
お邪魔します。こんばんは。
驚いてばかりです。思わずお月見団子を口から発射してしまいましたもの。
まさか、天井ライトのリングの中からテュネル博士が降りてこられるなんて想像もしていなかったので。しかも、幽体になってですよ。身体は何て言うか、薄墨で書かれた喪中はがきの濃さでした。幽霊として雰囲気があり過ぎです。
「出たーっと思わず声に出ましたね」
あの天使の光輪の形をしたミニスペーストンネルを出入りできるようになるには、まず幽霊にならなければならないとは思いもしなかったことです。
「まったく、まったく」
それを聞いて、腰が抜けました。でも幽霊になったら長く存在していられるというのも面白いと思いました。そう、少し怖くもありましたが。
「生命の不思議ですが、幽霊を生命の中に入れて良いのかどうか」
わたしも考えこんでしまいます。自分以外の存在に意思を伝えることが出来る存在を生命というように定義変えしなくちゃならないかも知れません。
「さずが、言語学者ですね。でも、生物学者には受け入れてもらえそうにもない定義ですが」
まあ、門外漢なので生命論議はさておいておきます。
「出口が塞がれた洞穴のようなスペーストンネルの中に博士が建設された都市の名前がヘブンでしたね」
いや、くすりと笑ってしまいました。幽霊になっちゃえば天国へ行けるのかって、まあ、それは喜ばしいことなのかも知れませんが、なかなか今すぐ行こうとはなりませんよね。ムー人のように水没が差し迫っているってわけでもないですしね。
「そうですとも」
高井教授も同じ思いだったのですね。教授はしきりにヘブンに誘われていましたが、やっぱりそうですよね。
でも、喜んでいらっしゃったじゃないですか。テュネル理論でしたか、力の統一場理論が完成していたんでしょ。わたしにはチンプンカンプンでしたが、凄いことなのでしょう。すみません。知的な刺激で身体がわなわな震えておられましたもの。
「分かりましたか」
わたしは逆に何か、やる気が失せてしまいました。今まで人類存続のためにムー人が遺した石板の解読をせっせとやって来ましたが、もうそれも必要がなさそうでしたから。
しかし、亡くなっても必ず幽霊になれるわけじゃないんでしょ。
「そのようなことを博士がお話されていましたね」
命の素のちっちゃい、ちっちゃい量子を「命子」と言っておられましたが、その命子を変換させると何とかになって、それからは覚えてなくて……。とにかく博士は、有無を言わせずに生きたまま幽霊、いや天使になれる便利な、この装置をデンと研究室に置いていかれました。
「手塚治虫先生の漫画に出てきそうな装置です。ゼロマンのブッコワース光線を発射する装置みたいで」
はい、わたしも同じように思いました。が、一度これを使うと元の身体に戻れないっていうのですよね。だから、そんなものを使いたいと言う者が出てくるとは思えません。少なくともわたしは学生に「知の追求のために、どうだいやってみないか」と声はかけたくないですよ。
「それはそうでしょうとも」
この閉じられたトンネル内にあるヘブンの観光案内パンフレットは普通によくできていますが、わたしなら、これならハワイに行きますね。ほぼ変わらないんじゃないかって思いますよ。
「まぁ、それほど惹きつけられない」
ですよね。このパンフレットでは逆効果になりかねない。
「フラを踊るダンサーの頭上に光輪があるだけですから」
博士は「嘆願書」を置いていかれました。ヘブンの地盤沈下問題対策研究に早く力を貸して欲しいと署名が数万人もつけられていました。余程の危機が迫っているのでしょう。高井教授のご友人で他界された人のお名前もあるんだとか。
「見つけてしまいました。作家の小坂さんも署名されていました。まあ、あの方は何でも乗る方ではありましたが」
しかし、あっちに行っても研究三昧が確定していると分かっているとなると、やり切れない思いになります。第一、ハワイみたいなところに行ったら研究はそっちのけになりますって。だから、博士も困っておられるのでしょうかね。
わたしには地盤沈下という現象はどういうことなのか分かりませんが、トンネルの口の一方を閉じたら、重力計算がうまくいかなかったとか言っていらしたけれど、わたしには難しすぎて、すみません。
「分かったような気は一瞬しましたが、まだ博士には追い付けていません。だから、わたしがヘブンに昇ったとしてもお役に立てるかどうか」
そもそもスペースタイムトンネルで過去か未来か、はたまた違う時間軸に行くことは出来ないのかと不思議です。
「その移動は命がけだからでしょう」
既に幽霊になっているのに、おかしいったらありゃしない。
でも繁盛していたのでしょ。スペーストンネルでどこかに移動しちゃえばいいわけですよ。それも難しいっておっしゃっていましたが。
「スペーストンネルはまたミニとは構造的に違うようです。幽体が消滅してしまうのでスペーストンネルが使えないと困っておられました」
ミニスペーストンネルは使えても、全員で同じ時間や場所を目指さないとバラバラになる。けれど、そもそもバラバラでいいと思うんですが。第一、地球からヘブンに行くときは、うまく行ったわけですよね。
「あの時は時間がなかったし、個人個人の思いは一致していたからできたのでしょうが、今は、それは望めないとのことでしたね」
ムー人やそのお誘いに乗られた科学者たちのためにヘブンに行ってひと肌ぬぐべきか、このままとんずらしてわたしと一緒にハワイに行くか。ここは高井先生、よくお考えになってみてください。
しかし何のことはない。結局、ムー人は故郷を失う問題で、今も苦しんでおられるのですねえ。