「家族警報」川島怜子

 テレビを見ていたら、天井についている警報のアラーム音がなった。家族警報が発令されている。
「いやだ、家族警報だわ。急いで居留守の準備をしないと」
 ひきだしから紙をとりだし、「留守中です」と急いで書く。外に貼っておこうと玄関に向かったところで、私が一人暮らしをしているマンションのドアがドンドンと叩かれた。
「お父さんだよ!」
「お母さんもよ!」
 両親の声だった。間にあわなかった!
「いるんでしょう? もしかして、倒れている? 動けないなら、合鍵で部屋に入るわよ?」
 私は頭を抱えたくなりながら、母の声に押し切られるようにドアを開けた。
「無事で良かったわ! 心配したのよ」
 いきなり母に抱きつかれた。父は後ろで、ハンカチを目に当てている。
 追い返すわけにもいかない。二人に部屋にあがってもらった。
「急に家族警報が発令されたでしょう。とるものもとりあえず、お父さんと急いでやってきたのよ。前の警報のときは、あなた、四十度の熱をだして部屋で倒れていたわよね。その前は足首をねんざして動けなくなっていたし、その前は貧血を起こして横になっていたでしょう。今回も具合が悪いんじゃないかと心配したのよ」
「きょ、今日の発令は、な、なにかの間違いじゃないかな? ご、誤報だよ、きっと。私はほら、見ての通り元気よ」
 私の言葉をさえぎるように、父があとを続けた。
「お父さんもお母さんも怒らないから、なにを隠しているのか言いなさい」
 ギョッとした私の様子を見て、両親は顔を見合わせた。
「お前、まさか……ものすごい悪事に手を染めたんじゃ……。警察が今にもこの部屋に突入してきて、お前は手錠をかけられるんだ。そしてニュースで、学生時代の写真や近所の人のインタビュー映像を流される……一体どんな悪いことをしたんだ!」
「ああ、こんなことなら、あなたが幼稚園のときに、前歯二本が抜けたのを見て、三十分も笑うんじゃなかったわ。きっとそのことでひどく傷ついて、恐ろしいことを考えてしまうゆがんだ性格になったんだわ……」
 母はさめざめと泣きだした。
「ちょっと待って。違うわよ。犯罪に加わったりしていないから」
 母は泣きやみ、同時に口を開いた。
「じゃあ、もしかして、人様に言えないようなことをしているんじゃ……きっとそうよ! 家庭がある男性と付きあっているんじゃないの? それで向こうの奥さんとつかみあって、『この泥棒猫!』とビンタされたりしたのね! そうでしょう?」
「なんてことだ! こんなことなら三歳のとき、一緒に庭に金魚のお墓を作ったら、『ここに金魚を埋めたから、木が生えてきて、金魚がいっぱいなるの。そしたらパパに一匹あげるね』って言われたときに、『パパ、十匹ぐらいほしいなあ』って冗談を言って、『パパのよくばり!!』って大泣きさせたのが良くなかったんだ。そのときのトラウマから、こそこそと隠れて悪いことをするような人間に育ってしまったんだ……」
 父親はハンカチを目にあてて、再度涙をぬぐいはじめた。
「ちょっと待ってよ。不倫なんてしていないから!」
 父親はすぐに泣きやんだ。両親の声がそろった。
「じゃあ、なにをしたの!?」
「ええっと……」
 私は覚悟を決めることにした。
「……会社を辞めようかなって考えているの。本気なのよ」
 二人は大きく頷いた。話を聞いてくれるようだ。
「私ね、小さな頃から、これといってとりえがないでしょう? ものすごい欠点もないけど、これだけは人に負けないっていう特技もない。いつも平凡。いつも目立たない。だから、大きなことをしてみたいなってずっと考えていたの」
「大きなこと……?」
 両親の声がそろった。
「そう!」
 私は背筋を伸ばして、笑顔になった。
「会社を辞めて、一日中ゴロゴロして、どれだけゴロゴロしたかでギネスに載るの! きっとギネスの記録をだしたら、テレビ出演の話がきて、華やかな世界に足を踏み入れられるでしょう? あ、でも、職業はゴロゴロする人なのよ。それで生きていくの。どう?」
 父と母の顔がたちまち真っ青になった。そこから小一時間お説教された。
 両親が帰っていったあと、私は悔し涙をぬぐった。
「……こうなったら、別のことでギネスを目指すわ。そうね、仕事を辞めるのがダメなら……ブリッジをして過ごす人になる! ブリッジのまま会社にも行くし、ブリッジしたまま生活するわ。それなら問題ないわよね!」
 よいしょっと私はブリッジをした。そのとき、ぐきっと体の中で音がして、激痛が腰にきた。
「嘘……ギックリ腰になった!?」
 ものすごく痛いけど動けない。ブリッジ姿のまま、硬直状態になった。
「誰か、助けて……!」
 その途端、再び家族警報のアラーム音が鳴り響いた。