イーラが飛ばしているもので、周囲の様子を記録している。
「あなたたちの仕事の様子を調べてるの。ちゃんと再開発が出来る状態になっているかをね」

 イーラはつま先立って遠くを見るような素振りを見せた。遠くといっても、バブルドームの端までは見渡せない。火星で最も早く開発されたマリネリス渓谷のドーム都市群のうち、ここ、ノクティス・チンジャオは最大級の規模を誇っている。複雑に切れ込んだ無数の谷からなるノクティス迷宮(ラビリンス)の中心都市だ。
「こっちが請け負ったのは不測の事態への対処だ。再開発は関係ない」
 大規模な再開発のために、スラムの住民の立ち退きが必要だった。退去期限を公示し、その日が来たら粛々と工事を始める。再開発を請け負ったコンソーシアムに手続き的な瑕疵はない。
「あら、そうだったかしらね。でも、住民を根こそぎにするとはね」
 驚いた振りをしているのか、肩をすくめてみせる様子に虫酸が走る。周囲に広がるのは、私が懸念していたとおりの惨事だ。
「状況のコントロールが難しくなった、ってことになるんだろうね」
 言い訳でしかない。実際、暴動を扇動していた連中の排除は上手く行っていたし、状況のコントロールには成功しかかっていた。それにもかかわらず、傭兵部隊を指揮するマスチフは、重火器の使用を指示した。もちろん、私の同僚である兵士たちは、何の躊躇(ためら)いもなくそれを使った。
「まあ、この状況はそう説明するよりないでしょうね。少々乱暴だったかも知れないけど、所詮、不法占拠していた連中よ。それに、問題になったとしても、警備会社の問題よね」
 イーラの笑みにぞっとする。仕組まれていたことを証明するようなものだ。
「確かに警備会社の問題にされるだろうな」
 警備会社と、警備会社に雇われた私たちの問題にされる。それは、分かりきったことだ。マスチフは、分かった上で契約をしている。だから私たちへの支払いも悪くない。
「そろそろ撤収しようかしら。この様子なら、すぐにも重機を入れられる。そうは思わない?」
 命の価値は驚くほど軽くなっていた。ティターンズの地球侵攻による大量死だけではなく、地球外惑星の過酷な環境は、簡単に命を奪う。一方で、バックアップによる復活が当たり前になってしまった結果、本当の死は、十分な準備をしなかった愚か者にだけ起きる悲劇になっていた。最新のバックアップ保険と、次の義体をまかなうための蓄えがあれば、死を恐れる必要はない。スラムの住人が意図せぬ死を迎えたところで、それは準備不足によるものでしかないとされてしまう。ましてや暴動の結果だとすれば、死の責任は暴動を起こした住人にある。
「昨日の記録は残っているからな」
 私の声は、相当にぶっきらぼうだったろう。集まっていた群衆は数百人規模だった。その中で、まともな武器を手にしていたのは数十人。制圧に当たったマスチフ以下の部隊は二十人程度だったが、火力の差は圧倒的だった。その上で、マスチフはスラムに火を放った。爆発的に燃えさかる炎だけでなく、その後に起きた酸素分圧の低下と不完全燃焼による一酸化炭素は致命的で、私もフューリーの義体でなければ危なかったろう。
「その通りよ。残念な結果だけど、まずは予定通り工事を進められる。今回の被害は避けられないものだった、となるはずね」
 膨大な映像記録が残っている。だからといって、火星の統治機構は、映像記録を精緻に分析し、多くの死の責任の所在を追求しようとはしないだろう。このままでは都合の良いように編集された情報だけが流通し、事件の真相として記録されることになる。
「物言いには気をつけた方がいい。監視されてるようだ」
 物陰で何かが動いた。瓦礫の陰に隠れていたそれが、地面を跳ねるように逃げていく。
「えっ、どういうこと?」
 私はさっきから私たちについてきている小型の機械に視線を向けた。
「なんなの、あれ。捕まえて! いや、さっさとあんたも撃ってよ!」
 慌ててイーラが放ったレーザーは、コンクリートの瓦礫に阻まれ、跳ねるように逃げていく小型の機械に当たる気配もない。
「無駄だ、どうせデータは転送されている」
 イーラの表情がこわばる。
「わたしは、何も言ってないわよ」
 私は覚えている。ついさっき、イーラが放った一連の言葉は、明白な有罪の証拠だった。
