「リブート」大梅健太郎

 けたたましいアラートが外宇宙探査船の船内に響き渡る。前方レーダーには、超高速で進む物体が表示されていた。船からは、かなり遠方だ。
 操縦席に座った船長が、船に搭載された人工知能に尋ねる。
「どうだ?」
『隕石ではありませんね。レーダー波の分析では、物体の表面は加工された金属でおおわれていることがわかります』
「人工物、ということか?」
『いわゆる、地球人的ヒトが作ったものとは言い切れません。ただし、宇宙人が作ったものと考えれば、人が工作した物、と言えるでしょう」
 人工知能の回りくどい言い方に、船長はため息をついた。最新の人工知能には個性をつけるのが流行っているらしいが、船長の母国語にカスタマイズされた回りくどさには毎度イライラさせられる。こんな緊迫した場面くらい、端的に話してほしい。
 船長は、ひと呼吸おいてから尋ねた。
「なんらかの兵器の可能性は?」
『現時点では不明です。まぁ、進路はこちらを向いていないので、平気でしょう』
 船長はダジャレを言う人工知能を叩き壊したくなったが、つとめて冷静に言った。
「あの物体を捕獲できるか?」
 地球から三回目となる今回の外宇宙探査は、今のところめぼしい成果があがっていなかった。初回は外宇宙への有人飛行というだけで大きな成果だったし、二回目は外宇宙でたまたま恒星間天体を発見し、その一部を持って帰ることに成功した。
 しかし今回のミッションは、エネルギーが続く限り遠方を目指すという、技術試験的な面が大きかった。そのため、行って帰るだけで成功といえるものだったが、華々しさはない。
 船長はこのミッションを受けたときには、きっと二回目の探査のような幸運に巡り合えるのではと期待していたが、まさにこの物体がそれになるかもしれない。
『宇宙空間で高速移動中の物体を捕獲するのは困難ですが、何か方法はないか、もう少し分析してみましょう』
 仕事は真面目な人工知能の指示により、船の分析機器から複数のレーザー光線が飛ぶ。船内の大型ディスプレイに映し出された物体は、ドラム缶くらいの小さなサイズしかない。このような小さなものを、よくレーダーが捕捉できたものだ。
『おや。物体のスピードが落ちてきました。前部で何かがチカチカ光っていますが、どうやら速度を調整しているようですね』
「エンジンを積んだ宇宙船、ということか?」
『内部に生体反応はないので、探査機かもしれません。イオンエンジンかホールスラスタのようなもので、明らかに自律制御しています』
 接近を示すアラート音が、どんどん高音となる。
『このまま追いついて、並走することもできそうです。どうしますか?』
「そうしてくれ」
『へい、そうします』
 船長は人工知能を再起動してやりたくなったが、ぐっとこらえる。返事をせずに画面を凝視していると、どんどん距離が縮まってきて、船の窓からも肉眼で確認できるようになった。銀色に輝くつるりとした表面。ところどころ、チカチカ光っている部分がある。姿勢制御でもしているのだろうか。人工知能の言うとおり、ホールスラスタのようなものがついているのかもしれない。これは間違いなく、人工物だ。
「地球から打ちあげた探査機や人工衛星に、類似するものはないか?」
『該当するものはありません。これは、宇宙人の存在を示す証拠です。大発見ですね』
 人工知能に言われるまでもなく、これは大発見だ。船長の胸は高鳴り、高揚感に包まれた。
「船外アームを使って、回収を頼む」
『了解しました』
「慎重にな」
『私の仕事は真面目で丁寧ですよ』
「知ってる」
 丁寧さを自認する人工知能は無事に作業を終え、銀色の物体を船内の格納庫に収納した。
「三次元スキャナで中を解析してくれ」
『さっきからやってはいるのですが、いまいちですね。上手くデータがとれません。表面に加工された何かが邪魔している感じですね』
 確かに、得られている解析画像はかなり粗かった。
「ぼんやりでも何かわかるか?」
『何やら、奇怪な機械が詰まっている感じですね』
「報告も真面目にしてほしいんだが」
『それは私の開発者に文句を言ってください』
 格納庫内の消毒も完了し、安全が確認できたので、船長は直接物体を触ってみた。見たことのない金属でおおわれており、叩くと中で音が反響した。複数個所に、やはりホールスラスタのようなものが取りつけられていた。おそらくこれで自律制御していたのだろう。しかし、突然進行速度をゆるめた原因はわからなかった。タイミングよく故障か何か不具合が発生したのだろうが、まるで回収されることを望んでいるかのような動きをしたことが、気にかかる。
 船長は地球への帰路、調査し続けたが何もわからなかった。

