うちのクラス、五年三組に転校生が来た。夏休みが終わって、新学期が始まってから三日目のことだった。
たまたまあたしのとなりの席が空いてたのでそこに座ることになったんだけど、その子がなんかちょっと変わった男の子なんだよね。どこが変わっているのかって言われてもすぐには答えられないんだなこれが。何となく変わってるって感じかなあ。
そうそう、その男の子の名前だよ。先生が教室に連れて入って来て、「新しいお友達です」って紹介をする時に、黒板にその子の名前を書いたんだけど、それを見て教室がざわめいたんだよね。
「山田一男」
みんな、なんだそりゃって感じだったんだと思う。だって、うちのクラスの男子たちの名前って、「真理音(まりおん)」とか、「海来(みらい)」とか、「蕾智(らいち)」とか、キラキラネームってやつなのか知んないけど、そんな名前ばっかし。まあ、あたしたち、女子も負けてないけどさ。そんな中で、「山田一男」はちょっとしょーげき的だったかも。
でもまあ、顔はけっこうかわいいんだよね。よく見るとね。ときどきお話をするときなんかにね、その子の顔を見て、なんか目と目が離れてるなと思ったことがあるんだよね。でも、もう一度よく見るとそんなことはなくて、大きな目がバランスよく並んでるんだ。鼻がみょうにとんがってて、鼻の穴も変な形だなと思ったりしたこともあったけど、「ん?」と思って見直すと、そんなことはなくて、きれいな普通の鼻だったりするんだ。
まだうちの小学校の教科書を持ってなくて、しばらく見せてあげてたとき、その子の教科書を持つ手の指が親指以外に五本あるように見えて目をこすったんだ。そのとき、あたしを横目で見ながら「ちょっと油断しちゃったかな」って、小さな声で言って舌を出したんだ。教科書を持ち直したときはもう指の数は普通だった。
見まちがい? 気のせい? なんか変なのね。なんか変だけど、どういう風に変なのかわからない時に使う言葉があったわよね。異常……、じゃなくって……。い、や、かん、とか? そうそう『いわかん』だ。「い~、わかんねえ~」って感じかな。
その子はさ、性格がさ、妙に人なつっこいというか、はっきり言って人なつっこすぎるんだよね。放課後、あたしが家に帰ろうとして教室を出ると、「ねえねえ、一緒に帰ろうか」って言うんだよ。いきなり初日からだよ。まあまあ顔はかわいいので、いいかなってことで一緒に帰ったのよね。ところがさ、あたしの家の前まで来ると。「じゃあね。また明日」って言って、帰って来た道を引き返していくじゃん?
なにそれ? あんたの家、方向がいっしょじゃなかったのかよ! って、突っ込む相手ももういなくなってるし。家の前で、しばらくその子が帰って行った方を見てたんだ。
それから三日後の日曜日だった。その子がうちへ遊びに来たんだよね。それがアポなしだよ。しかも朝の六時だよ!
