「優等生」川島怜子

「だから、違うって言ってるでしょう!」
 手元のカードが振動した。まただ。
 うんざりしつつカードを見ると、「マイナスが続いています。このままではランクがさらにさがります。まちがいがある場合には手続きをなさってください。以下をクリック」と文字がでているが、何度クリックしても混雑していてつながらない。
 しょうがないので、役所に足を運ぶ。そっちのほうが早い。でも、役所はいつも混雑している。
 役所の受付の男の人は、私の顏をちらと見ると冷たく言った。
「手をこの機械に乗せてください」
 言われた通りにした。嘘をついているか調べる。
「記録によりますと、昨日、大声で少年のグループを怒鳴り、老人の首をしめ、ホースで通行人に水をかけたとでております。まちがいございませんか?」
「合ってるけど、違うの!」
 人間が、A、B、C、D、Eとランク分けされるようになった。Aは大学生、Bは高校生、Cは中学生、Dは小学生、Eは幼稚園程度の常識しかない。そして今の身分を示すカードを常に持っていないといけない。ランクEだと九九が言えなくなるし、かけ算やわり算もできなくなるので、生活に支障がでる。
 この制度は世の中から暴力や暴言をなくすために始まった。なので、物を叩いたり、人に怒鳴ったりするのは絶対にダメだ。みんな、家に閉じこもってひっそりと暮らすようになった。
 クリック先のサイトで手続きをするか、役所で罵声や暴行の理由を用紙に記入して、問題がないと判断されると、さがったランクを元に戻してもらえる。
「昨日、不良のグループが子犬をいじめていたから、『警察に通報するよ!』って注意したの。不良たちが逃げたあと、子犬を探していた飼い主に渡したわよ? そのあとスーパーの店内でおじいさんが店員さんを殴ろうとしていたから、止めようとして、上着を引っ張ったら、首がしまったみたいなの。でも、ケガもしていなかったし、おじいさんがお財布を忘れて、店員さんともめたっていうから、私が商品のお金を立て替えたのよ? それから、家で庭木にホースで水をあげていたら、偶然道路を歩いていた通行人に水がかかったの。ものすごく謝って、クリーニング代もだしたのよ?」
「監視カメラの内容と一致しています。機械の数値も問題なし」
「私、正しいことをしただけなのに」
「そうですか」
 こちらをチラッと見ると、男の人は鼻で笑った。小馬鹿にしたような態度だった。カチンときた。
「ちょっと! なに、その態度!」
 カードがまた振動する。もういやだ。見たくないけれど、チラッと見た。「残念ですが、あなたは今『ランクC』から『ランクD』にさがりました。まちがいがある場合には手続きをなさってください。以下をクリック」と文字がでている。
 私はさっき記入した用紙を提出した。
「書類が間違っています」
「え?」
「あなたの身分は今朝までは『ランクC』でしたが、さっきから何度も大声をだしたので、今は『ランクD』です。ランクを書く欄を『ランクD』と書き直し、役所で大声をだした理由を記入してください」
「なんで!? 納得いかない! 学級会で言ってやるから! 先生にも言いつける! 終わりの会でクラス全員に、『ごめんなさい』って謝ってよ!」
 今の私はランクDなので、でてくる言葉がまるで小学生だ。またカードが振動した。見ると、「危険! このまま怒鳴っていると『ランクE』に下がります。今すぐ黙ってください。まちがいがある場合には手続きをなさってください。以下をクリック」と文字がでている。
 不承不承、私は窓口から離れた。難しい漢字が書けなくて、書類を書き直すのにものすごく時間がかかった。それから再度行列に並んだ。だいぶ時間がたち、やっと私の番がきた。
「では、これで『ランクA』に書き換えました。これに懲りて、もっとおとなしくお過ごしください」
 イヤな言いかただなと思いながら、私は無言でカードを受け取った。
「このバカが」
 役所の人が、薄く笑いながら小声で言った。はっきりと聞こえた。
「今、なんて言った!? あなた、今、バカって言わなかった!? あのね! バカって言うほうがバカなのよ! バーカ、バーカ!」
 役所の人が気色ばんで立ちあがった。
「なんだと! こっちは朝から、お前みたいな直情バカの相手ばっかりしてるんだよ! 少しは家にこもってじっとしとけ! 何度、カードを書き換えても、すぐに大声をだしたり、騒ぎを起こして、また次の日にノコノコきやがる! いいかげん反省しろ! 迷惑なんだよ! だいたい、俺はこんなことするために、就職したんじゃない!」
「なに言ってんのよ! それがあなたの仕事でしょう!? だいたい、あなたがそんなに高圧的だから、手続きにきた人がムッとして、良くない態度になるのよ! 一番反省しないといけないのは、あなたよ、あなた!」
「なんだと、この……」
 警備員の足音で我に返った。館内音声で非常事態を告げている。私のカードは振動しっぱなしだ。しまった、熱くなりすぎた……。
「どうも、うちの係の者が失礼しました」
 役所の課長が頭をさげてきた。態度の悪かった男の人は、警備員にはがいじめにされた。
 うなり声をあげている男性を、警備員はあっというまに、奥の部屋に連れていった。他の職員がきて、並んでいた人達を別の窓口に誘導した。
 カードを見たら、『免許停止』と文字がでていた。聞いたことはあるが初めて見た。
「なにがあったのですか?」
 課長に聞かれたが、言葉がでない。赤ちゃんになった。
「ここに手を置いてください」
 黙って従う。
 課長が翻訳機をだしてきたので、私は昨日起こったことと、受付の人との今のやりとりをバブバブと話した。
「そうでしたか。機械の数値も問題ないですし、監視カメラの映像と齟齬(そご)もありません。あなたにまったく問題はないです。手続きをしますので、カードを貸してください」
「バブバブ(さっきの人はどうなるのですか?)」
「あの者は……前から利用者に声を荒らげることが多く、何度も注意をしておりました。とうとう『免許剥奪』となりました」
 そんなランク、初めて聞いた。
「それにしても、あなたはとても正義感が強くてまっすぐなかたですね。悪い人に注意ができるし、優しさも持ち合わせている。いやあ、なかなかできることではないですよ」
「バブバブ(それほどでも……)」
 なんだか照れてしまう。
 課長は私のカードを機械にかけ、なにか操作をしてから、私に返してくれた。カードには見慣れぬ文字が浮きあがっていた。
「え? 『AAA(トリプルエー)』?」
「あなたのランクです。通称『優等生』と呼ばれています。立派な行いをしているので、こうなりました」
「へえ……なにか、得なことがあるのでしょうか?」
 なんだかワクワクしてきた。特別扱いだ。
 課長は笑顔を私に向けた。
「そうですねえ……『優等生』なわけですから、やはり、皆のお手本にならないといけません。ですので、他の人よりも、うんと厳しく採点されます。夜は九時に寝て、朝は五時に起きてください。食事は三食バランス良く食べ、毎日一時間ジョギングをしてください。歩くときは必ず右側通行で、いつも健全な精神を宿し……」