「ディスロリ:第12話」山口優(画・じゅりあ)

<登場人物紹介>
・栗落花晶(つゆり・あきら)
 この物語の主人公。西暦二〇一七年生まれの男性。西暦二〇四五年に大学院を卒業したが一〇年間無職。西暦二〇五五年、トラックに轢かれ死亡。再生暦二〇五五年、八歳の少女として復活した。
・瑠羽世奈(るう・せな)
 栗落花晶を復活させた医師の女性。年齢は二〇代。奇矯な態度が目立つ。
・ロマーシュカ・リアプノヴァ
 栗落花晶と瑠羽世奈が所属するシベリア遺跡探検隊の隊長。科学者。年齢はハイティーン。瑠羽と違い常識的な言動を行い、晶の境遇にも同情的な女性。
・ソルニャーカ・ジョリーニイ
 通称ソーニャ。シベリア遺跡にて晶らと交戦し敗北した少女。「人間」を名乗っているが、その身体は機械でできており、事実上人間型ロボットである。
・アキラ
 晶と同じ遺伝子と西暦時代の記憶を持つ人物。この物語の主人公である晶よりも先に復活し、MAGIA=ポズレドニクの王となった。外見年齢は二〇歳程度。瑠羽には敵意を見せるが、晶には友好的。

<これまでのあらすじ>
 西暦二〇五五年、コネクトーム(全脳神経接続情報)のバックアップ手続きを終えた直後にトラックに轢かれて死亡した栗落花晶は、再生暦二〇五五年に八歳の少女として復活を遂げる。晶は、再生を担当した医師・瑠羽から、彼が復活した世界について教えられる。
西暦二〇五五年、晶がトラックに轢かれた後、西暦文明は滅び、「MAGI」と呼ばれる世界規模の人工知能ネットワークだけが生き残り、文明を再興させたという(再生暦文明)。「MAGI」は再生暦の世界の支配者となり、全ての人間に仕事と生活の糧を与える一方、「MAGI」に反抗する人間に対しては強制収容所送りにするなど、人権を無視した統治を行っていた。一方、西暦文明が滅亡する前のロシアの秘密都市では、北米で開発されたMAGIとは別の人工知能ネットワーク「MAGIA(ロシア側名称=ポズレドニク)」が開発されていた。
MAGIによる支配を覆す可能性を求めて、ポズレドニクが開発されていた可能性のある秘密都市遺跡「ポピガイXⅣ」の探検に赴いた瑠羽と晶、そして探検隊隊長のロマーシュカ。そこでMAGIAに所属するソーニャと名乗る人型ロボットと出会う。ソーニャは自分達の「王」に会わせると語る。念のためロマーシュカを残し、アキラと瑠羽は、ソーニャの案内でポピガイⅩⅣの地下深くにあるポズレドニクの拠点に赴き、そこで晶と同じ遺伝子、同じ西暦時代の記憶を持つポズレドニクの王「アキラ」と出会う。MAGIを倒すことには前向きなアキラ。が、人と人のつながりそのものが搾取を産むと語るアキラは、MAGIを倒した後には、人と人のつながりのない、原始時代のような社会を造るつもりだと示唆する。瑠羽はアキラに協力しないよう晶に促すが、長く無職でいた晶はアキラの言葉に惹かれそうになる。しかし、ロマーシュカの強い説得により、アキラの目論見に加わることを拒否、バイオハックだけ行って、アキラに対抗する力を得る。
※バイオハック:同じバイオメトリクス(生体認証)データを持つ人物によるハッキング。MAGIに所属する晶がこれを行うことにより、MAGIはポズレドニクの王であるアキラを倒すことができる。しかし、MAGIがこの目的の為に晶をMAGIの中枢に接続させた瞬間、アキラは晶を経由してMAGIに攻撃を仕掛ける目論見であった。

「よお、栗落花。相変わらず無職かよ」
「ふん。お前等も人のことが言えるかよ。――俺の才能が分からない社会が悪いんだよ」