みんな寝てたわよそりゃ。まだ眠くてぼ~っとしてるあたしの部屋に上がり込んでさ、寝ぐせが付いたままのすごい頭のお母さんがいれたお茶を飲んだり、お菓子を食べたり。ウサギのアップリケが付いたおけいこバッグに入れて、何を持ってきてるのかと思ったらアルバムだったのね。それを見せるから、あたしのアルバムも出して見せっこしようって言う事らしいの。
それでさ、そのアルバムを見て行くと、写ってる風景が、どう見ても日本じゃないんだよね。
赤茶色の岩の上にぽつぽつと、石を積み上げたどっかの遺跡かと思うような家らしい建物が建っていて、その一軒の家の前に、だいぶ小さい頃の山田一男くんが笑顔で写ってる。別の写真では、ジャングルのようなところで、高い木の枝から太いつるでぶら下がった家らしいものの丸い窓から顔を出して手を振っているのは、もっと小さい頃の山田くんだった。そうかとおもうと、超高層ビルを背景にして家族三人で映っている写真のその空には小型の丸っこい自動車みたいなのがいっぱい飛んでいる。これはいくら何でも遊園地かどっかの写真だよね。
「あなたって、外国に住んでたの?」
そうあたしが聞くと、「そだよ」と言ってにこにこしてるだけ。
そのアルバムの中の一枚に、学校の校門らしいところで撮った写真があったんだ。その写真には画面全体に白いものがいっぱい映ってた。
「あ、これきみの入学式のときの写真? すごい桜の花が散ってるんだね」
「そだよ。入学式」
「でもさー、このあんたの顔、なんかひきつってるね」
「だって、ぼくたちの星では入学式って真冬なんだ。それ雪が降ってるの。大雪だったので寒くて死にそうだった」
「ぼくたちの星って、あんた……まさか」
「そだよ。お父さんの任務でここへ来てるんだ」
「に……任務って。それってどゆこと?」
「だからさあ、ぼくたち、この地球っていう惑星の調査に来ててさ……」
その時、カギがかかっていたはずの窓がガラリと開いた。そしてそこから、体にぴったりした上下つなぎの銀色の服を着て、ボタンでいっぱいのにぎやかなベルトをしめ、いくつもライトが点滅しているヘルメットをかぶった男の人が入って来たんだ。そう、あたしの部屋って二階にあるのにさ。
男の人は山田一男くんのそばまで来ると、その頭をピシャンと叩いた。そしてあたしの方に向きながらポケットをごそごそしてたと思うと、取り出したのはチュッパチャプス。男の人は「これじゃない」というようにしかめっ面をしたけれど、包み紙を取って口に入れた。それをなめながら、またポケットをごそごそ。今度は小さなペンライトみたいなものを取り出して、あたしの目の前に持って来たんだ。
その先が、青白くとても明るく光った。
男の子が見せてくれたアルバムはどこの家にもあるような変わりばえのしない写真ばかりだった。どこから転校してきたのか知らないけど、ここと同じような街みたいだね。
それから1時間半ほどどうでもいいような話をすると男の子は帰って行った。「また来るね」と言いながら歩いて行くのは、最初の日に帰って行った反対の方向だった。
あんたの家って、いったいどっちにあるんだよ。
学校の掃除当番の日に山田一男くんと、いっしょに体育館の裏のごみ捨て場にやって来た。すると、六年生の男子が三人、体育座りをして漫画を読んでいた。
まずい、と思った。この三人て、先生も手を焼くいじめっ子集団なんだ。
「お、山田一男が来たぜ」
身体が中学生ほどもある、三人のボス的存在の男子がこちらを見ながら言った。山田くんの名前、知れ渡ってる~。ちなみに、この六年生の名前は佳音(かのん)っていう、顔に似合わないかわいらしい名前だ。
「おい、お前ら。先生に言いつけると承知しないぞ」
学校には、漫画を持って来てはいけない事になっているんだよね。
「今からお前らを身体検査する。こっちへ連れて来い」と、ボスが言った。
あとの二人がうしろに回って山田くんの両腕をおさえると、服を探り始めてすぐ、「ん?」という顔になった。ポケットになんかあったらしい。取り出すと、チュッパチャプスが五本出てきた。
「なんだお前。いいもん持ってるじゃん」
それを自分のポケットに入れ、また他の物がないかと調べ始める。
「なんだこれは?」
こんど、上着のポケットから出て来たのはグリコのチョコポッキーが二箱だった。
「こ、こんなもん、学校に持ってきていいのかよ」言いながらまた自分のポケットにしまう。転校生はただニコニコしているだけだった。
