「SF Prologue Wave編集部メンバー他己紹介その5」伊野隆之(質問者 川嶋侑希)

「SF Prologue Wave編集部メンバー他己紹介その5」伊野隆之(質問者 川嶋侑希)

「SF Prologue Wave って、どんな人たちが作っているの?」という声にお応えし、SF Prologue Wave編集部メンバーに、別のメンバーが質問をしてみました。 

川嶋侑希さんからの質問状への回答(伊野隆之)

1・SFを読み始めたきっかけや、デビューされた日本SF新人賞応募の経緯などを教えてください。

 岡和田さんが、『いきている首』の話を書かれていましたが、小学生の頃に、あのあたりの翻訳物や、日本のジュブナイルSFを学校の図書館で片っ端から借りて読んでいました。クラークの『海底牧場』とか、ウィンダムの『海竜めざめる』とか、日本の作家では福島正実さんの『リュイテン太陽』とか、光瀬さんの『夕映え作戦』とかです。その後は、市立図書館に通っていたんですが、そちらのSFの蔵書も読み尽くしてしまい、中学2年の時に担当教諭にSFを入れるよう直訴して「そんなもの読んでちゃダメだ!」と怒られた記憶があります。普通に書店でSFを買えば良かったんですが、お小遣いの制限でSFとは縁が遠くなっていました。SFとの再会は大学1年の冬で、「OUT」というアニメ雑誌のガンダム特集で高千穂遙さんがSF作品リストを書かれていて、ほとんど読んでいるつもりで見始めたら、読んだ事のない作品ばっかり。本当に焦りました。その頃からアニメ系や創作系のサークルを掛け持ちで小説を書いたりしながら、当時の早川SFコンテストに作品を送っていました。曽根卓さんに発掘されちゃっているんですが、一次選考止まりです(笑)。その後、終電まで職場にいるのが当たり前のお役所に就職したのと、早川SFコンテストの中止があり、書こうという意欲はありつつも、筆が進まない感じでした。それから随分時間がたって、たまたま海外赴任中に読む本がなくて手に取ったデュアル文庫の上遠野浩平さんの『ぼくらは虚空に夜を視る』の後ろに日本SF新人賞の紹介があり、「これだ!」って感じでした(それまで知らなかった、ってところが問題ですね……)。僕と山口優さんの第11回で終わりになってしまったので、間に合って良かったと思っています。

2・SF Prologue Waveに寄稿を始め、編集部に参加された経緯など、ご紹介ください。SF Prologue Waveの編集に関わって、SF作品に対する考え方に変化はありましたか。

 SF Prologue Waveの創刊時に、当時の編集長だった八杉さんにショートショートを依頼され『降臨の時』と言う作品を書いたんですが、率直に言って苦し紛れでした。新人賞を同時受賞した山口優さんも書く事は知っていたのですが、公開されてみるとすぐ横に新井素子さんのショートショートがあり、冷や汗をかきました。それから定期的に寄稿させて頂いていたんですが、FANBOXへの移行と作家クラブ公式になるということで、更新頻度も増えますし、カバー画像も必要という事で、カバー画像と、公式っぽい企画記事の担当として編集部に参加しました。その後、片理さんがやめられたので、レギュラー寄稿者との対応なんかを引き継いでいます。
 SF作品に関する考え方という面では、自分では全然変化はないんですが、寄稿して頂く方の作品を読んでいて、皆さんよくまとめるなぁと。寄稿者の方に20枚くらいでとか言ってお願いしながら、自分では20枚に収まらず、40枚の上下分割とか、最近そんなのばかりで、少々反省しています。

3・ジャンルを問わず、最近気になっている書き手はいますか。

 僕の場合は、やっぱりSFとかその周辺になってしまうんですが、『第五の季節』のN・K・ジェミシンはすごいと思います。最初に読んだのが『空の都の神々は』なんですが、世界観がすごく濃密に感じました。翻訳SFはほぼダボハゼで、ミリタリーSFには食傷気味なんですが、突然すごい作品に当たることがあるので、作者では読んでいないですね。日本の作家では気になると言えば上田早夕里さんです。僕の『樹環惑星』を読んで頂いていて「やっぱり森の中を走るのは蜘蛛型の機械ですよね」なんて話をしたんですが、そろそろコテコテのSF長編を書いて頂けるんじゃないかと期待しています。あと、我が同期の山口優は応援しています。萌え要素は横に置いておいて、『星霊の艦隊』でも人間性の拡張みたいな事に正面切って取り組んでいるところが気になっており、何がでてくるかなという期待があります。SF Prologue Waveの寄稿者で言うと飯野文彦さんは良くここまで書くよな、と言う迫力がありますし、川嶋さんは詩という飛び道具が使えるので、また何か独特の世界観を持った作品を書いてくれるんじゃないかと。

