「スペーストンネル(時空隧道)抜けて」◇第2話◇「意見書」江坂遊

 お邪魔します。こんばんは。
 研究室同士の連携がこんなにうまくいくとは思ってもみなかったですよ。うちの文系学生と高井教授のところの理系学生の連携がスムーズでね。
「井上先生のおかげです。本当に喜ばしいことです。あれから更に石板解読スピードが上がって来ました。勢いは知的興奮から来ているのでしょうが。これこそ研究者冥利に尽きます」
 そう言っていただけると嬉しい限りです。地味な古代言語研究も脚光を浴びそうで、うちの学生もアドレナリンがたぎっていますよ。
ところで、先の超古代ムー人が遺した石板に彫られていた「始末書」は実に衝撃的でした。ええ、あの「ワームホールトンネル工事」のことです。衛星軌道の計算ミスか何かから、トンネルをくぐって土星の衛星を吸い込んじゃったということが分かった件。ええ、ぶっ飛んだ話でした、あれは。
「同じ思いです」
で、またそれからのムー人の技術発展の歴史がどんどん分かってきました。それで、これは先生の耳にも入れておかなければならないと、今夜はこうやってお邪魔しました。お土産の月見団子です。
「いつも楽しみです」
お好きでしたよね。串に刺さっている団子を月みたいな衛星に見立てると、これは衛星直列状態ですね。
「愉快です」
お茶の用意までさせてしまい、すみません。そうですか、ここの研究者はみんなうちに来ちゃっていましたものね。教授が大らかなのが救いです。
「いやいや、井上先生の人徳でしょう」
で、あれからすぐに「意見書」というのを見つけたんです。そうです。「始末書」の次が「意見書」という順番です。
「何を意見するというのか、想像もつきません」
はい。その「意見書」だけでは解釈しにくかったんですが、石板のその他の資料の解読が進んだおかげで、徐々に色んなことが分かりだしてきて、最近、ようやく話が見えてきた気がします。
「それは何よりです」
スペーストンネルというカンパニーがあって、「意見書」はそこで働いている技術系マネジャー達とその上の中間管理職達が、経営上層部あてにまとめた緊急提案だったのです。
 どうやら、このスペーストンネル社は、太陽系の惑星にストレスなく移動できるワームホールトンネルをいくつも建設し、惑星間物流を独占的に運用管理して大成功をおさめていたようです。
「既に実用化されていたわけだ」
そういうことになります。ムー帝国と呼ぶのは適切かどうかわかりませんが、会社組織は存在していたようです。その会社では、あっちの星から鉱石を発掘してこっちに運ぶ。地球で希少になった食材を運ぶ。ヒト型宇宙人を労働者として運ぶ。
地球のエネルギー問題や食糧問題、それに労働者不足問題を一気に解決できるので、このシステムモデルは我々にとって見習うべきことが多く含まれています。何しろ、ムー大陸は水没しちゃっているわけで、しかしこの技術を水没させたままにしておくのはもったいないわけです。
「ウーン、ムーン」
そんなお顔をなさらずとも。
 さて、その「意見書」ですが、本論ではとてつもなく巨大な入口を持つワームホールトンネルを作る計画を立てていました。
「そのようで」
でも、ここで立ち止まって考えてみますね。惑星間物流がいくら発達しても、たくさんトンネルを建設すればそれで解消できるんじゃないかと思うんですよ。今あるトンネルの間口を広げる技術もあるようですから、何故そんな巨大なものがいるのかと疑問に思ったんです。
「確かにそれはそうですね」
ちょっと首をひねりました。
「技術的課題があって挑戦してみたくなったのかも知れません」
それもあったかもしれませんが、そんな純粋な理由からだけではなかったようです。
 ある危機が解明の糸口となりました。
「危機って、クライシスの方?」
ええ、そっちの危機です。銀河と銀河が衝突するという事象が宇宙では頻繁に起こっているようです。高井研究室の学生に教えてもらいました
「そうなのですよ。宇宙天体望遠鏡の観測結果です」
ああ、そうですか。知りませんでした。今でも観測できていることなのですか。いや、何か恐ろしいことですね。
「銀河は星と星の間がスカスカなんでね。まぁ、すり抜けちゃうこともあるし、むろん星同士がぶつかることもあるわけですが」
でも、当たったら大変だ。これまで築いてきた文明が一瞬で消えてしまう。
そこでスペーストンネル社の技術者達などは何と驚いたことに、銀河を丸ごと移動できる超巨大なワームホールトンネルの需要があると思いついたようです。
「もはや、スケール感についていけないトンネルの規模ですね」
言い換えれば引っ越し事業に商機を見出したという風に捉えることが出来そうです。
