「海の向こうの気になる本 気になる人――ソビエト編」深見弾(「SF宝石」1980年8月号)

海の向こうの気になる本
気になる人――――ソビエト編

錚々(そうそう)たる文豪の名前をそろえたSFアンソロジイ

深見 弾

 さきごろ珍しいアンソロジイが手に入った。目次を見ると錚々(そうそう)たるロシアの文豪たちの名前が並んでいる。その顔ぶれだけ見ると、名作短編集かなんかと間違えそうだが、なんとこれがれっきとしたSFアンソロジイだ。
 共産圏でSF文学史の洗い直しが始まっていることは、ポーランドの例で前に触れたが、これはソ連での最近の成果だ。一九七七年にグミンスキーが編集した、十八世紀から十九世紀前半のSFを集大成した『世紀を振り返る』の後編で『永遠の太陽』(“Вечное солнце” сост. С. Калмыков, “Мол. гвард. ” М. , 1979)がそれだ。
 収録されているのは、十九世紀後半から二十世紀初頭にかけての二十五点で、<社会ユートピア>編と<SF>編にわかれている。
 もっとも、二編にわかれているとはいうものの、その区別はそれほど厳格ではない。たとえば、ボグダーノフが自分で<ユートピア・ロマン>と呼んだかれの有名な作品『赤い星』は、第二編に入っている。たぶんそれは、編者がこの作品は、未来の科学技術的な面に重点がおかれていると判断したからだろう。どちらかと言えば、アンチユートピア的な色彩が濃いブリューソフの作品「機械の叛乱」と「機械の蜂起」(いずれも未完)も、ロボットがテーマのせいか、<SF>に入っている。
 面白いのは、ソビエトSFの祖ともロケットの父ともいわれ、ソ連でSFが語られるとき、これまで異常なほど重要視されてきたツィオルコフスキーの扱い方だ。かれの作品は、ここでは申しわけ程度に、わずかニページ半の論文、「ジェット装置による宇宙空間の研究」が載っているにすぎない。しかも、付録として。
 このアンソロジイの重点は、第一編<社会ユートピア>である。当時のロシア文学にとって極めて重要な問題のひとつは、完全な人間と完全な世界の追求であった。だが実際には、たとえばユートピア小説として独立した作品が書かれた例はほとんどなかった。
 多くは、文学作品の中の一章や一部分で触れられているにすぎなかったのである。だから、ここに収録されているのも抜粋が少なくない。だが、独立した章としてだけが五つ集めてある作品を見てもわかるように、本体から切り離されても、それぞれ価値がある。編者は、逆にこうした角度からロシア文学を見直すことも狙ったようだ。たとえば、この章には次の五つの夢物語が入っている。
「オブローモフの夢」――ゴンチャローフの長編『オブローモフ』の第一部第九章。「幸福な百姓の夢」――N・ズラトヴラーツキーの代表作『礎(いしずえ)』から。「おかしな男の夢」――ドストエフスキーの『作家の日記』の中の一話。「黄金時代についての夢」――同じくドストエフスキーの『未成年』第三部第七章。「ヴェーラ・パーヴロヴナの夢」――チェルヌィシェフスキー『何をなすべきか』の第四章第十六節。
 このアンソロジイは、単に作品を発表年代順に配列した作品集に終わっておらず、すでによく知られている作家たちをSF史的な観点から光を当てた紹介をしており、巻末には文献学的な詳しい注釈をつけている。
 編者の序文は、貴重なロシアSF史の研究成果として評価できる。