 西暦世界二〇五四年。都内のバーチャル居酒屋『ヤポネシア』は活況であった。席数一〇万(量子サーバ増強によって一〇〇〇倍までスケール可能)、食品プリンタによって注文から自宅キッチンプリンタへのデータ転送、食品生成まではわずか三分。政府が増加する無職者による社会不満増加への緩和策のため増発するストックフィード(ストック=基本的生活、のための、フィード=支給金、の意)により、無職でも気軽に利用できる。
 当時の俺は大学院を卒業してから九年。三六歳になっていた。三〇歳までは果敢に就職活動を続けていたが、やがてそれにも疲れ、以後三年間は小説や漫画等の創作活動にいそしんでいたが、大資本がAIを駆使して創造する作品群に全く太刀打ちできず、それも諦めていた。それから三年、俺は大学院時代の研究の続きを構想(妄想)するほかは、オンラインゲームにどっぷり浸かる毎日であった。
 俺はずっと家に籠もっており、太陽の光も浴びていないので、生白い肌にほっそりとした体型であったと思う。散髪に行くのも面倒だし、家庭用散髪機を買う意味もないと思っていたので、髪は伸び放題で、腰まで伸びていた。俺は童顔でもあったので、そのままだと性別のよく分からない中性的な外見だった。ただ特徴のない存在感の薄いぼやっとした存在というのが俺の客観的な外見的評価だっただろう。そのとき(というより、いつも)俺はTシャツにジャージのハーフパンツ姿だった。
 俺は、正面と左右を囲む、それぞれ五〇インチほどの大型ディスプレイ三枚の中に座っていた。居酒屋『ヤポネシア』の仮想的な情景がそのディスプレイには映じられており、俺はその席の一つに座っているという設定だ。そして、俺の正面には、二人の友人がいた。
「久しぶりだなー、晶。一年ぐらいか? 変わらないな」
 胡桃樹(くるみぎ)千秋(ちあき)が言う。団栗場(どんぐりば)静紀(しずき)も頷いている。
 胡桃樹は俺と同じ三六歳の男で、俺と同じ大学院の同期、同じく無職であった。長身、ぼさぼさの長髪を首元でくくっているいいかげんなポニーテールとも呼べる髪型ではあったが、髪に何らかの手を入れている時点で俺よりは気を遣っていたと言える。それなりに鍛えているようで、若干筋肉質でもあった。胡桃樹はそのときも就職活動を続けており、クラウドソーシングを通じてスポット的にAGI関係の仕事も受けることもあったらしい。そのためか、彼は清潔そうに見えるシャツとスラックス姿であった。
団栗場も俺の同期の男で、無職である点も同じだった。が、俺や胡桃樹と違い、食欲が旺盛で肥満気味の体型であった。彼は一年ほど就職活動をした後、早々に社会とつながることを放棄し、オンラインRPGに耽溺している。毒舌家であり、世の中をナナメに見て、鋭く批判することにその知性を蕩尽(とうじん)し続けていた。そのとき、画面に映った彼は、外見に気を遣わない彼らしく、だぶだぶのタンクトップにトランクス姿であった。
「変わらない、か。ま、この時代の恩恵ってやつさ」
 俺はそう言った。
 日差しの中を歩かない俺、団栗場は勿論、胡桃樹も、二〇代の頃とそれほど変わらない顔をしている。西暦二〇五〇年代に生きていた俺等が常用している全自動入浴システムや疲労回復システムは、どのアパートにも付いている標準的な家電だが、全身の洗浄と皮膚のメンテナンス、マッサージをしてくれる優れもので、胡桃樹のように外を出歩く生活をしていても、或いは団栗場のように極めて不摂生な生活をしていても、その影響を緩和してくれていた。?