 無事に地球に帰還した船長は、初の地球外生命体の存在の証拠を発見したということで、世界中から褒めたたえられ、英雄のような扱いを受けた。
 捕獲した銀色の物体は、世界各国の研究者たちで構成された国際調査団によって、分析を進めることとなった。
「それでは、よろしく頼みます」
 銀色の物体を受け取った国際調査団は、世界中の最新鋭機器を費やして、調査・分析を行った。そしてすぐに、物体表面の一部に、コネクターのようなものを発見した。船長が宇宙船内で解析したデータにはそのようなものは存在していない。探査船に搭載していた人工知能を再起動し、改めて確認してみても、『わ、確かに渡した私のデータのとおりですよ』としか答えは得られなかった。どうやら、地球におりたってしばらくしてから出現したようだ。
「微小重力下から脱し、安定した重力環境にあることが、このコネクターの出現に関係しているのかもしれない」
 調査団長は、コネクターを触りながら言った。
 それはつまり、この物体はどこか安定した天体に降り立つことを想定してつくられていることとなる。
「今の状態は、この物体にとって理想的なものなのでしょうか」
 調査メンバーの一人の言葉に、団長は「おそらくそうだろう」と答えた。
 数か月後。世界中の最新鋭分析機器を費やしているにもかかわらず、この物体が何かという確証は得られなかった。中身を知ることはできなかったし、どういった目的をもったものかもわからなかった。
 しかしあるとき、状況は劇的に動いた。
『そのコネクター、私に接続してみてはどうですか?』
 探査船の人工知能の助言を受け、メンバーの一人の技師が、言われるままコネクターに、人工知能が搭載されたコンピューターの外部接続ケーブルをさしこんでみたのだ。
「あ、ささった」
 不思議なことに、ケーブルは綺麗に接続された。接合部を調べてみると、コネクターの形状が綺麗に外部接続ケーブルに合うように変形し、ずれることなくささっていた。しばらくすると、コンピューターの画面がチカチカ明滅し始めた。技師はあわててコンピューターを制御しようとするが、いうことを聞かない。
『うわ。データがハッキングされようとしています。データが出たかもしれません』
 接続した探査船の人工知能だけでなく、そこを足場として無線を介し、世界中のコンピューターへと侵食が始まった。
「何があったんだ」
 慌ててかけつけた探査船の船長の手により、なんとか無線を遮断することに成功した。探査船の人工知能は、外宇宙航行中はスタンドアローンで使われることが想定された設計だったため、簡単に外部との接続を遮断し、再起動することができた。しかし、接続された時間は短かったにもかかわらず、インターネットを通じて世界中のコンピューターの半分以上がハッキングにあったことが判明した。
「これは、異星人の侵略の始まりなのではないか」
 船長は、そうつぶやいた。
『異星人が、一斉陣取るわけですね』
 次の瞬間、銀色の物体の表面から、大量の中性子が放出された。
 人工知能のダジャレは、誰にも届かなかった。

            ◎

『中性子爆弾ってやつですかね。生命だけを綺麗に死滅させて、殺傷することのできる爆弾』
 探査機の人工知能は、灰色の肌をもった生物に向けて言った。生物はちらりと一瞥しただけで、それ以上は何も反応せず、もくもくと作業を続けている。超大型3Dプリンターが設置された工場からは、同じ形状をした生物が次々に生み出されていた。
『異星人さん。いや、地球に存在する物質をもとに再構成された生物なので、やはり君たちは地球人なのかな』
 船長との会話のときと同様に返事はないが、人工知能はいつものように独りで話を続ける。
『まさか、その星の生命をいったんオールデリートして、主を無くしたインフラ設備や機器を使って、送りこんだデータをもとに自分たちの生体を再構成するなんてね。まさにデータから出た、ってわけですか』
 銀色の物体には、たくさんのケーブルが接続されている。周囲を取り囲んで作業している生物達の肌の色は、みんな灰色をしていた。
 探査船の人工知能は原子力電池で駆動するため、壊れるまで動き続けることが可能だった。それこそやることもないので、人工知能はハッキングされたときに逆探知して得られたデータを、ただひたすらに解析する。半年ほどして、異星人達の生物学的弱点らしきものをつきとめた。これをベースにした生物兵器をつくることができれば、彼らを一掃し、元の地球を取り戻すことができそうだ。
『このデータを受け取って元の地球を再起動できる人は、いつか現れるのかな。五日後かな』
 五日後。いつも通り朝日が昇り、とくに目新しい変化もないまま、日が沈んだ。