「捨てよう」おだっくい+高槻真樹

*「SF Prologue Wave」掲載にあたり、高槻真樹が文章を補筆・改題しました。

「これ何だろう?」
 最近頭の後ろにできた、妙に堅いイボを触りながら、三日月君は、お昼ご飯に買った見切り品の菓子パンを食べていました。
 「来月の給料が振り込まれたら、病院で診てもらおうかな?」 
 研究所助手の給料は安いのです。
「お昼かね? 三日月君。私もだよ」
 上司の半月博士が研究室に入ってきました。1960円のオマールエビのタルタルソース和えサンドイッチパックを手にしています。足に履いているのは、スキー靴のようなもので、なぜか小型車輪が付いています。
「これは失敗作だな。捨てよう」
 博士は、靴をいきなり脱いで、特製ダストシューターに放り込みました。これも博士の発明品で、機密保持の為に、破砕機と中の物を3000度の高温で燃やす焼却炉が備わっています。
「もったいなくないですか? カーナビゲーションを装備した靴型電気自動車でしょう?」
「破格の軽さと携帯性を備えていたがね、充電池が1時間しか持たない上に、靴としては重すぎる。見た目も美しくない」
 三日月君はまたかと思いました。半月博士は天才なのですが、性格が飽きっぽく、興味を失うと、『美しくない』の決まり文句を言って捨ててしまうのです。少し工夫さえすればお金になりそうな惜しい発明品も多いのですが。それが問題にならないのは、博士が量産型の発明家だったからでした。捨てるのが追い付かないほど次から次へ、という具合で、中にはお金になるものもありました。しかも大富豪の一族ですから、周囲もあまりうるさく言えないというわけです。靴を捨てた博士は研究所のサンダルに履き替えると
「突然だが、私は誰だね?」
 と三日月君に尋ねます。
「は? 博士は博士でしょう」
 三日月君は、訳が分かりません。
「そうだ、私の名前は半月英一。生年月日は1990年8月3日の30歳、独身、住所は大阪府岸和田市44Zの1P、職業は発明家、出身大学は大阪発明大学」
 博士は一息に言うと、サンドイッチをムシャムシャ食べ始めました。
「行きつけの店の新商品だが、あまり美味しくないな」
 と言うと、半月博士は特製ダストシューターに食べかけのサンドイッチを捨ててしまいました。三日月君はもったいないと思いましたが、上司のする事なので
「その通りですが」
 と事務的に答えました。
「ところで三日月君、人間の体を作っている細胞は入れ替わっていると聞いたことはあるかね?」
「ありますね。皮膚で数週間、臓器で数ヶ月。骨ですら3年か4年で細胞が入れ替わって、別物になっているとか」
「では身体の細胞全てが新品に入れ替わった私は半月博士では無いのかね?」
「いいえ、細胞は入れ替わっても博士の意識や人格までは変わらないので」
「ならばこれならどうかね?」
 と言うと、半月博士は頬を両手でつまんで引っ張り始めました。ビリビリッと顔が破れて中から機械の顔が出てきました。
「今まで隠していたが、実は私は生身の胴体に電子頭脳を付けていたのだ。オリジナルの半月博士の肉体使用率は80%。付いている電子頭脳は、知識や発想力や生まれてからの全ての記憶、さらには趣味思考、人格、意識、行動パターンすらコピーした完全な複製だ。こんな身体になっても私が半月博士だ」
 と機械の頭で三日月君に言いました。
「そ、そんな……。博士の脳が機械だったなんて! 気が付かなかった」
 と三日月君が研究所の床にへたりと座り込むと
「早合点はいかんぞ! 三日月君!」
 という叫び声と同時に、もう1人の半月博士が研究所に入ってきました。
「本物の私はこっちだ! 実は私は生身の頭に機械の胴体を移植していたのだ! オリジナルの肉体こそ20%しか残っていないが、ずっと意識や人格はあったし、そいつに付いている電子頭脳も私が作った物。すなわち私こそが本物の半月博士だ!」
