
「「FT新聞」&「SF Prologue Wave」コラボレーション企画 のご紹介 その11」
岡和田晃
ゲームブックの専門出版社であるFT書房(https://ftbooks.xyz/)の日刊メールマガジン「FT新聞」(https://ftbooks.xyz/ftshinbun)では、「SF Prologue Wave」との共同企画を推進しています。ゲームブックやTRPGのファンに、SF小説の醍醐味を再発見してもらうため、SFPW掲載作品をピックアップし、岡和田晃の解説を添えて紹介するという内容です。
今回はVol.26~28で配信された、間瀬純子さんの仕事をご紹介するものです。初出のリンクを辿り、再読の一助としていただけますようお願いします(以下の「はじめに」の文責はすべて岡和田によります)。
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「FT新聞」&「SF Prologue Wave」コラボレーション企画 Vol.26
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●はじめに(岡和田晃)
「SF Prologue Wave」はSpeculative Fictionのメディアです。これは思弁小説と訳されるものですが、現在、とりわけ英語圏ではリアリズムの枠を超えたSF・ファンタジー・ホラーの総称のような形で流通しています。
ジャンルには固有の歴史の堆積がありますが、突き詰めていけば、その境界は揺らいでいきます。実際、SFやホラーは専門の書き手がいるものの、両方手掛ける書き手はそれよりも多いくらいなのです。
今回ご紹介するのは、間瀬純子さんの「金星、地獄の動物園」。間瀬さんは1990年代から、「小説JUNE」誌で作品を発表してきましたが、現在の名義での本格的なデビューは、2005年に、短編「新しい街」が第五回異形コレクション公募最優秀作品賞を受賞したことによっています。
「異形コレクション」とは、井上雅彦さんが編者をつとめるモダンホラーの叢書で、近年鮮やかな復活を遂げました。SF作品も多数収められており、その意味でSpeculative Fictionのメディア、なのですね。
間瀬さんの特徴は、まずもって短編を主体とする作品の切れ味です。この「金星、地獄の動物園」は、Toshiya Kameiの英訳で、アメリカのCollective Realms 誌2020年11月/12月号に掲載された逸品。私はフィリップ・K・ディック『火星のタイムスリップ』で描かれる崩壊した世界……。その反歩手前、ギリギリのところで踏みとどまりながらも、悪意と緊張に満ちた世界の様相が垣間見えるように思いますが、皆さんはいかがでしょうか。
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「金星、地獄の動物園」
間瀬純子
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ソネリルは遠からず砂漠に飲み込まれるだろう。
私は飛行機で四十八時間かけて、ソネリルに来た。もうずいぶん前のことだ。私は日本に帰れなくなった。
物価は安いので、手持ちの金で暮らしていけるが、もう、帰りの飛行機の切符を買えないのだ。日本までの切符は、ソネリルの人々の数十年ぶんの収入に当たる。
日本にいるはずの家族に連絡して、送金してもらおうかと考えたこともある。が、何度、電話しようとしても、実家の電話番号が思いだせない。
私……林カナは日本で会社に勤め、辞めた。日本には、法律とは別に、細かく複雑な規則がたくさんあった。たとえば、ある意見に対して、何人かでおしゃべりをしている席にいるとする。参加者の何割かが、あるていど熱心に賛成したら、私も賛成すべきだが、そうでなければ賛成してはならない。賛成者の割合と熱心さの見極めは非常に困難だが、厳密に定められているようだった。
規則は誰が決めているのかわからないが、少しでも間違った反応をすると、見えない管制装置のスウィッチが入り、人々がいっせいに冷たい目で見て、同時に部屋の天井や椅子に仕掛けられた非殺傷性の透明針発射装置が私を狙い撃つのだった。
私は満身創痍だった。楽になる手段はあった。洗脳されればいい。歌謡曲がその方法だった。それは店でも職場でも流れていた。たくさんの曲があったが、どの曲も同じことを歌っていた。「頑張れば、いいことがある」
根拠のない空の約束手形だ。私はそれが思考コントロールであることに気づく程度には鋭敏だった。
私は、日本に充満する思考コントロールと管制装置から逃げた。
そして、ソネリルに来た。ソネリルには何もない。
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https://prologuewave.club/archives/2930
初出:「SF Prologue Wave」
https://prologuewave.club/archives/2930
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「FT新聞」&「SF Prologue Wave」コラボレーション企画 Vol.27
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●はじめに(岡和田晃)
「FT新聞」No.4425に、「SF Prologue Wave」とのコラボレーション企画として「金星、地獄の動物園」が配信された間瀬純子さんといえば、クトゥルー神話の紡ぎ手としても高く評価されています。
例えば、自覚的に書かれたクトゥルー神話作品である「オーロラの海の満ち干」(「ナイトランド」4号、2012年)は“The Ebb and Flow of the Aurora Sea”として英訳(キース・ローラー訳)され、エドワード・リプセット編『Speculative Japan 4』(黒田藩プレス、2018)に収められるほどに高い評価を得ています。
今回の「卵巣後宮」は、「ナイトランド・クォータリー」創刊準備号「幻獣」(2014年)に収められた「血の城」のスピンオフで、「異境クトゥルー譚」シリーズの一編に属すると言います。異境性という意味では、「ナイトランド・クォータリー」Vol.38に寄せられた最新作にして(偽)ルシアン・ホラーの傑作「赤水境の聖女」(2025年)と併読するのも一興でしょう。
読者から「今まで読んだ中で一番こわい短編小説」に選ばれたこともあるほどの逸品です。残虐描写にはご注意を!