「商機を見出したっていうのは、勝つ気持ちの勝機ですか、ビジネスチャンスの方ですか」
二つの意味にとっていただいて結構です。その技術開発に今から取り組んでおくと、莫大な利益、まさに天文学的な財を得られるとか。
「けれども、どうやって徴収するのか、誰から徴収できるのか。まぁ、物理学者の僕が心配することでもそれはありませんが」
 何とかうまくやれると踏んだのでしょうね。地球にお声はまだかかっていませんが、統治組織がある銀河もあるのでしょう。そこが支払うのでしょうかね。
「ああ、あっても不思議じゃないか」
読んでいると発起人達のいらだちが伝わってきます。なぜ早期に取り組まないのか、経営陣の資質を疑うとまで筆は進み、怒りを含んだ言葉で綴られた「意見書」となっていたのです。なんとも稀有壮大な発想だと仰天しました。
「ウーン、ムーン。言い値のふっかけで、莫大な利益が出そうだ」
 ええ、巨大なワームホールトンネルはまさに富を得る手段の極めつけと言ってよいかと思われます。確かにね。
でも、噴飯ものです。生命救済という観点からこれが語られていないのはどういうことなのかと。
「いや、おっしゃる通り」
わたしは彼等に対して「意見書」を書いてみたくなりました。
「いいですね」
 で、スペーストンネル社は速やかにその実験に着手したようです。つまり「始末書」の失敗をこの「意見書」で成功に変えようというわけです。
「ああ、なるほど」
まずは手始めに惑星クラスの大きさのものから移動をということで、ベータ銀河のある惑星でそれを試みようと考えました。そうこうしていて事前調査したところ、ベータ銀河が隣のアルファー銀河と衝突すると判明したわけです。
「おお、大惨事が待ち受けていた」
ベータ銀河にはムー人が住む星が属している銀河でしたので、自分達に危険が迫っているということが分かりました。
「持って回った言い方になっていますが、それって地球が属しているのもベータ銀河なのでしょ。危機だというのはそういうことですね」
はい。ちょっと間が抜けているなと思いませんか。ムー人にはそんなところがあるのです。
「超古代は大変だったんだ」
とにもかくにも。まず急いで最初にやらなければならないことが見つかったわけですよ。
「とりあえず、気づいて良かったです」
それで、銀河がない場所に巨大ワームホールトンネルの出口を設定したわけです。
「ウーン、ムーン」
 ええ、つまりミルキーウエイ銀河は、スペーストンネルを抜けて今の場所に引っ越してきたというわけです。そうなのですよ。ええ、月という衛星もつけてのあっと言う間の移動は、大成功した模様です。
 高井教授、聞くところによると我がミルキーウエイ銀河は四十億年後にアンドロメダ銀河と衝突するということが分かっているそうじゃないですか。
「そうでした。そうでした。けれどそれは過去にもあったことなんだ」
まぁ、それまで時間があると言えばあるわけですが、それまでにはワームホールトンネルを作れる水準に、我々も達しておきたいものです。頑張ってください。
「そんな他力本願ではなくて、ですね、井上先生の石板文字解読がもっと進みますようにとわたしは願わざるを得ません。アウッウ」
 あっ、月見団子が喉に詰まりましたか。
「大丈夫です」
心配しました。良かった。その苦々しいお顔は……。
「ああ、お茶のせいです。ニガイ」
そうですね。お抹茶の粉入れ過ぎましたね。よろしくお願いいたします。
「井上教授、実はまたアンドロメダ銀河との衝突が回避できても、どっちみち太陽は四、五十億年後には巨大化し地球も巻き添えをくらいます」
そうなのですね。そうか。地球はまたそれまでにはどっかに引っ越しておかなければならないと決まっているのですね。なるほど。
「いやなことを思い出してしまいました。しかし、スペーストンネル社は偉大ですね。その成功実績は宇宙のあちこちで見つけられると言っていいかも知れません。ほら、宇宙には銀河が観測できない空洞の領域があって、ボイドと呼ばれていますが、それですよ。あれは銀河を別の場所に移動させたその跡地と考えていいんじゃないか、と思います」
 そんな場所があるって観測結果が出ているのですね。
「はい、そうです。けれど、スペーストンネル社の復活をわたし達の研究室が託されたと思うと、少し元気も出てきました」
高井先生、思えば皮肉なものですな。
その混乱ぶりが石板から読み取れましたが、ワームホールトンネルという、もの凄い技術を持っていたムー人達でしたが、自分の足元、ムー大陸の沈下水没を未然に防げなかった。石版という重いものは遺してくれましたが、何をやっているんだか。