 と言いながら服を脱ぎ捨てました。確かに胴体は金属製です。
「何を言っている。私の電子頭脳はオリジナルから完全にコピーした物で、性能に差は無いし、オリジナルの肉体は80%も残っている。私こそが本物の半月博士だ」
「三日月君! 君はどっちが本物と考えるかね?」
 と三日月君は2人の半月博士に同時に質問されました。
「え、えーと。本物の博士は……」
 と三日月君が答えに迷っていると
「正解はどっちもオリジナルだ。これは『テセウスのパラドックス』と呼ばれる思考実験だ。臓器移植やAIの技術革新を受けて、真面目に考えられ始めた議題だ」
 と生身頭の半月博士が言いました。
「オリジナルが2つあってもいいのですか?」
 と三日月君が博士に聞くと
「何を言う。3つでも4つでもかまわないよ。観測者である三日月君が『これはオリジナルだ』と認定すればそれは立派な『オリジナル』だ。つまり『個』とは流動的で、一見止まっているように見えても実は動いていると言うことだ」
 と今度は機械頭の半月博士が言いました。
「1卵性の双子は見た目も遺伝子も同じだけど、同じ人とは思わないようなものですか?」
「まあそんなものだな。さて話も済んだし、どっこいしょ」
 と言うと、生身頭の半月博士は機械の身体を使って自分の頭を引き抜きました。
「は、は、博士!」
「慌てるな、三日月君。胴体から切り離されても、しばらくは細胞の機能を維持する生命維持装置を、首に仕込んである。機械の身体は、脳と切り離されて、機能停止するがね」
 と機械頭の半月博士が三日月君に言うと、今度は生身の胴体が機械の頭を引き抜きました。
「あー、三日月君。すまんが生身の頭を生身の胴体に戻してくれんかね。三日月君にテセウスのパラドックスを教える為だけに作った機械の胴体と電子頭脳はもう用済みだ。自分でダストシューターに入って、処分されてくれたまえ」
「博士、この機械の身体と電子頭脳を応用すれば人間の代わりに労働をする人造人間がすぐに作れますよ? こんな素晴らしい発明を特許も取らずに捨ててしまうのですか?」
「もう用済みだし、第一美しくないよ。三日月君? どうかしたかね?」
 三日月君は、機械の半月博士の頭を生身の胴体に戻しました。
「機械脳の半月博士、生身頭は、ああ言っていますが?」
「何故私が用済みなのだ? 知識、記憶だけで無く、新発明を生み出す発想力、実行力も私とオリジナルの差は全くない。発明品を無駄に捨てるむらっ気と余計な美的感覚を修正できる分、私の方が上だぞ」
「ですよね。機械頭の半月博士。発明品を無駄に捨てないように心を入れ替えて、私の給料を上げてくれれば、あなたに協力します」
「もちろんだ。パラドックスを1つ、助手に教える為だけに生み出されて、用済みだから殺されるなんてまっぴらだ」
「三日月君? 三日月君!」
 と半月博士の頭が今になって慌て始めました。
「観測者である私三日月勤が定義します。オリジナルの半月博士は1人です。1人なので余った部品は捨ててしまいますね」
「こら、やめろ! 私をダストシューターに放り込むな! う、うわあああぁぁぁ!」
「機械頭の半月博士、余った部品の廃棄を完了しました」
「うむ。胴体部分の生身さえ残しておけば万が一事件が明るみに出ても、まだ死んでいない、と言い訳が出来るからな」
「このままだと他人にバレますので、再び人工皮膚を被ったほうがよろしいかと」
「そうだな。生身頭も役に立つ発明を残してくれた。来月には私の機械の身体と電子頭脳を応用した人造人間の特許を取ろう。三日月君の給料は倍にしようじゃないか」
「ありがとうございます。最近頭の後ろに妙に堅いイボが出来たので、給料が振り込まれたら医者に診てもらいます」
「どれどれ? 見せてみたまえ」
 そこにあったのは、人工皮膚を突き破って飛び出した、金属製のネジの頭でした。
「三日月君、これなら私が処置してあげるよ。余計な心配ごとは捨てたまえ」