コラム, 評論 新作紹介『トーキングヘッズ叢書THNo.89 特集・魔都市狂騒』高槻真樹 2022年5月24日 SF界からも多くの書き手が参加する季刊アート誌『トーキングヘッズ叢書』、今回89号は「魔都市狂騒」特集と銘打っています。都市の闇とその魅力に迫る、というと、なぜ今、と疑問に思う方も多いでしょうか。SFの世界でも「アキラ」「ブレードランナー」「攻殻機動隊」など、都市のカオスな側面に活力を見いだす視点は、もはや常識と言えるかもしれません。ですが……。 特集の巻頭言として掲げられた沙月樹京の言葉をみてみましょう。 「コロナ禍によって、一極集中的な都市のあり方も見直されつつある。なつかしく郷愁をもってその闇を振り返る日も、もう遠くはないのかもしれない」 ついこの間まで、テレビやネットで当たり前に見られた、長い行列を人気の証しとして誇ったり、すし詰めのライブ会場に熱気を感じたりする行為は、もう戻ってこないのかもしれません。だとしたら、私たちの暮らしと価値観はどう変化していくことになるのでしょうか。ポスト・コロナ的な視点から、都市の闇を再検証してみようというのが今回の狙いというわけです。 従って従来型の都市論とは明確に一線が画されており、浅草、神田神保町、京都など、あまり取り上げられることのなかった街を切り口にした評論も多くなっています。中でも穂積宇理「幻想の魔境、中華街」は、実際の住民たちの肉声で組み立てられたドキュメンタリー映画「華のスミカ」を主軸に据え、中華街を取り上げます。暗黒魔窟めいた外部の偏見を、鮮やかに打ち砕いてくれます。 都市もまたコミュニティであり、外側からはさまざまな偏見とともに見られがちです。そうした「ゆがみ」を正してくれるのが、時間軸に沿った歴史的な分析です。上海、九龍城砦やロンドンなど、これまでカオスの代名詞として語られることが多かった街が、時代や文化の変遷とともに検証されていくことによって、新たな顔を見せてくれます。岡和田晃「共有され、変容する多言語の魔都市」では、通り一遍な「魔術都市」という俗称に引きずられない、プラハの肖像が描かれています。ドイツ系・チェコ系・ユダヤ系が支配言語を巡って争う構図が、チャイナ・ミエヴィルの怪作SFミステリ『都市と都市』と重ね合わされることによって、より深く理解できるものとなります。 ありふれたはずのものが、違った姿を見せる、という点では、宮野由梨香「見えない魔都市ソラリア」も見逃せません。個々人が引きこもり直接接触を嫌う異世界ソラリアの姿は、一見私たちの置かれたコロナ禍そのものに見えるのですが、実は微妙にずれた部分に問題があります。メディアとどう付き合い、文化とモラルの中にどう位置づけていくか。どれほど文明が進歩しても、私たちはその課題から逃れられないようです。 人間の変わらない愚かさ・醜さを示すバロメーターとしての、都市伝説にも注意が必要です。阿澄森羅「トシ・ノ・オトシゴ」は、ハロウィンの通り魔やコインロッカーベイビー、オルレアンのうわさなど、世相の不安を反映しつつ、時に洒落にならない事態を引き起こしてきた、都市伝説の正体に迫ります。ハロウィンの日に京王線で起きた通り魔事件は、まだ記憶に新しいところです。「不安や不信や不満と向き合わず逃げ続ければ、意固地と屁理屈で武装して誰の言葉も無視する、頑迷固陋な怪人に成り果てる」という筆者の言葉には、聞き流せない重みが感じられます。 都市には、いつだって、ポジとネガが渦巻いています。そうした多様な姿を一堂に見られる場としてのドキュメンタリー映画は貴重な存在です。筆者による「映画の都で観た都市の光と影」は、そんな山形国際ドキュメンタリー映画祭のルポになっています。今回はコロナ禍によるリモート開催であったにもかかわらず、熱気がまったく減じなかったのは驚くべきことでした。 都市を扱った作品群の書評も充実しています。イタロ・カルヴィーノ『見えない都市』や、村上春樹『バン屋再襲撃』などに混じって、heisokuによるコミック『ご飯は私を裏切らない』が取り上げられているのが興味深いところです。評者の西村遼は、東京の片隅でフリーターとして暮らす女性の苦い日常に迫る、食生活という切り口に注目します。 特集以外では、岡和田晃による「山野浩一とその時代」の連載がはや18回目。先日発売されたばかりの『いかに終わるか 山野浩一発掘小説集』の、埋もれた作品群が発見された背景を、熱く語っており注目です。大和田始による、アンソロジー『再着装の記憶』評も意表を突いた視点があり、見逃せません。 特選街レビューでは、アーシュラ・K・ル=グウィンの創作教本『文体の舵をとれ』と、大塚英志原作・森美夏作画のコミック『八雲百怪』を取り上げ、創作への真摯な態度の大切さを指摘した、水波流の書評が注目です。●書誌情報TH No.89「魔都市狂騒?都市の闇には、物語がある。」表紙=写真:堀江ケニー/モデル:美少女A5判・並製・224頁・税別1389円ISBN 978-4-88375-461-8発行=アトリエサード/発売=書苑新社(しょえんしんしゃ)http://athird.cart.fc2.com/ca1/340/ Tweet