「あんたは、これは予定通りで、避けられないものだった、って言った。つまり、暴動は計画されていて、その暴動に対して重火器を使用することまで予定されていた、ってことじゃない? それに消火も妙に手際が良く、被害はスラムに限定されていた」
 ちょっとした粉飾はあるが、嘘ではない。でも、私にはまだ確証がなかった。
「どこに証拠があるの? そんなのは、勝手な妄想よ。頭おかしいんじゃない」
 ヒステリックにイーラが叫んだ。
「図星のようだな」
 危険な武器を持った暴徒の排除が、私たちの役割だった。私はただ職務に忠実に、武器を持って暴動を扇動する連中を無力化した。それなのに、その結果がこのありさまだ。
「ねえ、どうなるの?」
 イーラが口走る。
「さあ、あんたを狙っていたのが何者かによるだろうね。ここで起きた虐殺の首謀者としてあんたの会社を告発するのかも知れないし、裏で再開発で得られる利益の分け前を要求するかも知れない。もしかすると、あんたが口を滑らせたことを会社の上層部に伝えて、あんたの足を引っ張ろう、ってだけかもね」
 私の言うとおりなら、どう転んでもイーラにとってハッピーな事態にはならない。
「……あんなものがあるって……。何でさっさと教えてくれなかったの! 事前の安全確認はあなたの仕事でしょう」
 私は大きくため息を付いていた。自分の口の軽さを棚に上げるなと言い返したくなる。
「私の責任範囲は、あんたの身体的安全だけだ。そうだろ?」
 多分イーラは、これから何が出来るか必死で考えているはずだ。会社でのキャリアはおしまいで、降格どころか会社の社会的信用をおとしめたことで、賠償を求められる可能性もある。そうなれば、このあたりの鉱山で、終わりのない奴隷労働が待っているだろう。
「あなたがはめたの?」
 当惑した表情のイーラ。誰がはめたにせよ、結果は同じだ。このスラムでの惨状が仕組まれたことだったとわかれば、企業体に甘い火星の統治機構も、さすがに責任の所在を追及することになるだろう。どっちにせよ、このままではイーラに未来はない。
「まさか、何のために?」
 暴動の鎮圧のために、殺傷力の強い重火器が準備されていた。実際に使われれば今のようなことになるのはわかっていたのに、私はリオに知らせることしかしなかった。
 優しいリオ。私がコイントスでイカサマをしたのに、あなたは気づかない振りをした。二人でためたお金で買える義体は一つ。その代わり、稼いだら必ず迎えに来る。その約束は、もう果たしようがない。リオや、リオが世話をしていた子供たちはもういない。逃げる場所がないことくらい、私にはわかっていて当然だった。
「じゃあ、あれを使ったのは誰なのよ?」
 懇願するようにイーラが言った。
「私に聞かれても困る」
 万一暴動が起きたとしても、扇動者を排除することで群衆が大人しくなれば、最悪の事態は避けられるだろうと踏んでいた。マスチフの下で結果を残せば、私自身の市場価値が上がる。そんな計算は、スラムを破壊しようという大きな意志の前では何の意味もなかった。
 多分、止めようはなかったのだろう。再開発は既定路線で、スラムの掃除は不可欠なステップだ。そのためにあの狂犬は雇われた。あの男は、あの男なりに職業倫理に忠実だったのだろうし、それに比べると私はまだ甘かった。
 イーラは瓦礫にひざを突き、肩を落としていた。惨事の責を負うべきなのは彼女の会社の上層部であり、警備会社を通じて雇われ、重火器の使用を指示したマスチフとその部下たちであり、こんな事態になることを止められなかった私だったが、イーラにも幾ばくかの責任はある。だから、彼女が置かれた状況に同情するつもりはなかった。
「いつまでそうしているつもりだ?」
 私の言葉に、イーラは何とか立ち上がる。
「よく考えたんだけど、やっぱり、またやり直すしかないようね」
 吹っ切れたようにイーラが言う。
 近くのコンクリートの塊にまた腰を下ろし、両手で持ったレーザー銃を自分の喉に押し当てた。
「何をする?」
 私はそう尋ねる。イーラとの間には数歩分の距離があり、強引に止めるのは無理だ。
「次の私に姿を隠すようメッセージを送ったの。アップデートは三日前だから、そんなに欠落は大きくならない。次の義体は、少々安物になるけど、きっとまたやり直せる。このあたりの連中に比べたら、次があるだけ、まだましな運命よね……」
 わずかに俯くと同時に引き金が引かれ、レーザーがイーラの首を貫き、義体の首の後ろから血と肉が吹き上がった。
