「歌う石」井上史

 高さ二メートル、幅五メートルほどの巨石が、アラビア半島の砂漠の真ん中にぽつんとたたずんでいる。見た目はどうということもないそれは、けれど、『歌う石』だった。高く、低く、どことなく懐かしい旋律のその歌声は、老若男女による合唱のよう。
 第一次学術調査チームの調査の結果、この巨大な物体について、驚くべきことが判明している。歌う石は単なる鉱物質ではなく、高密度のエネルギーが凝縮してできているのだという。仮にそこに含まれるエネルギーを取り出して利用すれば、石油五百年分に匹敵するということだった。
 しかし、歌う石を砕く前にまだ調査すべき事柄が残っている。
 ――これは、いったい何なのか?
 これまで、地元の住民や学術調査チームのメンバーなど、国籍も母語もさまざまな人々が問題の歌を聴いている。ある人は英語に似ていると言った。中国語やアラビア語のようだと主張する人もいた。どうやら地球上の多くの言語に少しずつ似たところがあるようだ。それでも、その意味は理解できないのだった。
 調査開始からひと月ほど。一定の長さが繰り返される瞬間があることが分かった。モールス信号のように、意思を伝えようとしているのではないか。もちろん、でたらめな音の連なりを流している可能性はある。それでも、同じパターンの長さの音の連なりが一日に何度も繰り返されるのは確率の低いことだ。
 加えて初期のデータと比べてみると、奥から漏れてくる音の反響具合が変化している。どうやらごくわずかずつ、体積が増しているようだった。それでもこれまで歌う石がどんどん成長しなかったのは、材質が脆くて風化しやすいせいらしい。
 音声学者のこの報告により、学術調査チームのメンバーがすぐに集まって会議を行った。
 ただの鉱物質がごく短期間で成長するということはあり得ない。歌う石は宇宙人の置き土産なのではないか。音声を発しつづけているのは、他の知的生命体にメッセージを送ろうとしたからではないか。
 この仮説が発表されると、世界では「もっと解析を進めてほしい」という声が上がり、国連で宇宙人への応答メッセージを送るプロジェクトが始まった。その第一段階は、まずメッセージを解析するために内部を確かめること。たとえ割ったとしても、それ自体がエネルギーの塊。調査が進む上に、エネルギーとして利用することができるからだ。
 いよいよ明日、プロジェクトの第一段階が実行されるという日の夜、夜空が急に明るくなった。最初、彗星かと思われた小さな光は、アラビア半島の一角――歌う石の上空までやって来た。円盤型のそれは、光線を投げかけて、今までどんな機材でも動かすことのできなかった歌う石をやすやすと持ち上げた。無重力発生装置か何かを使っているらしい。大騒ぎになった人類を後目(しりめ)に、石を回収してあっという間に飛んでいった。 
 シンと静まりかえった宇宙船内には、モヤモヤと輝くガスのような宇宙人が二体いた。人類に発音できる呼び名で言うならば『サイレンス』という種族である。彼らにはガス状の身体の形や色の変化でコミュニケーションを取る性質があった。
 サイレンスのうちの一体が、青く輝きながら身体を放射状に拡散してボヤいた。
『まったく、嫌になるよ。宇宙民事法ときたら、ころころ変わるんだから』
『そう文句を言うなよ。確かに、宇宙の辺境にあれを無処理で置いたのは、よくないことだった。お前もそれには同意したじゃないか』もう一体が、緑に変化した身体を波立たせる。『廃棄した当時は生物が存在せず、廃棄は合法だった。しかし、後々の環境への影響を考えればもっと慎重に処理するべきだった』
『それはそうだが……』
 彼らは、そこで共にガス状の身体を水色に染めた。宇宙船内のディスプレイには、先ほどまで歌う石の置かれていた青い惑星が映し出されている。
『我々が〈音〉を廃棄する装置を置いたせいで、あの星はすっかり環境汚染されてしまっているじゃないか』
『ああ。音を廃棄するたびに石の質量が増えるなんて、不良品だ。そのせいで廃棄した音が漏れて、俺たちが廃棄する音よりもずっと騒がしい星になってしまったなんて……あの星で進化した生物たちはかわいそうに』
『まぁ、不良は回収したんだ。新しい装置は、別の惑星に置こう。そうすれば、太陽系第三惑星の生物も静かに暮らせるようになって喜ぶはずだ』
 人類から歌う石と呼ばれていた、廃棄された音の転送装置を乗せて、彼らは宇宙の彼方へ去っていった。