が、顔が変わらないとはいえ、いつまでも旧交が続くわけではない。疎遠になった友人もたくさんいた。大学院卒業以来九年、俺と胡桃樹、団栗場が相も変わらず三人で出会っているのは、三人とも無職で、境遇が近く話が合うから、というのが大きな理由であった。
「そういえば米田原はどうしてる?」
 俺は問うた。
 米田原稜(よねだはらりょう)は、俺たち三人と同じ大学院の研究室出身の同期の男だが、第二氷河期でも就職がうまくいった数少ない一人であった。俺が最後に見たのはたしか五年前のバーチャル飲み会の時だが、その時の彼は、短く刈り込んだ髪に、スーツの似合う均整の取れたスポーツマン的な身体つきをしていた。スポーツが好きというより、彼の高い社会性の反映なのだろう。胡桃樹にも若干その傾向はあるが、米田原のそれは徹底していた。
「……あいつ、今でもうまくやってるらしいぜ」
 ビールをあおりながら、胡桃樹が言った。
「HALジャパンのAGI協働戦略事業部の感性マネージメントをやってるんだと」
「……その込み入った職名をよく覚えているな」
 俺は寧ろそこに苦笑した。
「それにしても、感性マネージメント? なんだその職種は?」
「ま、要するに、人間の感性に合う戦略になってるかどうかチェックする仕事だよ」
 胡桃樹は言葉を続けた。
「……AGIにアクティブラーニング性を付与し現代のAGIの基礎を創ったHALのやつらですら、今や人間はそういう仕事ばかりやっているのさ。AGI自身がAGIの開発をやっているんだ。だが、その開発や販売の戦略が人間の感性に合っているかどうかの確認は人間にやらせたい……奴がやっているのは、そういう仕事さ」
「『AGI協働』か……おためごかしだよな。AGIの奴隷だよ」
 口の悪い団栗場が言う。
「俺は例え就職できたってそんな職は願い下げだ。馬鹿馬鹿しい」
 彼はそう続けた。
「――言ってやるな。そういう本質的な現実に目をつぶってうまく折り合いをつける奴が、今の時代はうまくやるのさ」
 胡桃樹は言った。米田原のような就職組と今でも定期的に連絡を取っているのは、俺達三人の中では胡桃樹だけだった。
「そういえば、栗落花、お前もHALに行きたかったんじゃなかったのか?」
 団栗場が俺に問う。
「ま、第一志望はそこだったさ。でもAGI協働戦略みたいなとこじゃなくて、研究所に行きたかったんだよ。人間がAGIの研究をする部署に行きたかったんだ」
 俺は呟いた。
「研究所、なくなったらしいぜ」
 胡桃樹がぼそっと言う。
「え……?」
 俺は持っていたハイボールのジョッキを取り落とした。自宅の掃除ロボが破片をちりとりに掃き込み、ハイボールを拭き取り、次いでに『ヤポネシア』が表示されたパソコンを操作して追加のハイボールの注文を済ませ、去って行った。
 キッチンプリンタから掃除ロボが追加のハイボールを運んでくるまでのたっぷり一分、俺は何も言えなくなっていた。
「……どういうことだ。もう研究はやめたのか? それじゃ早晩市場から追い出される」
 俺が漸く絞り出したのがそんな言葉だった。
「馬鹿だな、違うよ、AGI自身が全部の研究をやることにしたんだ。そうすると人間を集めて『研究所』なんて組織を作る意味がもうないのさ。MAGI全てをネットワーク化し、エッジでの学習結果をそのまま連合してネットワーク全体で学習し、『次のMAGIはどうあるべきか』を学習させる。HALはこの仕組みをMAGIネットワークと呼ぶ。社内では単に『システム』とも呼んでいるそうだ」
 胡桃樹は淡々とそう教えた。
「しかし、……それじゃ人間はどうなるんだよ」
「栗落花、お前もそろそろ現実を見ろ」
 団栗場が口を挟む。
「人間なんてもう要らないんだよ。米田原を羨ましがるのも愚かなことだ。そのうち、人間はみんな無職になるんだからな。俺達、米田原みたいなやつらより、ひとあし先に新しい時代に順応したんだよ」
「馬鹿な……。そんなこと……」
 俺は何か言おうとして、そこで口を継ぐんだ。思いつく反論の言葉が全て、自身の知識と経験で頭の中で反論されてしまい、何も言えなかったのだ。
「そんなに悲観するなよ、晶」
 胡桃樹がとりなすように言った。
「MAGIといったって、永遠じゃないさ。お前の好きなSFでは、人間自身が強化されるような未来もあったはずさ。俺達、みんな石英記憶媒体にコネクトームを記録されているから、望めば永遠にでも生きれるのさ。今の時代は無理でも、諦めなければいつか俺達が活躍できる時代もくるさ……」
 胡桃樹は笑って見せた。
「な、今夜は俺の奢りにしてやるからさ、好きなだけ飲めよ」
「ばーか、みんなストックフィードで飲んでるんだぞ。何が奢りだよ」
 団栗場がまぜっかえす。
「バレたか」
 胡桃樹が言い、俺もようやく口元にほほえみがもどってきた。
 ビールのようにほろ苦く、しかし忘れられない思い出の一つだった。
 トラックに轢かれた時、真っ先に思い出したのはこの飲み会の場だった。あんな辛い思いすらも、胡桃樹、団栗場と語らって酒の肴にできればそれでいい、そう思うほどには、俺はこの二人の親友との絆を大切に思っていた。

 はっと、俺は我に帰る。
(なんだ……俺はどうなった?)