あと、ポテトチップスやベビースターラーメンや、お菓子ばっかり次々出て来るので、いじめっ子たちも呆れた顔をしている。
「ありゃ。これは何だ?」と、最後にボスが山田君のポケットから取り出したのは、はじめて見る物だった。
あれだよね。かっこうは楽器のオカリナに似てて、でもアルミかなんかでできてる感じで、押さえる穴の代わりにボタンやダイヤルがいくつかついてるのね。
「それはさあ、パラライザーだよ」
山田一男くんはニコニコしたまま答えた。そして素早く、おさえられている手を振り払うと、ボスからそれを取り上げたの。
「お父さんに内緒で持って来てるから、これは駄目だよ」
「お前らそいつをつかまえろ!」
あっさり羽交い絞めにされた山田一男くん。
「おれにさからうのか!」
そう言いながらボスはげんこつを振り回したけれど、山田くんがよけたわけでもないのに空振りをしたんだ。その時、山田くんの手のパラライザーとかいうものの先っちょが光った。そのとたん、いじめっ子三人は身体をふるわせ、目を回し、草の上にへなへなって倒れてしまったんだ。あたしがうろたえていると、頭の上の方から変な音が聞こえてきた。「ピロピロピロ」って感じ。すると、あたしの目の前に、ふわりと変な男の人が降りてきた。体にぴったりした上下つなぎの銀色の服を着て、ボタンがいっぱいついたにぎやかなベルトをしめ、いくつもライトが点滅しているヘルメットをかぶっている。頭の上には、遊園地にでもありそうな銀色の丸っこい乗り物が浮かんでいた。
男の人は、歩いて来ると山田くんの頭をぴしゃりと叩いてパラライザーを取り上げた。そしてポケットをごそごそして取り出したのは、うまい棒めんたい味だった。これじゃない、と、しかめっ面をしながら袋をあけて、かじりながら別の物をさがした。
「いやあ、この星のお菓子ってみんなうまいんだよな。止められなくってさ」
そう言いながら、今度ポケットから取り出したのは小さなペンライトみたいなもので、それをあたしの目の前に持って来てスイッチを入れた。
その先が、青白くとても明るく光った。
なんだか前にもこんなことがあったような気がしたけれど、思い出せなかった。
ごみを捨て終って、教室へ帰ろうと歩き出すとゴミ箱の陰で漫画を読んでいたいじめっ子三人組と目が合った。ドキッとしたけれど、その中のボスの男子は、照れくさそうな笑顔でこう言っただけだった。
「先生に言いつけないでくれよな。漫画持って来てる事」
それから何か月もたって転校生はあたしだけじゃなく、クラスの誰とも仲良くなっていた。クラスになじんだというか、なじみすぎって言うか。
学期の途中で席替えがあり、山田一男くんと席が離れてちょっと寂しいような気持ちがしたときは、「なんで?」と思った。そして、ふと考えたんだ。なんだかあいつ、またどっかへ転校しちゃうんじゃないかって。それを想像すると胸がちくりとして、自分でも驚いた。うちの小学校は、親の仕事の関係で、転校して来たり、転校して行ったりする子がわりと多い。前にも大の仲良しだった女の子が転校してしまった事があって、めちゃさみしかったけど、まあ同じ日本に住んでるじゃんと思えばそんなでもなくなったっけ。
でも、でも、山田くんって、また転校しちゃうと、もう会えないような気がするんだよね。なんでかわからないけど、もう絶対に会えないような気がして胸がチクチクするんだ。
日曜日の夜、宿題を片付けてホッとして窓を開けてみた。その時、真っ暗な空に大きな流れ星が流れた。とても明るく青白く光っていた。光の線が空に残り、それはなかなか消えなかった。
机の上に食べかけているチュッパチャプスがあった。今まで一度も食べたことがなかったのに、昼間、お母さんと買い物に行った時になんとなく買ってしまったんだ。なんでだろ。
もう一度空を見上げると、流れ星の残した線は消えてしまっていた。
次の日。当番で、いつもより早く学校に来た。もう一人の当番の子はまだ来てなかった。
誰もいない教室に入って黒板のすみっこの「今週の当番」の所に、自分の名前を書こうとした。先週の当番の名前があるはずのそこには「山田一男」とあった。なに、このダサい名前。誰かがいたずらで書いたんだろうな。
黒板ふきでその名前を消したその時、きゅうに何だかさみしくなった。
後ろを振り返って並んだ机を見た。私のとなりのだれも使っていない机が気になった。でも何も思い出せなかった。
「ごめ~ん。おそくなっちゃったー」
もう一人の当番、江頭騎士(えがしらナイト)くんが入って来た。