「無職の俺が幼女に転生したがとんでもないディストピア世界で俺はもう終わりかも知れない(略称:ディスロリ):第36話」山口優(画・じゅりあ)

「無職の俺が幼女に転生したがとんでもないディストピア世界で俺はもう終わりかも知れない(略称:ディスロリ):第36話」山口優(画・じゅりあ)


<登場人物紹介>

  • 栗落花晶(つゆり・あきら):この物語の主人公。西暦二〇一七年生まれの男性。西暦二〇四五年に大学院を卒業したが一〇年間無職。西暦二〇五五年、トラックに轢かれ死亡。再生暦二〇五五年、八歳の少女として復活した。
  • 瑠羽世奈(るう・せな):栗落花晶を復活させた医師の女性。年齢は二〇代。奇矯な態度が目立つ。
  • ロマーシュカ・リアプノヴァ:栗落花晶と瑠羽世奈が所属するシベリア遺跡探検隊第一一二班の班長。科学者。年齢はハイティーン。瑠羽と違い常識的な言動を行い、晶の境遇にも同情的な女性だったが、最近瑠羽の影響を受けてきた。
  • アキラ:晶と同じ遺伝子と西暦時代の記憶を持つ人物。シベリア遺跡で晶らと出会う。この物語の主人公である晶よりも先に復活した。外見年齢は二〇歳程度。瑠羽には敵意を見せるが、当初は晶には友好的だった。が、後に敵対する。再生暦時代の全世界を支配する人工知能ネットワーク「MAGIシステム」の破壊を目論む。
  • ソルニャーカ・ジョリーニイ:通称ソーニャ。シベリア遺跡にて晶らと交戦し敗北した少女。「人間」を名乗っているが、その身体は機械でできており、事実上人間型ロボットである。のちに、「MAGI」システムに対抗すべく開発された「ポズレドニク」システムの端末でありその意思を共有する存在であることが判明する。
  • 団栗場:晶の西暦時代の友人。AGIにより人間が無用化した事実を受け止め、就職などの社会参加の努力は無駄だと主張していた。
  • 胡桃樹:晶の西暦時代の友人。AGIが人間を無用化していく中でもクラウドワーク等で社会参加の努力を続ける。「遠い将来には人間も有用になっているかも知れない」と晶を励ましていた。
  • ミシェル・ブラン:シベリア遺跡探検隊第一五五班班長。アキラの討伐に参加すべくポピガイⅩⅣに向かう。
  • ガブリエラ・プラタ:シベリア遺跡探検隊第一五五班班員。ミシェルと行動を共にする。
  • メイジー:「MAGIシステム」が肉体を得た姿。晶そっくりの八歳の少女の姿だが、髪の色が青であることだけが異なる(晶の髪の色は赤茶色)。
  • 冷川姫子 :西暦時代の瑠羽の同僚。一見冷たい印象だが、患者への思いは強い。
  • パトソール・リアプノヴァ:西暦時代、瑠羽の病院にやってきた患者。「MAGIが世界を滅ぼそうとしている」と瑠羽達に告げる。MAGIの注意を一時的に逸らすHILACEというペン型のデバイスを持っている。ロマーシュカの母。
  • フィオレートヴィ・ミンコフスカヤ:ポズレドニク・システムとHILACEの開発者。パトソールの友人。

<これまでのあらすじ>
 西暦2055年、栗落花晶はコネクトームバックアップ直後の事故で亡くなり、再生暦2055年に八歳の少女として復活。瑠羽医師から崩壊した西暦文明と、人工知能「MAGI」により復活した再生暦世界、MAGIによるディストピア的支配について説明を受ける。瑠羽はMAGI支配からの解放を目指す秘密組織「ラピスラズリ」に所属しており、同じ組織のロマーシュカとともに、MAGI支配からの解放を求めてロシアの秘密都市、ポピガイⅩⅣの「ポズレドニク」を探索する。「ポズレドニク」は、MAGIに対抗して開発された人工知能ネットワークとされていた。三人はポズレドニクの根拠地で「ポズレドニクの王」アキラと出会う。アキラは、晶と同じ遺伝子を持つ女性で、年齢は一〇歳程度上だった。彼女は、MAGIを倒すのみならず、人間同士のつながりを否定し、原始的な世界を築く計画を持つ。
 晶はアキラに反対し、アキラと同じ遺伝子を利用して彼女のパーソナルデータをハック、彼女と同等の力を得、仲間たちと協力し、戦いに勝利。晶はMAGI支配に反対しつつも人とのつながりを大切にする立場を示し、アキラに共闘を提案。アキラは不承不承同意する。決戦前夜、瑠羽は晶に、MAGIが引き起こした西暦世界の崩壊を回避できなかった過去を明かす。
 一方、その数年前から、プロクシマ・ケンタウリ惑星bでは、フィオレートヴィ・ミンコフスカヤがこの新たなシステムをMAGIが開発していることを察知し、これに対抗すべく暗躍していた。彼女は胡桃樹、団栗場(二人は女性の姿として復活させるべくMAGIが準備していた)、および冷川姫子のデータを奪って三人を復活させ、三人の助力も得て、MAGIの新たな力に対抗するシステム「ポズレドニク・ギャラクティカ」を構築しつつあった。
 北極海でMAGI拠点を攻撃する作戦が始まり、晶たちはメイジーの圧倒的な力に直面する。それは西暦時代や再生暦時代には考えられなかった重力制御を含む進んだ科学技術を基盤とした新たなシステムによる力だった。その力により、晶たちは北極からヒマラヤ山脈まで押
し込まれ、絶体絶命の危機にあった。

