一番人気はペンギンです。二番目のパンダを大きく引き離して、ダントツの一位です。
子どもにも大人にも投票権があった。国民投票の結果、みんなが使うアバターロボットはペンギン型に決まった。見た目が可愛いだけでなく、形も機能的だった。流線型で丈夫だし、キャスターで走らせても違和感がなく、安定感も抜群で言うことなしだ。
もちろん、国鳥であるキジ型にすべきと最後まで頑張る人達もいたし、ずんぐりしたネコ型(できれば青)がいいと言う人達もいた。でも、いざペンギンに決まってしまうと、文句はほとんど出なかった。ペンギンを嫌うのは難しいから。
工場はフル稼働でペンギンロボットを量産し、赤ちゃんからお年寄りまで、誰でも一人一台を専用のアバターとして持つことになった。こうしてペンギン生活が始まった。
生身での外出には常に危険がともなう。転んで怪我というのは当たり前だが、交通事故、通り魔、誘拐、落ちてくる看板や植木鉢、雷、突風とキリがない。それに、人から人に感染る病気もたくさんある。だから、人々は家の中からなるべく出ないで、外での用事はペンギンのアバターロボットにログインして済ますようになった。
ペンギンを動かすには三つのモードがある。
一つ目はリモコンモード――各自が持っているコントローラーを使って操作する方法。ペンギンのアイカメラからの映像をモニターで見ながら動かす。
二つ目はシンクロモード――壁全体がスクリーンになった小さな丸い部屋に入って操作する方法。ルームランナーのように床がスライドするので、同じところで歩いたり走ったりできる。特殊な手袋で細かい動きも伝えられる。これだと、本当に外を歩いているのに近い感覚でペンギンを動かせる。
三つ目はオートモード――何度も繰り返される行動をペンギンが学習し、放っておいても同じことをする。たとえば、ユーザーが小学生なら、毎朝、通学路を歩いたり、石を蹴ったり、校門のところで校長先生にお辞儀をしたり、花壇に水をやったりする。会社員なら、電車に乗ったり、回ってきた書類に見ましたってハンコを押したり、給湯室でちょっとさぼったり……。
子ども達はあっという間に慣れてしまったし、最初は戸惑っていた大人達も、その便利さを実感すると、もうペンギンは誰にとっても手放せないものになった。
「わたし、会社で仕事してる間に買い物もできるように、もう一台ペンギンがほしいな」
「ぼくは、授業中に公園でサッカーしたいな」
初期のペンギンロボットはとても高価だったけれど、工場の生産性は眼を見張るほど上がっていたから、増産するのは簡単だった。すぐに、国民一人あたり、三、四台のペンギンが行き渡るようになった。仕事用、家事用、勉強用、遊び用……と人々は上手にペンギンを使い分けた。操作していない時、ペンギンはオートモードでそれらしい振る舞いをしてくれるので、教室で勉強している途中で、別のペンギンに乗り換えて遊園地のジェットコースターに乗ったり、会議の途中で映画を見に行ったりしても問題なかった。家に居て、仕事や勉強もしながら、いかに人生を楽しむかは、大きな課題だったから、こういう使い方はむしろ褒められた。観光地や主要都市には、たくさんのレンタペンギンが用意された。どんなに遠くの観光地でも、レンタルすれば一瞬で行ける。長時間、車や電車で移動しなくても済むから、エネルギーも時間も大幅に節約できる。
家の中では、家族がお互いに干渉しないで、穏やかに暮らしていた。一人暮らしでも全然寂しくなかった。誰かと一緒にいたい時は、ペンギンにログインして、公園か、プラネタリウムにでも行くといい。ペンギン同士はすぐに仲良くなれる。お互いに本当の顔は見られない。操作しているのが女性なのか男性なのか、大人なのか子どもなのかわからない。誰もがみんな同じ形のペンギンだ。
中には、その見分けにくさを利用して、悪事をはたらく者もいた。だが、あまりうまくいかなかった。銀行強盗するのに覆面が要らないのはいいけれど、銀行員もお客もみんなペンギンロボットだ。銃で脅しても誰も怖がらない。ストーカーだって、たくさんのペンギンの中でたった一台を付け回すのは、難しい上につまらない。家族や知人に成り済ますのも、高性能の認証システムが邪魔をした。
生身の人間は、引きこもるのが当たり前になったから、ニート問題も一挙に解決だ。外見を理由にしたいじめや差別も、あっという間に無くなった。
他の国でも次々に真似をして、世界中どこに行っても、家の中では人々が、外ではペンギンが、平和に暮らす世の中になった。
過酷な野外の使用に耐えるため、ペンギン達はどんどん改良された。耐寒・耐熱・耐光性自己修復樹脂のボディと、永久電池を搭載し、いつまでも動けるようになった。
こうして百年が過ぎた頃、地球が急に冷えてきた。どうやら本格的な氷期に突入したらしい。太陽の活動や公転周期の具合で、今までに地球が経験したことのない、厳しく長い氷期になると、科学者達は予想した。人々は住居を地下に移した。地下には農園や工場も作られたが、狭くてスペースに限りがあるので、ペンギン達は地表に残された。人々は百年ぶりに、自分の足で地下の街を歩き、人と直接会って用事を済ますようになった。とは言え、時間がある時は、地表のペンギンにログインして、地面の上を駆け回り、開放感を味わった。
気温はぐんぐん下がり、そのうち雪が降り出した。人々はペンギンを操って、雪遊びに熱中した。スキー、スケート、そり滑りの後は、雪の像や建物を作るのが流行った。
ピサの斜塔にエッフェル塔、タージ・マハルに姫路城。雪のピラミッドも作られた。毎日が楽しい雪まつりだ。けれども雪は電波を遮断する。雪が深くなるにつれ、ペンギン達にログインする人が少なくなっていった。それでもペンギン達はオートモードで雪の建物を作り続けた。
地表で動くものは、雪と、風と、ペンギンだけ。何万年もの時が過ぎ、ようやく雪が降り止んだ。雲間から久しぶりに顔を出した太陽が、見渡す限りどこまでも続く雪の大都市を照らし、何千万もの建物の屋根から滴る水滴を赤、青、緑に煌めかせた。
地表を覆う雪と氷がもっと薄くならないと、地面の中に引きこもった人類が、どうなったのかわからない。もし、彼らが生き延びていても、ペンギン達の作り上げた、この都市を目にすることはないだろう。その前に、すべてが溶けてしまうから。でもペンギン達はそんなこと、一つも気にしていなかった。