「マカロニ」白川小六

「ワームホールを見つけたらラッキー☆」
 極小のワームホールを作るのに成功したと、どこかの研究所が発表して数年後、ステラ社のマカロニの袋にそんな文字がプリントされるようになった。
 もともとステラ社のパスタのパッケージには、星や宇宙に関する豆知識が載っていたり、星型のロゴマークを集めて応募すると望遠鏡なんかの天文グッズが当たるプレゼントキャンペーンが時々あったりするのだけれど、今回は研究所とのコラボで、なんとマカロニの穴にワームホールを固定したというのだ。
 とても運が良ければ、マカロニの穴の向こうに、地球にはまだ届いていない超新星爆発の光が見えるかもしれないとのことで、天文ファンや科学好きな子ども達がみんなそろって夢中になった。
 それまで、サラダやグラタンに入っているマカロニがどのメーカーのものかなんて気にしていなかった私と弟も、ママに「買うなら絶対ステラのにして」と強要するだけじゃ足りなくて、自分達のお小遣いを使って何袋も買い込むまでしてワームホールマカロニを探した。ネットには「あった!」「みつけた!」の書き込みが相次いだけれど、相当レア物らしくて、百袋に一つとか、千袋に一つとか、そんな噂だった。
 私と弟は、買ってきた袋を開けて中身をテーブルにぶちまけ、一本一本丁寧に穴を覗いて、向こう側にリビングの壁とか電灯とかお互いの顔とかじゃないものが見えるマカロニを探した。
「そんなにどんどん袋を開けちゃったら、湿気るじゃない」
 ママは文句を言いながらも、きれいに洗って乾かした十リットルサイズの梅酒用の保存瓶に「はずれ」のマカロニを集め、乾燥剤も入れた。
「袋の口を輪ゴムで止めとけば?」
「ダメダメ、最近台所に蟻が出るの。ちゃんと密閉しとかないと、どんな隙間にでも潜り込むから」
 毎日マカロニ料理が続いても、私達は黙ってたくさん食べた。もしパパがいたらきっと「飽きた、米の飯が食いたい」って言ったと思うけど、ちょうど長い出張中で留守だった。
 マカロニは、覗けど覗けど普通のマカロニだった。探し始めてから二週間も経つと、さすがに私も飽きてきたし、もともと多いとは言えないお小遣いも使い果たしてしまった。
 ママのマカロニ料理はスイーツにまで領域を広げた。「みたらしマカロニ」とか「マカロニプリン」とか「マカロニのミルフィーユ仕立て」とか……。マカロニは、まあ言ってみれば小麦粉だから、甘い味付けもそう悪くなかった。
 梅酒用の瓶は二つ目が満タンになって、少し小さいラッキョウ用の瓶と、さらに小さいピクルスの空き瓶まで、ほぼいっぱいになってしまった。
「もう、これを開けたらしばらくマカロニを買っちゃいけません!」とママが宣言したとき、未開封のマカロニの袋はあと二つ――私よりたくさんお小遣いを貯めていた弟が買ったものだ――になっていた。最初と変わらぬ熱心さでマカロニを覗く弟につきあって、私もノロノロと一本持ち上げて穴を覗く。すると……、あったのだ! 明るいクリーム色の壁紙や、かざした手のひらじゃなく、穴の向こう側には真っ暗闇が見えた。
「これ」
 私は弟をつついてマカロニを渡した。弟は「あっ」とだけ言って穴を覗いた。
「黒い」
「うん、黒いね」
「宇宙……なのかな?」
「多分そうだよ。どこか遠い宇宙」
 私達はため息をついた後、ママにもマカロニを見せた。
「何にも見えないね。本当に真っ暗」
「うん」
「こっち側の空気を吸い込んじゃったりしないのかな?」
「大丈夫みたい、そういう吸引力は無いんだって」
 私はマカロニの袋に小さく書かれた説明を読み上げた。
 弟はママからマカロニを取り返して、また熱心に覗き始めた。マカロニを持つ手と反対の手で顔を覆ってなるべく暗くしている。
「なんか星みたいなのが見える気がする。……行ってみたい」
 マカロニの穴は直径四ミリくらい。小さくて良かった。じゃなきゃ弟は後先考えずにきっと穴の向こうへ行ってしまうだろう。
「こっちのはもういいのね」
 ママが散らばったマカロニをいちごジャムの空き瓶に入れ始めた。
「わ、やだ、また入ってきた」
 見ると、三ミリくらいのサイズの黒蟻がテーブルの上を歩いている。
 言っておくが、弟は生き物をいじめて遊んだりする子じゃない。だから、弟が蟻の進路を塞ぐようにワームホールのマカロニを置いたのは、深宇宙の真空の中に放り込んで窒息させようとしたんじゃなくて、蟻の出現のタイミングと大きさがあまりにちょうど良すぎて、考えなしにやってしまったのだ。
 勇敢な蟻は触覚と前肢でマカロニの縁の段差を確かめると、ためらうことなく入って行き、反対側からは出てこなかった。
「消えちゃった」
 マカロニの穴を覗くと、向こう側には普通にリビングの壁が見える。蟻もワームホールも、どちらも消えてしまったのだ。
「ワームホールは繊細で、ちょっとした刺激で壊れてしまいます。また、マカロニを茹でると完全に消えるので、安全にお召し上がりいただけます」
 私は小さな字で書かれた注意書きの続きを読んだ。
 弟が罪悪感を感じるより先に、蟻は見つかった。勇敢なだけでなく、宇宙一の強運を持った蟻だったみたいで、まだ開けていないマカロニの最後の一袋の中で這い回っているのにママが気付いたのだ。袋は確かに未開封で、どこも破れていなかった。三人で頭を捻ったけれど、つまりは、さっき見つけたマカロニのワームホールと、未開封の袋の中にあったらしいもう一つのワームホールが繋がっていたのだろう。
 袋を開けると、蟻は何事もなかったかのように弟の手の上に這い出てきた。
「おんなじ蟻だよね?」
「……わかんない」
 弟は眉をひそめてそう言った。
「左右反転してたりしない?」
「……わかんない」
 弟は窓を開けて、その運の良い、自分がどれほどの冒険から生還したのか理解していない蟻を、庭の地面に払い落とした。
 ステラ社のワームホールマカロニのキャンペーンは、その後まもなく終わってしまった。異物混入が相次いだとかちょっと噂になったが、真相はわからない。単にキャンペーン期間が終了しただけかもしれない。
 私も弟もマカロニを買うのはやめたけれど、ママはどうしてもパパが出張から帰ってくる前にマカロニの瓶を片付けたかったらしく、うちではしばらくマカロニ料理の日々が続いた。