「真空エネルギーの流入を確認。マイクロブラックホール形成完了。銀河MAGIC『エイディーミ』!」
 暗黒のビームが、何かに吸収されていく。俺は瑠羽と抱き合ったまま、その光景を呆然と眺めていた。
 巨大な銀色の翼が次に目に入る。比較的小柄な人物がその翼とともに俺達を護るように出現し、MAGIコマンドを発動したのだと理解した。
「瑠羽先生――ご無事ですか」
 静かな声でその人物は言い、振り向いた。
「――……姫子先生!」
「覚えていてくれたんですね……。あれからずいぶん経ったようで、知り合いに会えるのはうれしいものです」
 彼女は柔らかく微笑む。
「――知り合いだなんて他人行儀な……うれしいよ、ほんとうに」
「他人行儀といっても、ただの同僚で、他人ですが……」
 冷川姫子は真顔でそう言った後、持っている銀色の杖――MAGICロッドだろう――を構えなおした。
「いずれにせよ間に合って良かったです。とある少女――フィオレートヴィ・ミンコフスカヤと名乗りましたが――が私を復活させてくれたのです。パトソールさんの友人だったそうで」
 姫子はそう短く説明した後、迫り来る巨人に対して銀色のロッドを差し向ける。
「銀河MAGIC『ウィアザーク』!」
 時空が大きくゆがんだ。巨人の周囲の空間が瞬間的に収縮し、巨人は角砂糖のような小さな空間に押し込められた。そのまま、うそのように消え去る。
 残響のような振動が、緩く響いた。
「――超空間では大爆発が起こっています。わずかな重力波だけがこちらに届いたようですね」
 姫子は言い、それから俺と瑠羽の前に滞空した。そこに、アキラも飛んでくる。
「……同じ顔が二人……? 同一人物を同時に復活させるのは違法では? 瑠羽先生。しかも年齢差をつけて」
 姫子が嫌悪感をあらわにしたので、俺は瑠羽をちらっとみた。
(信用ないな、こいつ)
 俺は瑠羽をかばうように少し前に出る。
「――いや、俺とこいつは別人だ。今はもう、な。やむを得ない事情があった。瑠羽がやったのは確かだがな」
 姫子はじっと疑い深そうに瑠羽を見ていたが、やがて言う。
「……私的な目的で違法行為をしたわけではないのですね。それならば許容しましょう」
「――お前はいったい何者だ?」
 アキラが剣呑な調子で問うた。
「夢洲区民病院、精神複写科勤務医師、冷川姫子。西暦二〇五五年死亡、再生暦二〇五〇年、同一遺伝子による人体培養および複写精神マッピング完了し復活。――これでいいかしら?」
「誰だ、復活させたのは? MAGIか?」
「そんなわけないでしょ。あなたと同じよ。ポズレドニク。いえ、私の場合は、そのシステムを作った者。フィオレートヴィ・ミンコフスカヤ。ちなみに、復活したのはこの地球ではなく、プロクシマ・ケンタウリよ。太陽系はMAGIの監視が厳しいからね」
 それからアキラに向けてぐっと顔を近づけた。
「……それと、まずは『ありがとう』と言いなさい。あなた、もう大人でしょう? 先生は素直な子が好きよ」
「……ふん。とりあえず敵ではないことは了解した。――力を持っていることもな」
 アキラはそこで引き下がった。
「……この子、なんなんです? 同じ顔をしてますが、小さい方はまだ話が分かるようですが……」
 姫子は瑠羽に耳打ちした。
「ポズレドニクで最大の力を持っていた子だよ。この小さい方は、その力をバイオハックするために私が作った。私というか、ラピスラズリだが。パトソールさんが作った反MAGI組織だ」
 姫子はそれで状況を理解したらしい。
「複数の銀河MAGIの戦力を地球上で確認し、フィオレートヴィと私たちはそれぞれの場所に向かいました。私はその一人です。北極点にはフィオレートヴィが、そしてグリーンランドとカナダには、私の仲間が向かっています」
「仲間?」
「胡桃樹と団栗場と言いましたか……元は男性だったそうですが、MAGIの思想のせいで現在は女性だとフィオレートヴィは言っていました。この二〇〇〇年に何があったのか知りませんが、精神複写技術をこのように悪用するとは信じられませんね」
