「スペーストンネル(時空隧道)抜けて」◇第4話◇「目論見書」江坂遊

 お邪魔します。こんばんは。
 もうそろそろお月見団子は飽きられてきた頃かと思いましたが、またお持ちしてしまいました。
「井上先生、ご心配なく。飽きちゃいませんから」
宇宙や星の話にはお団子がお似合いの気がしましてね。月見団子を食べると健康と幸せが得られるとか。昔からの言い伝えがある縁起物です。一緒にいただきましょう。今日は大きさが不揃いで、赤色矮星や白色矮星、褐色惑星みたいなものもあります。
「乙なものです」
 はい。ムー大陸が水没した場所から出てきた石板の解読も随分進んでいます。
「良い知らせです」
現在のわたし達より進んだ技術を持っていたのにも関わらず水没したムー人のその後も見えてきましたし、教授がお悩みになられている難問解読にお役に立ちそうな理論とそのイメージ図も発見しました。教授の研究生達が大喜びしていたので、それがとてつもなく重要なものだと分かりました。
「やりましたね」
 スペーストンネル社の組織図を発見した学生もいます。
「会社組織でしたからね」
この会社の「目論見書」が見つかって、そこに示されていました。投資信託においてその会社の沿革や経理情況を解説するのが「目論見書」なので、会社の状況把握にはもってこいのものですからね。目を通すとスペーストンネル社は本当に投資に値する会社だと思いましたね。
「優良企業ですか」
 組織図の話に戻しますが、エネルギー部、タイムマネージメント部などがあり、興味深い事業をやっている会社だとうかがい知れました。
「エネルギー部は一番重要なポジションだったでしょうね」
その通りです。負のエネルギーの発生確保やその制御をすることが主な役割です。予期せぬ重力波を取り除くなど、トンネル自体の安定性を確保していたようです。
 タイムマネージメント部はワームホールトンネルの出口時空を固定する役目を担う部署でした。トンネルを通過するときに発生する重力の影響を受けた時間の歪みを是正したり、異なる銀河の時間軸を一本にまとめたりしていたようです。出口における宇宙の構造バランスが崩れないように細心の注意を払っていたことは言うまでもありません。
「大事なミッションです」
 法務部、経理部、営業部なども普通にあったようですが、予期せぬ課題解決が必要であったことは想像に難くありません。
「法治国家だったわけだ。資本主義経済も回っていたから、投資に影響する組織体系をきっちり整えたってことですね」
 そのようです。そして、変わり種の部署に清掃部というのがありました。
「それは何とも手広くビジネスを手掛けておられたわけだ」
スペーストンネルを掃除機のように使って宇宙ゴミを片付けてしまおうという部署です。
「理にかなっています」
星が衝突した後に宇宙空間に飛び散った星の欠片なども吸引して、宇宙船の航行に支障がないようにしていました。その清掃部が引き起こした実績が目を引きました。
原始の地球が形成されたとき、軌道上にはもう一つ火星サイズの惑星が公転していて、今から45億5000年前に地球に衝突しました。地球はその惑星により深くえぐられ、生じた破片が宇宙に飛び散ってスペースタイムトンネルの安全性が損なわれそうになったわけです。それで、清掃部は破片をきれいさっぱり吸い込んで清掃処理をして、事なきを得たとか。
「そのまま、月に成長する時間が待てなかったのでしょうか」
やむを得なかったのでしょうね。でも、すぐにテュネル博士のワームホールトンネルを使っての土星の衛星移動実験で、地球に衛星の月が送り込まれました。結果として、そのままでも同じことになったのは、何か強い意思の力を感じます。
「清掃部がなければ。もしかすると、地球には二つの衛星が存在していたかも知れないわけだ」
と思うと、ちょっと絵心がわきます。月見団子のお供えもツーセット必要になったかも知れません。
 さてさてそれで、スペーストンネル社の組織図の話に戻りますが、統括技術部というのもありました。
「えらそうな組織ですね」
実際えらかったんだと思われます。この部署は全技術系部署の補助的機関らしいのですが、その主幹の一人に、エスペステュネル博士の名前が見つかっています。博士はやはり技術者のかなめであったのでしょう。
「裁判は無罪放免となったわけだ」
そうだと思います。
さてスペーストンネル社は、発見した「目論見書」の時点では巨大な会社だったようですが、社の運営が軌道に乗り出すと、独立した会社になってどんどん分離して行きました。
「グループ会社が増える、よくある成功例だ」
やがて巨大企業化の方向性とまったく逆方向の動きも見え始めます。
「また、アクティブな博士が動いたんでしょう」
当りです。そのミニ会社設立の「目論見書」も見つかっています。テュネル博士が社から飛び出て起業したミニスペーストンネル社は最初、会社規模も小さく扱う対象が人間一人の時空移動をサポートするというものでした。
「小さく生んで大きく育てるというやつだ」
ちなみにこちらは、アクティブ型の投資スタイルが適しているようで、ハイリスクハイリターンの投資対象だったようです。
「わたしなら投資しますよ」
ええ、テュネル博士は地球に小惑星をぶつけて一旦は大犯罪者のレッテルを貼られましたが、このミニスペーストンネル社の立ち上げで、ついに神とたてまつられるまでになったようです。順調にハイリターン会社となったのでしょうね。
「博士は神に、ですか。上げ下げが激しい人生ですね」
テュネル博士はミニスペーストンネルを使って有望な惑星に向けて、よく分かっていないのですが、細菌を守る耐久性の高い構造物、つまり生命の種となる微生物の芽胞を降り注いでおられます。
「なるほど。それはまさに神と呼んで差し支えない役割を果たしておられたわけだ」
博士は神と呼ばれておかしくない存在です。地球ももしかするとタイムトンネルを使っての芽胞が届いた惑星の一つなのかも知れません。
「ウーン、ムーン」
神になった博士は何でもお見通しでした。ですから、ムー大陸の水没を予測し、このミニスペーストンネル社の特殊技術活用で既に手を打っておられました。
「ええっ、ムー帝国は水没したから、石板が遺っていたんでしょ」
 大陸は水没しましたが、ムー人を博士はお救いになられたんです。
「ミニスペーストンネルで。そうでしたね」
ところで、高井教授、天使を御存じでしょうか。
「頭の上に光輪が輝いていますよね。あれですか」
そうです。じゃ、あの光のリングは何だとお思いでしょうか。
「頭の上の輪っか!」
ピンときましたね。
「ムー人はテュネル博士という神のおかげで、ミニスペーストンネルを頭上に浮かばせることができるようになったのか」
そういうわけです。いつでもどこでも好きな場所に移動ができるようになったというのがムー人のその後です。ムー人は天使となったのです。
「天使降臨」
それで、研究室の天井を見上げてもらっていいでしょうか。いつもより室内が明るいなと思われませんか。
「ああ、確かに」
それは天井のリング状のライトが一つ増えているからです。お気づきだったでしょうか。
「あっ、あれは何だ」
テュネル博士が今、光の輪の内側からちらりと悪戯小僧のような顔を覗かせています、やっぱり博士はここに来られますよね。高井先生をほっておけないですものね。ほらあそこに。