「スペーストンネル(時空隧道)抜けて」◇第1話◇「始末書」江坂遊

 お邪魔します。こんばんは。
今夜はお月さまがくっきり見えてとても綺麗です。中秋の名月だとか。研究に没頭していると、季節の移ろいを味わうことができなくて、時おりハッとすることがあります。
「井上先生、まったく同感です」
そうですか、教授も同じですか。遅くにすみません。明かりがついていましたから勝手に入って来ちゃいました。これはいただきものですが、お月見団子のお裾分けです。
「美味しいお茶をいれましょう。いいタイミングだ」
 先生は、与那国島の海底遺跡から見つかった石板から、ムー大陸で使われていた文字が読み取れたというニュースを覚えておいででしょうか。ええ、あの当時は随分、話題になりましたが。
「もちろん存じ上げております」
 実はあの文字を解読したのはわたしの研究室でして、それからというもの引き上げられた石板はうちの研究室にすべて運び込まれてきましてね、ええC棟です。もう床が抜けそうになっています。相当重くて。今やギックリ腰をやっている学生ばかりの研究室です。
「お噂はかねがね」
 昨日、その石板ですが、興味深い一枚が運び込まれてきたんです。これがムー大陸の超古代技術がいかに優れていたかを物語っているもののようですが、専門用語が多すぎて私たちの手には負えません。それで教授に助けてもらいたくて、ここにやってまいりました。
「ああ、わたしがお役に立つなんていうことはあまりないかも知れませんが、そうお考えくださるのなら、いくらでもご相談はお受けしましょう」
 そう言っていただけると、本当に有り難いです。ですが、先生の研究にお役に立つかどうかまではよくわかりません。
「いや、うちの研究室は専門の理論物理だけじゃなく、実験や装置づくりまでこなしますから、研究対象は幅広いのです。学生も刺激になって喜びます」
 そこまで言っていただけるとは思ってもみませんでした。では、早速甘えてしまいます。
「どうぞ、どうぞ」
これが石板に彫り込まれてあったものを現代語に訳したものです。やはり、紙は便利ですな。で、タイトルは『始末書』となっています。
「それは興味津々ですね。しかしいきなり『始末書』ですか。ククク」
そうですよね。笑いますよね。笑っちゃいますよね。断然、興味わきますよね。昔も今も他人の失敗ほど知りたくなるものはないですから。
「いや、そうでしょうとも」
 前半はどうやら、地球から少し離れた場所から土星近くに抜けるトンネル工事のことについて書かれてありました。学生が「ワームホールトンネル工事」と命名しましたが、それでいいですかね。
「いいと思います。まさに絶妙」
合っているんですね。良かった。
 これがなんかとんでもない工法でして、まずは木星十個分くらいの重さの塊を二つ作って、それぞれ三十センチほどの球体に圧縮していく方法が書かれています。
「ええっ、そんなことができるとしたら夢のようだ」
そうですか、とんでもない技術ですか、やっぱり。
「息ができないほど、凄い。でも、周りの空間が、こんな風に」
 はい、そうですか。そんなものを作ったら球体の周りの空間がへこんでいっちゃうんですね、ええ、先生のおっしゃったことは図示されています。ここですね。
「ええ、これです」
それから、二つできたくぼみにマイナスのエネルギーを注入してトンネルの壁というか膜を強化するとあります。
「負のエネルギー、そうか、やはりあったんですか。寒気がしてきました。なおかつ、それを自在に作り出せるとは。ビックリしました。最先端科学でも解き明かされていない謎の一つなのに」
そうですか、マイナスのエネルギーはまだ現在の科学では解明できていないんですか。凄いですね、おそるべし古代文明ですね。
 で、先ほどの二つのくぼみ同士をつなげると、空間に穴があき、地球と土星を結ぶ最短距離のトンネルができ上がるようです。
「途方もないことを。それにトンネルだって言っていますが、図解説明では、何か金魚すくいで使うポイの輪っかのようなものが描かれています。このポイの厚みがトンネルの長さの感覚なのでしょう。彼等にかかればこの長さも自在に調節できるのでしょう。しかし、それができるというのは凄いなあ。それから建設土木工事と言っても、想像を超える域に到達していました。何しろ一方から、プロジェクトマッピングの装置みたいにですが、夜空に出入り口を投影しただけでトンネルができちゃうというのですから、魔法のようで驚きました」
ええ、凄いとしか言えないです。ほんとうに凄いですよね。
「是非とも、ここに書かれた数式を吟味させてください。重力の加減が難しいはずです」
 空間がへこむほどの重量の加減が問題なのですね。
「はい。ブラックホールにならないようにしなければならないのですからね。これを発表すれは、大騒ぎですよ。テュネル理論と名付けられているようですが、これはノーベル物理学賞ものです。賞は三つも四つもとれそうだ。それに実用化できそうな気になってきました。まあ、こちらに細部まで読み解く力があればという但し書きがつきますが」
大発見が三つも四つもあるわけですね。ワクワクしてきました。通行可能な「ワームホールトンネル」がこの工法で実現できそうだって言われているのですね。いや、それほどのことが書かれてあったとは思いもよりませんでした。二人でノーベル賞の同時受賞間違いなしですか。それじゃ、受賞スピーチを考え始めておかなければいけませんね。
「本当だ」
 ですが、まだこのお話は続いています。工事をやってみたところ、ちょっとしたミスを犯してしまったようです。
「ミスですか」
ええ、どんなミスかというと、土星近くの空間に空けたトンネルの口から、土星の衛星を一つ吸い込んじゃったようでしてね。
「小惑星の周回軌道を考慮していなかったのか、予期せぬ事故があったのでしょうか」
だから表題が「始末書」だったわけです。これで、トンネルだけに話もつながりました。
「高井先生、お見事。ククク」
ちなみに「ムーン」という名付けはムー語で「ムー人のミス」からきています。愉快です。
「ウーン、ムーン」
 教授、窓から大きな月が見えていますが、あの近くに土星行きのトンネルの口がきっとあるのでしょうね。