「羊をめぐる3or4(スリー・オア・フォー) その1」海野久実

「羊をめぐる3or4(スリー・オア・フォー) その1」海野久実
《3行(句点三つ)また4行(句点四つ)に圧縮したショートショート作品/会話(鍵括弧の中)の句点の数は数えません!》

『羊カウント効果』

仕事のストレスからなのか、なかなか寝付けない夜が多くなり、いつからかベッドの足元あたりに牧場の柵があるのを想像し、それを右から左へ跳び越して行く羊を思い浮かべ、その数を数えながら眠気が訪れるのを待つのが習慣になり、最近では眠る時間が来ると自然に羊が見えるまでになった。
ところがなかなかうまく行かないもので、外が暗くなり、ベッドで本でも読もうとすると、まだ眠る時間でもないのに羊がやって来て、無意識のうちにそれを数えてしまい、不本意に眠ってしまうことが多くなった。
更に、羊はだんだん早く現れ始め、夕食時にでも、帰宅の途中にでも、ほら、今でも見えている。
羊が一匹、羊が二匹、羊が……車の運転中は来ないでほし……

『新しい毛布』

今日もまた眠れないでいると、閉じたまぶたの裏に羊がやって来て、牧場の柵を跳び越し始めるので、いつものようにその数を数える。
羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹……と、数えていると五匹目の羊がおもちゃの羊で、「ビエ~」という変な鳴き声を上げて跳んで行った。
六匹目は普通の羊、七匹目も普通の羊、八匹目も……、そして十匹目が、またおもちゃの羊で、そのあとも一定の割合で本物の羊さんにおもちゃの羊が混じってるんだよね。
その日から使い始めた新しい毛布のタグを見ると、「ウール八十%、アクリル二十%」と表示があった。

『七匹の羊』

我が家は祖父の頃から牧場を経営していたのだけれど、あまり利益が出ないので土地と羊を殆ど売り払い、私は会社勤めを始めた。
仕事から帰って来ると、手元に残しておいた七匹の羊たちが出迎えてくれ、みんな先を争って、靴や上着を脱がしてくれたり、おしぼり付きでコーヒーさえ淹れてくれるのだ。
部屋はエアコンで温かくなっていて、ソファーに座ると、もふもふの体の羊たちがクッション代わりになってくれ、テレビは私のお気に入りの番組をつけ、夕食時にはちゃんと料理もしてくれる。
もう何か月も前から今度のジンギスカンパーティーで使う羊を、七匹のうちどれにするか迷い続けている。

『遭難です』

まさか、それが自分の身に起きるなんて想像さえした事もなかったのに、僕は雪山で遭難してしまい、食料もなくなり、寒さに震えながら頼りないテントの中で睡魔と闘っているのだ。
そんな時に、なんと羊さんがやってきて、ただでさえ眠い僕の目の前を跳び越し始め、「羊が一匹、羊が二匹、羊が……」と、つい数えていると、十匹目の羊さんが僕のおなかを嫌と言うほど蹴飛ばして行った。
「いててて……目が覚めたよ。ありがとう羊さん」
それから救助が来るまで、十匹ごとにおなかを蹴とばされ続けた。

『羊不足』

どうしても眠れないので仕方なく、羊を数えるなんて漫画みたいなことを今夜もやるはめになってしまった。
「羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹、ヤギが一匹……」って、なんでヤギが出て来るんだと思っていたら、どこからともなく出囃子が聞こえ、そのヤギは座布団に座り扇子を持って落語家口調で喋りはじめたのだ。
「え~、それがどうも、最近は不眠症の人が増えたようで御座いまして、羊の数を数える人が増えて羊不足だそうで、もうこれはヤギの手も借りたいなんていうわけで、我々が駆り出されることになりましてな」
どうやら僕は、もう眠ってしまっていて、夢を見ているような気がしないこともない。

『大 羊(おおひつじ)

「皆様、毎度当航空会社をご利用頂きありがとうございます。搭乗の際にはタラップの三段目が壊れておりますので、足元にお気をつけ下さい。またいくつかの座席はスプリングが飛び出していますので怪我をしないようご注意ください」
「なんだよ。おんぼろな飛行機だな。それに『大 羊航空』って聞いたことがないぜ」
「わが航空会社は赤字ですので、飛行に支障がない修理は致しておりません。また、わが社の名称は『大 羊航空』ではなく、『太平洋航空』でございます。ペンキが剥げております」

『眠れない羊さん』

羊さんが不眠症になってしまいました。
困っていると、「僕たちを数えればいいよ」と狼さんが大勢でやって来ました。
彼らは羊さんの藁のベッドの足元を跳び越します。
「狼が一匹、狼が二匹、狼が…」眠ってしまうと食べられちゃうと思って、ますます目が冴えてしまう羊さんでした。

『着ぐるみ』

最近、うちの牧場の羊の数が、なぜか少しずつ減って行くので、遠くから双眼鏡で観察を始めた何日か後、羊たちの中に少し大きな羊が一頭、紛れているのを見つけた。
その羊が眠っているすきに、近くに寄ってよく見ると、お腹にジッパーがあったので、そっと開き、半分脱がせると、なんとオオカミが入っていたのだ。
着ぐるみを元通り着せ、ジッパーが開かないように太い糸でしっかりと縫い合わせてやった。
特に口のあたりは大きく開けないように念入りに縫い合わせた。

『定休日』

最近、羊さんも週一でお休みを取るようになっちゃって、今日がその日なんだよね。
だから、どんなに眠れなくても羊さんは来てくれないんだ。
案の定、夜になって、羊さんを数えられなくて、眠れなくて困っていると、羊の着ぐるみを着た誰かさんがたくさん集まって来てくれたんだよね。
羊の着ぐるみを着た狼さん、羊の着ぐるみを着た豚さん、羊の着ぐるみを着た猫さん、羊の着ぐるみを着た羊さん???って、どゆこと?

『絶対音感』

眠れない夜に、悶々としていると一匹の羊がメエ~と「A4のラ」の音で鳴きながらベッドを跳び越した。
次の羊も同じ音で鳴いて跳び、また次の羊も、また次の羊も……、と数えているうちにだんだん眠くなって来る。
次に来た羊が跳んだ時の鳴き声が、微妙に「A4のラ」から外れていた。
気持ち悪くて目が覚めてしまい、自分の絶対音感を恨んだ。