「色とりどり」江坂遊

 思った以上に盛り上がった結婚披露宴が終わり、ようやく最後の招待客をタクシーに乗せた。
「やれやれ、これで終了」
 僕たちは顔を見合わせ、それから同時に肩で大きく息をはいた。
「ふうーっ。疲れちゃったけど、最高の思い出になったわ」
「君のカラフルなドレスにみんなの目が点になっていたね」
 僕はおどけてポンポンと手を打った。
「コーディネーターさんのアドバイス通りに最後のサプライズを仕込んでおいて本当に良かった」
「うん。あれは見事な演出になったね。予想以上にゴージャスな雰囲気に一変したと思う」
「あのドレス、また何かの機会に着たいわ」
「何か考えてみたいね」
「このホテルにして良かった」
「満足、満足。同じくだ」
 オレンジ色に染まった高い天井はロマンチックな夕焼けのように見えた。ロビーの明かりが巧みに調節され、絨毯の色からの反射も際立ち、とてもファンタジックな色合いになっている。
 二人はまだ夢の中を歩いている気分にひたっていた。ふかふか絨毯の沈む感触を楽しみながら、エレベーターに向かって並んでゆっくり歩いた。
「お願いがあるの」
「うん。なんでもオーケーさ」
「ありがとう。この絨毯のカラフルな葉っぱ模様を見ていたら、わたし急に『色おに』がしたくなったの」
「今すぐ? 『色おに』? ははは。懐かしい遊びだね。色とりどりの紅葉の絵柄だから、思い出したわけだ」
「ご明察」
「よし。それなら二人しかいないし、やるなら新しいルールでやろう」
「そうこなくっちゃ」
「こうしよう。足を置く場所を色で指定することにしよう。右足は赤、左足は緑とかね。二人とも同時にそれを実行しなければならない」
「面白そう。ツイスターゲームみたいな要領ね。交互に言い合うのね。身体のバランスが崩れた方が負け」
「そう。それでどちらが、より意地悪かが分かる」
 妻はゆっくり髪をかき上げ、腕まくりまでした。
「勝負は勝たなくては意味がない。さぁ、やりましょう。じゃ、右足が茶色で左足が青」
「楽勝だ」
 僕はピョンと飛んで指定通りの場所に着地した。けれど妻は既に危なっかしい恰好になっている。精一杯足を広げてかろうじて両手でバランスをとっているのが見えた。
「墓穴を掘ってしまったわ。仕返しいくわよ」
「おいおい。次は僕が指定する番だって。あっ、あれは何だ」
 僕は急いでエントランスを指さす。ロビー中央に向かって、小鳥が猛スピードで飛び込んでくる姿を目にしたからだ。
「まぁ、小鳥も参戦したいってわけね」
 妻は身体をよじらせ、鳥の動きを追いだした。
 見慣れない白い鳥が赤い紅葉の上に舞い降りて来ると、頭を傾け、絨毯をくちばしでついばみ始める。
「おやおや」
 すると、奇妙なことが起こった。
「あっ! 色を吸い上げているわ。まさか」
「そのようだね」
「見て、羽根の端っこが赤く染まっている」
「紅葉の色が抜けていく」
 小鳥は、絨毯の葉の色を次々に吸い上げ、色がなくなり真っ白になれば、次の場所にぴょんと飛び移っていく。その度に羽根の別の場所にその色が載っていくので不思議でしょうがない。僕たちの口はぽかんと開いたままになった。じっと、鳥のおかしな行動に見入ってしまった。
「こんな鳥、見たことがないわ。スポイドみたいに色だけを吸い上げていく不思議な鳥。でもホテルには迷惑だから追い払わなけりゃいけないのかしら。このままでは大損害になるでしょ」
 その声が届いたのか、チェックインカウンターから人影が走り寄って来た。白髪の乱れを気にしている初老のホテルマンが近づいてきて、二人に深々とお辞儀をしたのには驚いた。
「どうか、このまま、このままで。鳥の好きなようにさせてあげてください」
「いいんですか。絨毯がはげちゃいますよ」
「ええ。大丈夫です。私になついてしまったので、可愛いくてなりません。この鳥は定期的にやって来ては絨毯の色を吸い上げていきます。私たちは、『色とりどり』と呼んでそれを見守っています。色を盗む鳥という意味合いで、そう名付けてやりました」
「色を盗むから、『色盗り鳥』ですか」
「面白いでしょ」
「確かに」
「あの羽根の色がまさに『色とりどり』になったら、鳥はホテルから出ていきます。もうしばらく、じっと見守ってやってください。ホテルから飛び出ていくと、あっと言う間に、気が合ったお相手のメスといっしょに戻ってきます。ほら、今、飛び立った。メスに求愛するのに、おめかしをしているのだと思います」
「ああ、なるほど」
「戻ってきたら、ちゃんと紅葉に色を返してくれます。同じ紅葉の色になることはない。それでうちの絨毯はいつ来ても違う色合いになっていると、不思議がられているのです」
「あっ、いつの間にか絨毯の色が変わっていたという話ですか、新聞で不思議な体験として読んだことがあります」
「だから、『色盗鳥』と呼ぶより、『お色直し鳥』と呼んであげた方がいいのかも知れません」
「それはいいネーミングですね」
「披露宴で着たカラフルなドレスも、もしかしたら」
「おっと、そうか。ホテル側もメリットがあるわけだ」
「はい。さようでございます。実は個人的にも大いに結構なことでして。あぁ、戻ってきました」
「なるほど、カップルでやってきましたね」
 小鳥はホテルマンを見つけると、真っ先にその頭の上に舞い降りて、カラフルな羽根をそっと休めた。そして可愛いくちばしで頭をコツコツと小突く。
「あっ」
 白髪が金髪に変わってホテルマンは一瞬で若返って見えた。