「ウィッシング・スター」佐藤昇

《おことわり》
 本作は「宇宙塵」1965年9月号に発表された作品の採録です。もとは「SFコンパニイ」6号に掲載されたものを、柴野拓美氏の判断で「宇宙塵」に転載がなったもの。その時、著者の佐藤昇氏は高校2年生。同じ号の「宇宙塵」には、梶尾真治(当時高3)「イデアへ」、亀和田武(当時高2)「夜」、松下正己(当時中3)「創作」も掲載されています。
 フレドリック・ブラウンのショートショートのような味わい、56年前の青少年SFファンの熱気をご堪能ください。その後、佐藤昇氏は「NW-SF」の創刊(1970年)に参画、同4号までの編集実務を手掛けることになります。(岡和田晃)

 寒い冬の夜、一人の若いアマチュア天文家が空を眺めていた。
 「あーあ、こんなに毎日熱心に観測をつづけてるんだから、そろそろ世界をアッといわせるような大発見をしてもいい頃なんだがなあ」
 彼は、おどけた調子でつぶやきながら、愛用の望遠鏡の胴を悲しげになでた。
 「超新星か何か、ヒョックリ現れないものかな。たとえば、シリウスとリゲルとベテルギウスの中間あたりのところに……」
 そこまでいって、彼はとび上った。まさにその位置に、シリウスよりも明るい星が、いつのまにかキラキラと輝いていたからだ。
 「チョ、チョ、チョウ新星だッ! テ、テ、テン文台へ電話だあッ!」
 そして彼は、電話ボックスのある表通りへ、とんで行った。

 「やあ、おめでとう。君が最初の発見者です」
 天文台長が、電話で言った。
 彼のいち早い通報は、ただちに世界中の(といっても夜の部分の)天文台の望遠鏡を、その星に向けさせ、そしてやがてその星がまちがいなく超新星であることがたしかめられたのだ。
 「さあ、あなたにはあの星の名前をつける権利があります。どうしますか? 慣例どおり、あなたの名前にしておきますか?」
 「いや、ちょっと待って下さい」
 このアマチュア天文家は、平凡なことがきらいだったので、考えたすえにいった。
 「あの星は、僕の夜毎の願いをかなえてくれました。童話にちなんで、あの星の名は『ウィッシング・スター』とつけたいと思います」

 次の夜、ウィッシング・スターはいっそう輝きをまして、月もないのにあたりは月夜のように明るかった。
 ウィッシング・スターという名前は、専門の学界では評判が悪かったが、ジャーナリズムは大喜びで宣伝し、新聞やテレビでそれを知った人々は、夜になるのを待ちかねて空を見上げた。そして、その美しさに、口をあけたまま、見とれているのだった。

 その夜、人影のない道を、一人のみすぼらしい身なりの男が歩いていた。彼は、働らいても働らいても貧乏から抜け出せない人種のひとりだった。
 そのうちに男は、月もないのにあたりが明るいのに気づいて、空を見あげた。
 「わあ、きれいだなあ。そうか、あれが新聞に載っていたウィッシング・スターなんだな。願いごとをすれば、かなえてもらえるかもしれないぞ」
 そう言って、この単純な男は、さっき駅におりた時に、寒さに震えながら宝くじを売っていたばあさんから一枚買ってきた宝くじをとり出した。
 「どうか福の来ますように……」
 翌日、朝刊の“百万円宝くじ当選番号発表”欄には、その番号が特等に当たっていることが……。

 同じ夜のこと、恵まれない恋人同士が、ふたり仲よくウィッシング・スターを見上げていた。
 「きれいなお星さま!」
 「きれいだね。ウィッシング・スター、いい名前だ」
 「すてきな名前ね。……ね、わたしたちのこと、願ってみない? もしかすると、かなえてもらえるかもしれなくってよ」
 「うん、そうだね」
 ロマンチックな二人はまた仲よく寄りそって、その星に願いをかけた。
 そして翌日、二人の両親は、ニコニコしながら二人の結婚を許し……。

 同じ晩のこと、一匹のノラ犬が、裏町をトボトボと歩いていた。
 (クンクン、ちくしょうめ! 食いものはねえかな。ここんとこ一週間というもの、満足な食事にありついたことがねえや。近頃はゴミ箱がなくなって、でっかいトラックが食いものをみんな運んでてしまう。なんとかならねえもんかな。ほら、アバラ骨がもうこんなにゴツゴツしてきて……)
 そして、彼も空を見上げた。
 (ありゃ? あれはなんだい? いつものアナボコとはちがうな。うん、いつものよりは、明るくてきれいだ。あの近くへ行ったら、もっときれいに見えるだろうな。あんなのを見ながら、早く隠居でもしたいよ。まったく、近頃は、ノラ暮らしも楽じゃないんだから……」
 翌日、そのノラ公は、犬好きのおばあさんの“ワンワン・ハウス”なるところへ、三百三十三匹目のお客さんとして……。

 同じ夜のこと……いや、いったいその同じ晩に、どれだけの願いごとがされ、翌日どれだけの望みがかなえられたことだろうか……。
 死刑をまぬがれた犯罪者、クイズに当ってグローブを手に入れた少年、病気のなおった患者、タイトルマッチに勝ってチャンピオンになったボクサー、テストのヤマが当った学生、etc、etc……

 そして、ある天文学者も、同じ夜のこと、ウィッシング・スターをじっと見つめていた。
 彼は一本気な男だったので、昨夜偶然にあの大発見をなしとげたアマチュア天文家に対する羨望の気持ちをおさえることができなかった。自分も何とかして、専門家の立場に恥かしくない大発見をしたいものだと思いながら、かれは空を見上げていた。
 そのうち彼は、ふと、あることに気づいた。ただちに望遠鏡でウィッシング・スターのスペクトルの観測をくりかえし、夜のあけるころ、そのデータを計算センターへもちこんだ。
 その日の夕方、計算センターから発表されたニュースは、世界中を恐怖におとしいれるに充分だった。
 ウィッシング・スターは、恐るべき悪魔の星だった。それは、次第に輝きをまして、やがて爆発し、その連鎖反応で、付近の恒星を次々と超新星化していくのだろう。むろん、われわれの太陽だって、その例におれないわけだ……。
 人々は、真青になった、事態の意味のわからない子供までもが、あたりの異様な空気におびえて、泣き出す結末だった。 
 夜になるのを待ちかねて、人々は、ウィッシング・スターの、美しくも不気味な輝きを見上げ、恐怖におののきながら祈った。
 「世界の終りなんて、いやだ! こんなにすばらしい世の中なのに……」
 「神様、どうか地球をお守り下さい!」
 「ウィッシング・スターよ、消えてなくなってくれ!」
 全世界の人々が、そう叫びだしていた。

 それが、人々の最後の願いとなったことは、いうまでもない。
 ウィッシング・スターは、みんなの見上げる前で、静かに消えていったのだった。