「スペーストンネル(時空隧道)抜けて」◇第6話◇「宣言書」江坂遊

 お邪魔します。こんばんは。
 このあたりで今まで起こったことを振り返ってみませんか、いい機会なので。
「そうですね。振り返ってみましょう。今夜もお月見団子と苦いお茶で」
 これまでムー人が海底に遺した石板に、スペーストンネルが引き起こしたドラマが彫りこまれていて、それらをずっと読み解いてきました。
「始まりはそこだった」
するとタイミング良く、スペーストンネルを発明したエスペステュネル博士がここの研究室にミニスペーストンネルを使ってひょっこり顔を出されました。わたし達の目の前に現れた博士の姿は幽霊そのものだったから驚いたの、なんのって。
「出たぞーってわけで」
そのテュネル博士が遺していかれた幽化装置を高井教授が苦心して改造し始めた。
「何とかようやく出来ました」
 テュネル博士はミニスペーストンネルを開発してムー人を水没する祖国から救い出し、スペーストンネルの出口を塞いだ居住空間ヘブンに住まわせていました。
「いわば、洞穴生活。規模は全く違うけれども」
しかし、ミニスペーストンネルを使うのには自分の肉体を幽体に変化させなければなりません。命子は元の自分の身体同様ではないけれど、幽霊のような姿にはなれたので、許容範囲ではあったのかと思われます。余計ですが、もしヘブンをわたし達が覗けたら、可愛い玩具の国のように見えたことでしょうね。
「しかし永遠の命という誘いは効果的だったろうなあ」
でも、禍福はあざなえる縄のごとし。どんな手違いがあったのか知れませんが、突如、ヘブンが沈下を始めました。
「トンネルの壁を支えて拮抗していた負のエネルギーが急速に高まり、トンネルに亀裂が走り、そこに都市が落ち込み始めたんだとか。トンネルを突き破るのも時間の問題となったわけです」
ムー人がヘブンから脱出するのに、ミニスペーストンネルは有効でしたが、国家として個人個人が思い思いの場所に散逸してしまうことはなんとか避けたい。ですが、集団で同じ場所への移動ができるアイデアが浮かばない。頼みのスペーストンネルは幽化したムー人は通過できなくなっているので万事休すとなりました。
「ミニスペーストンネルに入れるのはまず人間の肉体から命子という小さな粒子になっておく必要があったからです。ミニの方はごく狭い通路だったと想像ができます。でも命子はスペーストンネルを通過すると命取りでした。トンネル内に充満させている潤滑ガスの粒子と衝突して消滅してしまう」
追い詰められたテュネル博士は、教授の知恵を借りたいと、幽化装置を高井教授の研究室に持ちこみ、教授を沈下しつつあるヘブンにミニスペーストンネルで招こうと考えました。ともにヘブンで解決策を見出そうというわけです。
「幽霊にはなりたくない一心で、こっちで頭をひねりました」
 さすが、教授は聡明でしたね。答えは見つかりましたもの。
「要するにヘブンから大きい方のスペーストンネルを使えればいいだけの話だったわけですよ。だから幽化装置を逆作動できるように改造しました。それで命子から人間の身体に戻すことができました」
そして、すぐにその装置をヘブンに送り出されたというわけです。
 ムー人は人間の姿を取り戻し、ムー大陸は丸ごとスペーストンネルを使って、地球の太平洋上に元の荘厳な姿を見せました。当然ですがムー大陸が地球に帰還した瞬間、凄まじい衝撃が走りました。
「いや、それにつけてもスペーストンネルは偉大な発明ですよ」
 思ってもみない大陸の広さで、東端はハワイ諸島に隣接し、西端は日本列島と地続きとして還ってきたから大騒ぎでした。南西諸島や小笠原諸島の人達の避難にてんやわんや。
「津波被害もありましたが、前もって準備ができたのは幸いでした。火事場のくそ力でしたが、とにもかくにも一カ所への移動作戦が実現して幸運でした」
テュネル博士が見込まれただけのことがありました。高井教授はムー人の救世主となられたのですから。
「でも、あまり先のことを考えずにね。あの時は歓迎ムード一色で勘違いしてしまったなあ。ムー人からお礼が山ほど届いた。式典にムーの正装のムームーを着て祭壇に向かってね」
 とてもお似合いでした。
「大ムー帝国」が復活したのです。テュンネル博士が国王に就任され、世界各国に対して建国宣言が発布されました。
「思えば、でもそれは束の間のことでしたが」
 もともと、ムー大陸が水没したのは、その地下にガスだまりがあり、長年の圧迫で爆発して崩れだしたのがその理由でした。はい、同じことが起こりました。ガスはまた長い間、蓄積されていたのでしょう。
「すさまじい大災害でした。地震が何度も起こり、火災が起き」
次々に火山の大爆発が起こりましたが、ムー人はまたも油断してしまっていたようです。スペーストンネルを使う余裕もなく、今度は脱出もかなわなかった。先端科学技術を誇った装置群が倒壊した建物の下敷きになり、みんな海底に没してしまいました。テュネル博士は丁度、神殿で美酒におぼれておられて、なすすべがなかったのかと思われます。
 おかげでその巻き沿いをくらい、沈下は徐々に日本にも及んできています。今、水嵩は膝辺りまで上がってきている。わたし達も水没が免れない運命と観念せざるを得ません。
 それで出来事を石板に記録として遺そうと考えました。でも途中まで学生は余裕たっぷりで頑張ってくれたのですが、結局は水没までの時間がひっ迫してきたため、うまくまとめられなかったようです。力尽きたと弱音を吐いていました。これは言い訳に過ぎないのですがね。何とか間に合わせたいという焦りが出ましたか。
ではいつか、この石板の文字を読み取れる文明が現れんことを願いつつ、お時間が来たので、さよならです。
「ああ、月が綺麗だ」
 高井先生、これが最後のお月見団子です。しっかり味わいましょう。
 そして抹茶を飲み干したら、高井先生の学生の手によって完成が間に合ったスペーストンネルを抜け、地球人が快適に居住できる新しい惑星に移動することにしましょう。

                               (了)