「立ち位置を明確にしない総括や批判は不毛である」大野典宏

大野典宏注
 この書評は一九九七年に商業雑誌に発表したものである。なぜ、今になって掘り返すのか、それを補足しておく必要がある。
 それは、「書く者(記録する者)の立場によって意見はまるで異なる」というひどく常識的な話でしかない。過去の事件を総括する場合には必須のことなのだが、立場を明確にしない歴史紹介が横行している状況を鑑み、今でも十分に通用すると考えて発表する。
 立場を明確にせず、読む者に問われても困る。判断を読者に任せるという身勝手さのみが伝わるだけだから。
 だが、悪い意味で立場が明確すぎて頭を抱えてしまう例もある。
 今回は、「逆の見方をしすぎたがため、余計な混乱を引き出してしまった」例として紹介する。
 ちなみに、私の他にも「一方が不当に評価されていると感じるのなら、逆に公平な目線で書いたほうが良かったのではないか」とのもっともでなおかつ辛辣な意見もあった。
 しかし、著者はそういった意見をすべて無視した。
 これは誠実な態度と言えるだろうか。
 批評を不当だと感じたのであれば、正すべきである。著作なり文章を発表するとは、その責任を負うことなのだから。
 その覚悟が無いのであれば、「書かない」という選択肢もあるのだから。ね。

ハック!!
ハッカーと呼ばれた青年たち
笠原利香著
ジャストシステム刊
ハッカーの立場の側から見たハッカーライフスタイル読本
 本書は、著者が実際にハッカー達と友人として付き合った体験と印象を語った極私的なハッカー文化紹介本である。
 ハッカーとはどんな人種なのか? これまで数多くのハッカー本は出版されたが、感想を言わせてもらえば読むほどにわからなくなった。曰く、「コンピュータ・テクノロジーに詳しい先進的な人種。ハッカー文化と呼ばれる独自の生活習慣を作り出している」とか、「ウィルスをばらまいたり、コンピュータに侵入する犯罪者的な連中」など、評価はピンキリの状態である。自分なりのハッカー像を具体的に思い浮かべてみようとしても、これだけ情報が錯綜しているとそれもなかなか難しい。
 本書の著者の立場は明確である。著者は、これまで出版された本の多くは、ハッカーにとって不利な紹介のしかたをしているとし、逆にハッカー側の論理を紹介するという立場をとっている。したがって、著者も認めているとおり、本書はあくまでも「ハッカーびいき」の内容であり、それは一読すると良くわかる。本書には、確かに賛成できる部分はある。たとえば、ハッカーの牙城ともいえる2600のホームページ(http://www.2600.com)には、本書でも紹介されているハッカー青年の不法逮捕や人権蹂躙の問題が掲載されているが、その不公平なやり方は、読んでいて真剣に腹が立つ。
 しかし、好意的な立場で紹介されていながら、とても賛成することができない部分も多い。そもそも電話やネットのハッキング行為を公言する集団を好意的に見ることなど、できはしない。
 おそらく、ハッカー側、体制側のどちらの側に立った視点の本であろうとも、面白く読ませるという点から極端な行動例を選び出しているのだろう。全てがここまでひどいのだとは思えない。どちらにも理由はあるのだ。とはいえ、ハッカー側、そして取り締まる側の両者を見比べて、どちらの立場も否定するのか、それとも容認するのか、どちらか一方を悪いと決めつけるのかは微妙な問題である。個人的な感想を言わせてもらえば、どちらの勢力とも無関係でいたい。
 しかるに、本書は、読者の一人一人が、それぞれの価値観に照らし、ハッカーの考え方を受け入れることができるかどうかを試す試金石なのかもしれない。