「アイス」川島怜子

「友達、ほしいな……」
 大学に入学して一人暮らしを始めた清香(さやか)は、非常に内気なので友達がまったくいない。
 今日も家に帰り、一人でご飯を食べて、課題を仕上げて眠るだけだ。
「……『友達アイス』?」
 妙な看板を見かけた。こんな店、あっただろうか。アイスクリーム屋さんのようだ。
 清香は好奇心に勝てずに店内へと入った。
「……いらっしゃい」
 愛想の悪いおばあさんが、やる気なさそうに呟く。
 店には「友達アイス」と手書きで書かれた、アイスクリームのショーケースが置いてある。かなり古そうだ。
「あの……『友達アイス』ってなんですか?」
「食べたら分かるよ」
 おばあさんは清香に右手をさしだす。清香はアイス代を渡した。
 ショーケースにはたくさんのアイスバーが入っていた。でも一種類しかない。
 清香は、なんとなく一つ選んだ。
「ここで食べな」
「えっ?」
 おばあさんに言われて、驚いたが、道を歩きながら食べるよりはいいかと思い、従った。前歯でかじるとシャクと音がして、たちまち口の中で溶ける。スポーツドリンクのような味だ。一口かじるごとに、甘かったり、酸っぱかったり、いろいろな味になる。不思議なアイスだった。
 食べ終わって棒を見たら、文字が見えた。
「……『あたり』?」
「あー、あたりだね」
 おばあさんは両手でポンと音を鳴らした。
 いつのまにか、おばあさんの横に、人が何人か立っていた。老若男女そろっている。
「この中から一人お選び」
 清香と年が近そうな女性がいた。目が合うとにっこりと微笑みかけてくれた。
「じゃあ……この人」
 女性の腕をとった。女性は笑顔で話しかけてきた。
「あなたのその髪型、とても似合っているわ。それに服もとっても素敵。あなたと友達になれて嬉しい!」
 清香は天にも昇る気持ちになった。
「友達ができました! もっと友達がほしいです。もう一つ、アイスをください!」
 清香はおばあさんに小銭を渡し、アイスを急いで食べた。棒の文字を読みあげる。
「え……『はずれ』?」
 毎回あたるわけではなさそうだ。
「はずれだね。じゃあ、この中から……おや、今は一人しかいないね。じゃあ、こいつを連れておいき。この『友達』は他の人には見えないよ」
 はずれの男性は、清香よりだいぶ年齢が上だ。イライラしている。
「初めまして……」
「なに、寄り道してんだ! さっさと家に帰れ!」
 いきなり大声をだされ、清香は怖くなった。おばあさんにお礼を言い、下宿へと戻る。
 あたりの女性と、はずれの男性は、清香と並んで道を歩いていく。
「ほら、さっさと歩け!」
 男性に怒られ、びくびくしながら歩を早めると、女性が優しい口調で話しかける。
「景色を眺めたりしながら、ゆっくり帰りましょうよ。あら、この花、綺麗ね」
 女性に従うと、今度は男性が怒鳴る。
「道で立ちどまるな! 通行人の邪魔だ!」
 小走りで慌てて家に帰った。
 部屋の中でも、二人は正反対のことを言い、清香は混乱した。
「ほら、さっさと寝ろ!」
「は、はい……」
「ハーブティーを飲みながら、好きな音楽を聴いて、ゆっくり眠りにつきましょう」
「そうですよね」
 その内、二人はケンカしはじめた。
「こいつを甘やかすな!」
「まあ! あなたがガミガミとうるさいからです!」
「なんだと!」
「なんですって!」
 二人のケンカは一晩中続き、清香は一睡もできなかった。
 清香は翌日、もう一度お店に行った。
「二人がずっとケンカするんです。徹夜でフラフラして大学の講義もうけられません。このままでは眠れなくて体を壊してしまいます。なんとかなりませんか?」
「アイスをお食べ。『かえす』がでたら、一人返せるよ」
「分かりました」
 清香はおばあさんにお金を渡し、猛然とアイスを食べた。
「え……『なかま』? なにこれ?」
 その瞬間、目の前が真っ暗になった。

 足元がフワフワしている。宙に浮いているのか、地面の上なのかも分からない。
 清香の目は開いているが、体は動かない。恐怖も感じない。人形になったみたいだ。
 暗闇の中、どこからかおばあさんの声がする。
「……ふんふん、なるほど。あんたは善良な性質だね。じゃあ、『あたり』のグループに入れよう」
 どれぐらい時間が過ぎたのだろうか。
 気がつくと、清香は気をつけの姿勢で立っていた。
 お店の中だ。横におばあさんがいる。友達になってくれた女の人もいる。他にもたくさん人がいる。
 制服を着た高校生の女の子がこちらを見ている。手には「あたり」と書かれた棒を持っている。
「この中から、一人お選び」
 女子高生は迷っているようだ。
 自分を選んでほしいと思った清香は、目を合わせて笑いかけた。
「この人にする」
 女子高生は、清香の腕をとった。
 その途端、清香の口から自然と言葉がでてきた。
「あなたのその制服、とってもかわいい! 友達になれて、とっても嬉しい!」
 相手は一瞬驚いた表情になったが、そのあと笑顔になった。
「わーい、初めて友達ができた!」