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「卵巣後宮(らんそうこうきゅう)」
間瀬純子
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一
後宮は世界を美しく模していた。
世界とは心帝国が統べる中渦平原である。
帝国の長は神にも等しい虹玉帝(こうぎょくてい)猊下だ。
世界の外にも陸があり、人めいた生き物も住んでいるが、猊下の徳にあずかれぬ彼らは心を持たない。
私は、虹玉帝猊下の坐(いま)す後宮にあまた侍る帝妃の侍女であった。お仕えするのは、第三十七帝妃、鉛涯樹(エンガイジュ)王国の忠姫(ただひめ)さまである。
私は鉛涯樹王国の農民の娘だ。名を宏根(ひろね)という。従妹で幼馴染みでもある宏葉(ひろは)とともに、忠姫さまに順って後宮まで参った。
私も宏葉も、嫁ぎも子を産みもしない。
とはいえ、鉛涯樹王国では王族以外の女人は文字を習うことはないのだ。文字を覚え、世界の中心たる都まで来て、我が姫の支えとなれるのである。私たちは珍しくも尊い一生を与えられたのではなかろうか。
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https://prologuewave.club/wp-content/uploads/2017/03/rannsoukoukyuu_masejyunnko.pdf
初出:「SF Prologue Wave」
https://prologuewave.club/archives/6045
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FT新聞 ftnews@ftbooks.xyz
4月2日(水) 19:34
To 自分
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「FT新聞」&「SF Prologue Wave」コラボレーション企画 Vol.28
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●はじめに(岡和田晃)
幻想・ホラー作家としてのイメージが強いかもしれない間瀬純子さんですが、なんとサイバーパンクSFも手掛けています。今回紹介する「イマジペディア」は、まさにそれ。
アーバン・アクションとしての意匠のみを採用し、「パンク」としての反逆性、既成権力を転覆(subversion)する反骨精神を失ったエピゴーネンが少なくないなか、間瀬純子さんは異種混交性(ハイブリディティ)とポエジー、「建設的な未来」ではなく現在を描く手段としてのサイバーパンク、という本義に立ち返っているかに思えます。
サイバーパンクはコンピュータ・カルチャーに強く依拠します。サイバーパンクが成立した1980年代前半、ソ連ではようやく個人用のデスクトップPC・エレクトロニカ60を使用できるようなったという状態でした(拙稿「ソ連とアメリカ、日本を跨いだ迫真のドキュメント「テトリス・エフェクト―世界を惑わせたゲーム」を参照、https://www.4gamer.net/games/841/G084155/20250115001/)。このため、サイバーパンクには“西側”のイメージが根強いのですが、本作はそうした価値観すらをも転倒させています。
ウィリアム・ギブスンは『カウント・ゼロ』でサイバースペース内に現れるゾンビを描きましたが、最先端のテクノロジーが、どこか秘教的・呪術的な価値観を呼び覚ますものです。加えて、それこそエピグラフに引かれるジェフ・ヌーンが『ヴァート』で描いたようなサイケデリックなカウンター・カルチャー的な価値観をも「継承」しています。お愉しみください。
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「イマジペディア」
間瀬純子
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――《〈イングリッシュ・ヴードゥー〉の世界へようこそ。快感がきみを待っている。知識はセクシー。苦痛がきみを待っている。知識は拷問》
「ヴァート」(ジェフ・ヌーン、田中一江 訳、早川書房)
―― 僕ら全員でこの歌を歌おう。頭をフリー(自由)にしてイメージを呼び込もう。
“Sing this all Togather” (The Rolling Stones、筆者 訳)
一
新荘織人(オルト・ニューマナー)は県立美術館の学芸員だったが、仕事を辞め、盆地にある地方都市の中央に建つ、母名義の新荘ビルディングの四階の自室に籠り、学生が座るような粗末な事務用椅子に腰掛けて全身の感覚を研ぎ澄ましている。右手には鉄パイプを握りしめている。学芸員になって十年経つ。もう美術館に勤めるのは難しいだろう。将来を考えると暗澹(あんたん)とする。しかし今はそれどころではない。
いつ敵が来るのかわからない。
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https://prologuewave.club/archives/10679
初出:「SF Prologue Wave」
https://prologuewave.club/archives/10679