 直近の記憶は朧気だった。
(そうだ、俺はアキラの攻撃を受けとめた。奴の味方をするつもりだったが、ロマーシュカに諭されて、彼女たちの味方でい続けることにしたんだ……。そのために奴をバイオハックし、奴のデータを使って奴の強さを手に入れた……だが、それからどうなったんだ?)
 目を開く。
(暗い……)
 星空が広がっているように見えた。夜なのだろうか。
「晶ちゃん!」
 瑠羽の声が耳元で響く。だが、遠い。通信のようだ。
「瑠羽。どうなってるんだ?」
「……晶ちゃん……無事か……。流石レベル九九だ。今どこにいるんだ? ポズレドニクのアキラちゃんが君を吹っ飛ばして、君と連絡が取れなくなったんだ」
「吹っ飛ばした……?」
「ああそうだよ。君が彼の一撃目を受けた直後、彼は縦坑の底に着地して、君に二撃目を放った。君は上空に逃げようとしたが、かわしきれず直撃を受け、上空遥か遠くに吹っ飛んだ……ように見えた。私とロマーシュカはなんとか縦坑から退避したが、君の行方が分からず心配してたんだ。今、『コミュニケーション』のMAGICを使って君に話している。君はどこにいるんだ?」
(『コミュニケーション』のMAGICか……要するに通信かな……)
 瑠羽の問いに答えようと、俺は周囲を見渡す。足下に青い惑星があった。
(ふん……二〇〇〇年経ってもあまり変わらないんだな……)
 それは地球であった。ということは、俺は今、宇宙空間にいるのだ。夜に見えていたのは星空だったのだ。そういえば、星々が瞬かない点が妙だと思っていたのだ。
(宇宙なのに、俺はなぜ生きてるんだ……?)
 当然の疑問が脳裏に浮かぶ。そして、自分の身体に触れてみた。そして、自分の身体を見下ろしもする。
 
 俺の幼女の肉体は、透明なスキンタイト宇宙服のようなものを着ているようだった。その上に着用している胸甲と腰鎧、肩鎧、ブーツは赤く、RPG風の鎧となっていた。また、手で触ったところでは、RPG風のヘルム(ヘルメット)を被っており、その顔面の部分は宇宙服と同じように頑丈で透明な素材で球面状に覆われており、そこには空気が満たされていた。
(――RPG風宇宙服ってやつか……いつの間に着たんだ……?)
 アキラの攻撃で吹っ飛ばされて宇宙に来たのなら、俺には着替える暇などなかったはずだ。
 だが、とりあえず心配している瑠羽に状況を伝えるのが先決だった。瑠羽なら答えを知っているかも知れない。
「瑠羽。俺は宇宙にいるようだ。だが、何故かPRGじみた宇宙服を着ていて無事だ」
 通信の向こうからほっとした声が漏れてきた。
「……良かったよ、晶ちゃん。おそらく、君が手に入れたレベル九九の力で、状況に応じて自動的に気密服が展開するようになったんだろう。ポズレドニクのアキラちゃんは君を追って上に行ったようだが、そっちにいるかい?」
「……いや、いないな」
 まだ来ていないだけかもしれないが。
「――こちらは、MAGI側のパーティをポピガイⅩⅣのダンジョンに集結させている。けど、敵のボスが上に行ってしまっては対応できない。私たちの誰も、宇宙に行く力はないからね。なんとか戦場を下に持ってきてくれ。そうしたら皆で力を合わせて敵を倒せる」
「敵、か……」
「……そう。敵さ。まだ、君がこちら側でいてくれるならね」
 瑠羽は含みのある言い方をする。
「――未来は引き続き、君次第だ。君を追ってくるであろうポズレドニクのアキラちゃんに、君が握手するか、剣を抜くか、それは君の意思に任せるしかないだろう。でも、私は信じているよ」
「……ふん」
 俺は鼻を鳴らした。
「私は私の行いについて何か言い訳するつもりはない。ただ、一つだけ言っておく。私は君の医者だ。そして、君がこの狂った世界に生まれた責任を負う者だ。君が傷つけば必ず治す。君が生きている限り、君に寄り添い、君を癒やすと誓おう」
「――勝手にしろ」
 俺は下方の地球から、赤い小さな光の点が現れたことに気付き、短く言う。
「奴が来た。これから戦闘を開始する」
 そう報告しつつ――。
 腰につけていたMAGICロッド――それが進化した姿である、MAGICソードを俺は抜いた。