
お邪魔します。こんばんは。
いつも遅くにお邪魔します。
「かまいませんとも」
高井教授が頑張っておられるマイナス重力発生装置の完成が待たれるところです。
「ウーン、ムーン」
そうですか、もう一息ですか。期待しています。
「まだ、理解できないところも多いのですが、次々に発見されるムー人が遺した石板の論文が、その欠落した場所にはまる場合があるので助かっています」
良かったです。教授のお悩みが解決される部分を早く解読できるようこっちの研究室も頑張ります。
それで今夜はこれを一緒に食べようとお持ちしました。お月見団子です。関西風の俵型のものを用意してきました。ところ変われば品代わる、です。それが、この団子を持ってきたうちの学生がこんな面白いことを言いましてね。
――国境の長いタイムトンネルを抜けると雪国だった――
「川端康成先生の「雪国」の冒頭を少し変えて呟いたんですな」
これには感心しましたよ。
スペーストンネルはアッと言う間に入口から出口に抜けちゃいますが、長い距離を行き来できるトンネルという意味合いでこの出だしの印象的な名文をひねってみると、これはこれでうまく合っているわけです。おかげでスペーストンネルは調節次第でタイムトンネルになるということに気づかされました。
「失礼しました。うっかり、井上先生にそのお話をしていませんでした」
いえ、教授のところの研究者にうちの部屋で教えてもらいました。すると、スペーストンネルがあれば今すぐ地球の氷河期にでも行けるんですな。わたしは寒がりなのでそんな時代には行きたくはないですがね。
「わたしもですよ」
そうしたらやはり、出て来ました。睨んだようにこの機能を使った事例文献がムー人の石板に彫り込まれてありました。
ええ、石板の解読は進んでいます。今日はそういうわけで、スペーストンネルをタイムマシンのように使った事例を発見できたのでその報告にあがりました。
「今度はタイムトンネルですか」
実は土星の衛星を地球の衛星にしたのはミスではなかった、ということが分かっちゃいました。思いっきり引くでしょ。
「待ってくださいよ、ちょっと待ってください。ミスじゃなかった?」
あの「始末書」を書いたのがエスパステュネル博士だったということも分かりました。
「何か因縁めいたお名前ですね。日本語に翻訳すると宇宙トンネルでしょ」
そうなりますね、面白いお名前です。
テュネル博士はミスしたわけではなくて確信犯だったようで、逃走した博士を探すために「手配書」がばらまかれていました。
「ウー、ウォンテッド」
紙に印刷して来ましたが、この目元あたり、高井教授に似ているんじゃないかなんてうちの助手が言っていまして。まぁ、それは戯れ言ですが。
「西部劇じゃあるまいし。しかも似顔絵ですか。これがわたしに似ているってことですか、目はパッチリしていますが、似ていませんよ、絶対に」
まぁ、それはともかくテュネル博士は、すぐに捕まったようです。
「なぁんだ」
でしょ。人騒がせな。で、次にその裁判記録が出てまいりました。
「裁判の記録ですか、うまく見つけたものです。博士が吊るし首になったって驚きはしませんが」
いやいいや、そんな展開ではありません。あの月を今の位置に送り込んだのはミスではなく用意周到な実験だったようでしてね、さらにもっと凄いことをしでかしていたことが、その後に判明しました。研究者達って実は今も昔もおしゃべりな人種ですから、ついつい大事な秘密を漏らす者もいたんでしょう。
実は……、小惑星の衝突による白亜紀末期の大量滅亡。あれを引き起こしたのが、テュネル博士だったのです。
「なぁんとまあ。凄いことをやってのけちゃっていたわけですね」
にわかに信じがたいことですが、まあ、博士なら確かにやれちゃいますね。
「ウーン、ムーン」
スペーストンネルをタイムトンネルにして、小惑星を地球にぶつけてあの恐竜大絶滅をやってのけたわけですよ。テュネル博士は半端ない環境破壊の罪に問われています。
「それは問われても仕方がない」
でも思えば、その絶滅から逃れられた哺乳類が進化して、恐竜から天下を奪い返し、人類の繁栄謳歌の今があるわけでしょ。もし、あのままなら恐竜から進化した狂暴な知的生命体が地球を支配していたかも知れないわけです。
「その観点を見落としていました。言われてみればその通りだ」
博士は人類の大英雄だったという見立てもできるわけですよね。
「まさしく」
博士は最悪の恐ろしい未来を見たのかもしれません。恐竜の世界になるのを止めようとして、スペーストンネルで小惑星を誘導して衝突させ、地球の悪しき未来をリセットしたのではないか。
「そうか、あの衝撃を分岐点にして地球の未来は別の時間線に乗り替えたんだ。未来が変わった。パラレルワールドに移って、以前の未来世界を葬り去った」
と考えて問題ないんじゃないかと思うわけです。
「そうしていないと、今の哺乳類の進化がなされていないんだ」
そんなわけで、誰かがそれをやらないといけない、それは自分ではなかろうかと気づいたのかも知れません。
「仮説として、考えられなくもないですね」
事実、ムー人の弁護士がそんな説を主張していて、黙秘を貫いている博士を擁護していました。支持もしたくなってきます。
「良くない未来を変えてくれたとしたら、弁護士に頑張ってもらいたくなってきました。井上先生、もう結論が分かっているのでしょ。勿体ぶりますね」
そうですね。お知りになりたいですよね。博士はその後どうなったかを。ところが、博士は拘留中に突如姿を消してしまったようです。
「ええっ、自らの潔白を証明せずに、というのは理解できないなあ」
ミニスペーストンネルを使って、未来に飛んだのではないかというのがうちの学生の想像です。
「ミニスペーストンネルって何ですか。まぁ、ひとり分用のスペーストンネルじゃないかと想像はつきますが」
ええ、その通りです。教授が今、頭打ちになっておられる課題の答えは、テュネル博士がもうすぐここに現れて、その解を教えてくれるのではないかなどと考えている学生もいます。
「願ってもないことだ」
都合が良すぎて、楽観的過ぎるかも知れませんが。
「ありえなくもない」
もう一人、ヘンな意見を言う学生がいましてね。この説は当たらないで欲しいんですが、いや勿体ぶりませんから。これもお話しますよ。
「よろしく」
留置されていた場所から博士が脱出したところまでは、石板を読み進んで、それは記載されていた事実と分かりました。でも違うのは、その先の行動です。
博士は哺乳類の進化もうまく行かなかったのを見届けたので、月を地球に衝突させる時間の設定をしたのではないかと彼は考えました。
「じゃ、人類滅亡までカウントダウンに入っているというのですか。くわばら、くわばら」
ええ、教授、いずれにしても我々の手で早くスペーストンネルのテクノロジーを手に入れておかなければなりません。急がせてすみません。
「ウーン、ムーン」
はい。わたしは手配書の顔が教授に似ていたので、先祖にあたるテュネル博士が子孫である教授を助けにやってくると思っています。
「何を言い出すのですか。そうか、するとわたしひとりだけが助かるのか」
ええっ、そんなつれないことを冗談でも言わないでくださいよ。