「……この義体も安くないだろうに」
 瓦礫に突っ伏したイーラの首の後ろに空いた穴に指をつっこみ、私はスタックを探る。
 生体ではない堅い感触。引き抜いたスタックの外見には異常がなかった。フューリーの握力でもどうにもならないくらい堅いケーシングは、バッタ物ではない証拠だったが、中のデータが無事だとは限らない。むしろイーラは、データを確実に壊わすつもりで撃ったはずだ。もし、復元されてしまえば、そのバージョンのイーラを待つのは無限地獄のような尋問になるだろう。
 私はイーラのスタックを回収し、死体となった義体を物陰に隠す。使い物にならなくなった義体の回収は私の仕事ではないし、上空のドローンが撮影している映像が、自殺の証拠になるだろう。

 私たちはノクティスの下町にいた。新しく開発された小綺麗なエリアではなく、スラムよりはましなものの、雑然とした雰囲気が色濃く残っている。私たちがいる宿の、道路に面した一階部分が酒とドラッグ、ちょっとした料理を出す店になっている。
「金星に行くぞ。そろそろ火星も居心地が悪くなってきたからな」
 上の階から降りてきたマスチフが、最初の一杯を空けるともなく、そう宣言した。不細工なマスチフの顔がさらに醜く歪んだのは、笑っているつもりなんだろう。
 ――嘘だろ?
 ――なんでだ?
 貸し切り状態の店のどこかから、そんな声が上がる。
「こっちに残ってたっていいんだぞ。面倒なことになっても知らんがな」
 マスチフの言葉に、ざわついていた連中も口を閉じた。
 スラムの壊滅は、思った通りにスキャンダルになりつつあった。まだ、独立系メディアが取り上げているところだったが、スラムの惨状は徐々に知られつつある。騒ぎが大きくなれば、火星の統治機構とて無視は出来ない。そうなれば、誰かが確実にスケープゴートにされる。
 思っていたとおり、イーラのスタックは壊れていた。新しい義体のイーラが何をしているか、私にはわからないが、まあ、さっさと逃げ出して正解だろう。匿名でネットワークに流した動画は思った通りに拡散しているし、惨状を前にして傲慢な笑みを漏らす様子はイーラ自身が有罪であることを雄弁に物語っている。
「俺は金星の北極に行く。費用は向こう持ちで、船の手配も済んでいる。悪い話じゃないだろ?」
 ――それって、雲の上なのか?
 どこかから声が上がった。少しは金星の様子を知っているらしい。
「おお、いい質問だ。残念ながらクソ暑い地表のドームだ。ただ、払いは良いぞ」
 マスチフの答えに、また店の中がざわつく。
「あたしは行くよ。ここにいたら必ず後ろに手が回る。あんたがやりすぎたせいでね」
 声を上げた私をマスチフの奴が睨みつけてきた。
 私の怒りは本物だった。マスチフの背後に誰がいるかまでは、私にはわからない。でも、マスチフは有罪だ。
「おめぇはこのビジネスを知らないんだよ。少しぐらい腕が立つからって、勝手なこと言ってんじゃねぇぞ」
 マスチフの銃が正面から私を狙う。鼻っ柱の強い筋肉女のフューリー。それが私、ゲシュナだ。
「撃ってみなよ。次のあたしが殺しに行くぜ」
 いつものことだった。マスチフは銃で私を脅し、私は殺された後の復讐を宣言する。今の私の義体は私が持っているたった一つのなけなしのものだったが、誰もそのことを知らない。
「いつもながらいい度胸だな、ゲシュナ。ほかにクソ暑い金星の雲の下に行く根性がある奴はいないか?」
 そこここから賛同の声が上がり、マスチフの奴が私に向かって目配せをする。まるで、わかっているとでも言うように。
 私は、マスチフに向けて右の眉を上げる。これが私の返事だ。これでいいんだろ、と。
 マスチフの奴は満足した様子だった。今はまだ、おつむの足りない荒くれ者をまとめるための小芝居だと思っていればいい。
 私はマスチフを逃がしたりしない。それは、リオのためでもあった。
(続く)
Ecllipse Phase は、Posthuman Studios LLC の登録商標です。
本作品はクリエイティブ・コモンズ
『表示-営利-継承 3.0 Unported』
ライセンスのもとに作成されています。
ライセンスの詳細については、以下をご覧下さい。
http://creativecommons.org/licenses/by-nc-sa/3.0/