「三つのお願い」川島怜子

「あー、なにもしたくない。毎日ダラダラしていたい……」
 雄介(ゆうすけ)はアパートの部屋に転がったまま呟いた。
 すると、どこからか声がした。
「あなたのお願いを叶えましょう」
 部屋の中に光がさしこみ、白い女性が現れた。長い髪も、ドレスも純白だ。背中に白い羽が生えており、右手に星がついたステッキを持っている。
「妖精です。あなたのお願いごとを三つ叶えてさしあげましょう」
 雄介は慌てて飛び起きて、正座をした。
「すごいチャンスだ。そういや、家賃が溜まっているな。家賃を払ってほしいな……」
「はい、叶えましょ……」
 妖精がステッキをふったとき、雄介は大声をだした。
「いや、違う、違う! 今のは一つ目のお願いじゃない!」
「分かりました」
 妖精は静かに答えた。
 雄介は興奮した口調でまくしたてた。
「こんなことで一つ使ったらもったいない! 三つしかないんだからよく考えないと! あ、ねえ、三日後にまたきてくれる?」
 妖精は優しく微笑んだ。
「分かりました。またきましょう」
 そういうと消えてしまった。
 雄介は腕組みをしたり、さかだちをしたりしながらいろいろ考えた。
「山ほどの金貨はどうかな。しばらく遊んで暮らせる。それとも、プールつきの豪邸とか? あー、三つにしぼれない!」
 ほしいものを考えるのはとても楽しかった。雄介はああでもないこうでもないと一人で呟きながらニヤニヤした。
 三日後、再び妖精が現れた。
「願いごとはなんですか?」
 雄介は妖精に言った。
「まず一つ目。不老不死にしてほしい。いつまでも若くて死なないんだ。最高だよね」
「はい、叶えましょう」
 妖精はステッキをふった。雄介はキラキラと光る白い霧に包まれた。
 見た目は変わっていないが、不老不死になったようだ。
「へえ……すごい。力がみなぎってくる気がする。えっと、じゃあ、二つ目は、なにもしなくてもお金がどんどん入ってくる生活をしたい。働かなくてお金持ちなんて最高!」
「はい、叶えましょう」
 さきほどと同じように、雄介は白い霧に包まれた。
 なにも変わっていないように見えたが、財布をみると、たくさんのお金でパンパンに膨れあがっていた。
「すごい……! じゃあ、三つ目、あと百億回願いを叶えて」
「はい、叶えましょう」
 妖精はステッキをふった。

 そしてたくさんの月日が流れた。
「次のお願いはなんですか?」
 妖精は雄介に問う。
「えっと……大きなソーセージがほしいって、もう言ったっけ?」
「はい、九百二十二回目のお願いでした。また大きなソーセージをお願いしますか?」
「いや、いい……」
 雄介は溜息をついた。
 最初の頃は嬉しかった。有頂天になり、いろいろな願いを次から次に叶えてもらった。美味しい食事、広い家、仕立てのいい服と叶うたびに大喜びした。
 何度も願いの数を追加した。一億回増やし、一兆回増やしたこともあった。それも妖精は叶えた。
 雄介は次第に苦痛となってきた。
 友達がほしいと言えば、老若男女の友達がたくさん登場した。友達と言っても、考えが合わないこともある。雄介は腹をたてて、口論になった友達を消すお願いをした。友達はたちまち消えてしまい、残された友達は慌てて雄介の機嫌をとりはじめた。お世辞を言い、雄介を褒めちぎる。これでは友達とは言えない。王様と家来だ。雄介は消した友達を復活させ、他の友達も全員自分の家に帰らせた。
 なんでも思い通りになればなるほど孤独になるのは皮肉なものだと思った。
「ええっと、次のお願いは……うーん」
 雄介が最近ずっと考えていることがある。願いをあと一つにすることだ。そして最後の願いは、本来の年齢相応の姿にしてもらうこと。
 ただ、そうなった瞬間、寿命がつきてしまうのではないかと思う。
 もう家族も友達も全員見送った。だいぶ前のことだ。
 そうしてもいいと思う反面、まだ寿命が残っていたら、どうしようと迷う気持ちがある。健康とは限らない。重い病気にかかるかもしれない。豪邸に住んでいるので、悪い人が現れて、ひどい目にあうかもしれない。家とお金を騙しとられ、外に放りだされたらと思うと怖くてしょうがない。
 このままぬくぬくと退屈な日々を送り続けるか、それとも元の状態に戻すか、雄介は決められないでいた。
 妖精は最初に現れたときとまったく変わらぬ口調で雄介に問う。
「次のお願いはなんですか?」
 雄介は小声で呟く。
「お願いが三つのときが一番楽しかったなあ。ああ、あの頃に戻りたい……」
 妖精はステッキをふった。
「はい、叶えましょう」