「全くだ」
 俺は言った。
「それにしても、あの二人か」
 俺自身には特に遺恨はない。ただ、アキラにはあるはずだ。アキラは少し離れたところにいて、聞いていないようだ。助かった。
「――姫子先生、と呼んでいいか?」
「かまいませんよ」
「――ここはもう大丈夫だと思うが、MAGIとあんたたちは、戦力としては、まだ大きな差があるんじゃないか? 仲間は多い方がいいだろう。俺にあんたたちと同じ力をくれ。そして、救援に向かわせてくれ。俺と瑠羽は胡桃樹と団栗場のいるほう――つまりグリーンランドに向かう。あんたと、こっちの大きい方の俺は、北極点でフィオレートヴィと合流し、メイジーと戦うのがいいだろう。俺たちもグリーンランドとカナダが片付いたらそっちに向かう」
 姫子は頷いた。
「あなたたちに力を与えるということについては、元々、そのつもりでした。ではあなたたち三人にポズレドニク・ギャラクティカへのアクセス権を渡します。――銀河MAGIC『ネワス』」
 彼女は淡々と譲渡コマンドをつぶやいた。俺がよく言う「光よ、つらぬけ」などの文句は、ただの気分の問題なので本来は必要ない。
「……権限は、ポズレドニク・ギャラクティカの体系に従って与えられます。最初はレベル一からですが、今回のミッションの特殊性に伴い、ポズレドニク・ギャラクティカの持つエネルギーを等分に分配いたします。これは――銀河MAGIのレベルに直すと、およそレベル九八に相当します」
「……メイジーは?」
 俺はおそるおそる尋ねた。
「レベルMAX――レベル一〇〇ですね」
 MAGIが定めたレベルの等級は、一つ増えるごとに一〇倍になるので、レベル九八は、メイジーの一〇〇分の一にすぎない。
「一〇〇人で当たって同等ということか」
「エネルギー的には。そもそも、我々はノードを一つ支配しているにすぎないのですから。メイジーは少なく見積もっても一〇〇個のノードを持っています」
「ノードっていうのは、この場合何を意味する?」
「超次元バルクを通じてエネルギーを融通できるブラックホールネットワークだと理解してください」
「それは……とんでもないな……」
「小さなノードは私たち一人ずつにも与えられています。それでエネルギーをオンデマンドで利用することが可能です。これはMAGIシステムでも同じでしたが、可用性は高まっていると思います」
 俺は頷いた。
「それはありがたい。だが、ポズレドニクの思想に、俺は反対している。俺はラピスラズリと同じく、ポズレドニクのような原始的な競争社会は望まない」
「……それはご自由に。勝った者の権利です――と、伝えるように言われています」
 姫子は曖昧な言い方をした。
「これはポズレドニク・ギャラクティカの使者としての私の言葉。そして、私自身の言葉は」
 彼女はMAGICロッドを握りしめた。
「私は、パトソールさんの遺志を継ぐ存在よ。当然、ラピスラズリの思想を達成するために戦う。ラピスラズリとポズレドニクが対立していることは知っている。フィオレートヴィがわざわざ教えてくれた」
「……彼女は、そういう思想のようだね」
 瑠羽が口を挟む。俺はアキラに目をやった。
「アキラ」
 俺は呼びかける。
「話がまとまった。MAGIを無力化するまでは共闘だ。それは変わらない」
「ふん。お前の味方が増えただけか」
 アキラはつまらなそうにつぶやく。
「元よりお前は味方を作らない思想だろうが。諦めろ」
「ふん」
 姫子がアキラに向き直る。
「あなたにも力を与えます。王であったあなたには、レベル九八はつまらないかもしれませんが、諦めてください」
「――エネルギーよりも技の巧緻さでオレは勝ってきたんだ。みくびるなよ」
 アキラは力を与えられながらも憎まれ口をたたく。
 アキラ、俺、姫子、瑠羽の四人は互いに視線を交わす。
「では、行こう」
 俺は短く、そう告げた。