「遺書」天野 大空
私の命はもう長くありません。だから最後に残された全ての時間を使って、私の体験を記すことにします。死の床についたゲーテが「もっと光を」という言葉を残したように、人間としての、私の最後の言葉を……。
◇
少し前に私は大きな事故にあい、右手右足を失いました。
しかし、そのために命を終えるのではありません。というのも、脳波を感知して動く高性能の義手義足のお陰で、事故にあう前と寸分たがわぬ手足を得ることができたからです。しかも、多額の保険金が入ったことにより、事故前よりも豊かな暮らしができるようになったのですから。
とは言うものの、良いことばかりではありません。
夜、一人ベッドにもぐり込んだ時の寂寥感。それは、既に私と一体化しているはずの義手義足を、ただの塊に変えてしまうのです。違和感の塊が自分の体に付いていること自体がもどかしく、この上ない焦燥感が私を圧し殺そうとするのです。
それでも私は耐えました。何日も何日も耐え続けました。
しかし、ついに耐えきれなくなった私は、ある夜、右手右足をもぎ取ってしまいました。肉体的にも一体となっていた義手義足を、力まかせに引きちぎってしまったのです。溢れ出す血がベッドを染めました。でも、痛みは感じません。それどころか、
「やったぁ」
私は歓喜の声をあげました。なぜなら、私を重く苦しめていた不快感の塊から、解放されたからです。
すると同時に、存在しないはずの手足の感覚が蘇ってきたのです。力を入れると右手が握り拳を作り、右足が力強く踏ん張っている。しかも一本一本の指先まで、それがはっきりと分かるのです。
喜びに充たされた私は、右手足の存在を確認するために、左手を右へと動かしました。しかし、そこには虚しい空間が広がっているばかりでした。
それから数時間(もしかすると数秒のことだったかもしれませんが)、私の手は何度も虚をつかみ、空を切ることを繰り返しました。
何度、そんな虚しい作業をしたことでしょう。それでも、また足を触ろうと無意識のうちに手を伸ばした私だったのですが、それが何と今度は本当に触れることができたのです。
私はハッとしました。
一瞬、五体満足の体に戻れたと思った私は、幻滅と絶望の果てにたどり着いた光明に、胸を膨らませました。しかしその時の私には、物理的な意味で膨らませる胸はありませんでした。
私は気づきました。その時、むしり取った右手が右足を触っていたということを。出血多量で瀕死の状態である私の体に代わって、脳波で自由に動く義手義足が、今の私の全てだということを。そして脳波が途絶えると、それさえも動かなくなってしまうんだという事実を。
だから、最後に私は遺書を書いています。
いや、単に書いているのではありません。なぜなら、指数関数的に進化したAIにより支配されたこの世界で、私が最後の人間だったから。だから、今日までこの星に人類が存在した証として、書き残さねばならなかったのです。
でも、かなり脳波が弱くなってきました。
ああダメ、ほとんど脳波が。
もうダメです。
私はもう――――――――――――…………・・・・・・ ・ ・ ・ ・