4・昨年SF Prologue Waveに掲載された「サイエンス/フィクションをめぐる座談会」では、伊野さんを作り上げた多くの作品の中に「ハードSF」が多数ある、とのことでした。具体的な作品名や作者をうかがえますか。

 改めて言う話でもないんですが、「ハードSF」という概念自体がすごく曖昧なんです。代表的なハードSFに挙げられるハル・クレメントの『重力の使命』は、誰から見てもも異論がないと思いますが、Wikipediaの「ハードSF」ページにある作家一覧を見るとクラークに始まり、ラリー・ニーヴンのあとに、ルディ・ラッカーが並んでいたりするなどかなり網羅的で、僕から見ても少々違和感があります。これも、私見になってしまうと思いますが、ややこしい定義論を避けるなら、ニーヴンの「ノウンスペース」の作品群や、グレゴリー・ベンフォード、ポール・アンダースンと言ったあたりがハードSFらしいハードSFなんだと思います。一方で、同じリストにあるデイヴィッド・ブリンの「知性化シリーズ」は素晴らしい作品群ではあるんですが、あまりハードSFとしては読まれていない気がします。あと、ヴァーナー・ヴィンジの『遠き神々の炎』に始まるシリーズは、架空の宇宙構造をネタにした大がかりなハードSFではないかと思います。これは対談の中でも話したんですが、Eclipse Phaseのルールブックにある参考資料リストの中で「ハードSF」に該当しないものはほぼ無いと言って良いと思います。リチャード・モーガンの『オルタード・カーボン』のシリーズなんかはいわゆる「ハードSF」っぽくないですが、ハードコアSFという意味で、「ハードSF」の範疇に入ると思います。

5・タイに移住されたとのことですが、環境が変わったことで執筆に影響はありましたか。

 環境の変化と言う意味では、役人を辞めた事の方が大きいです。役人を辞めて、2ヶ月で全ての手続きをやっつけて移住したので、ほぼ同時期の変化になりますが。一番大きいのは職務専念義務からの解放かも知れません。国家公務員は職務専念義務があって、「その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用いなければならない」という、人間の脳の働きを無視したスーパー理不尽なルールを課せられているので、勤務時間中に小説のアイデアをメモするどころか、思い付いてもいけないわけです。ところが、アイデアを考えるプロセスは意識的なものではなかったりするので、思い付くのは止められない。それで、勤務時間が終わる頃には、何か思い付いたという記憶しか残ってなくて、これがストレスでした。今は民間企業のリモートかつパートタイムの仕事しかしていないので、職務専念義務もないですし、時間的にも余裕があります。ただ、退職して気がついたのは、自分がいかに隙間時間を見つけて集中的に書いていたかという事ですね。極端な場合、通勤電車の中ですら書いていたのが、今ではいつでも書けるため、逆に生産性があまり上がらなかったと言う反省があります。やっと、最近はペースがつかめてきたので、これからは生産性を上げていけると思います。あと、今取りかかっている小説では、一部でタイが舞台になっています。

6・ご自身の執筆活動についてうかがいます。現在取り組まれていること、今後の展望を教えてください。

 元々長編でデビューしているので、がっつりした長編を書きたいという気持ちがあります。とりあえず第1稿を書き上げて、ややこしい時間経過を確認しようと思って放置しているものや、書きかけの途中で止まっているものもあるので、一つずつ片付けていきたいと思っています。短編では、SF Prologue Waveを含め、機会があったらいろいろ書いてみたいと思っています。あとは、自分の作品の英訳ですね。海外は公募が多いので、チャンスは多いですし、潜在的読者の数も圧倒的に多いですが、競争も厳しい。英語というハンデがありますが、執筆に詰まったときの気分転換には最適です。

7・執筆作業は一日のうちのどのタイミングで行いますか。

 大抵、午後の二時から五時くらいまでの間、ポメラを使って書いています。もう、6台目くらいですかね。今は、最新のDM250です。それから、深夜の十二時以降くらいに、パソコンでの作業という感じですね。毎日ではなく、買い物や遊びに行ったりすると午後の執筆が出来なくなりますし、夜中は夜中でお手伝いをしているコンサルの仕事とか、SF Prologue Wave関係の作業をやったりしているので、昼間は週4日くらい、夜中は週3日くらい執筆に振り向けたいと思っています。

8・今後、SF Prologue Waveで進めたい企画や取り上げたい事柄がありましたら、可能な範囲で教えてください。

 僕にとってはとりあえずSF Prologue Waveの存続が最優先ですし、八杉さんや片理さんが立ち上げたときの小説の発表の場という性格付けは維持していきたいと思っています。なので、編集部の中では明らかに守旧派ですね(笑)。とはいえ、こういう企画は面白いと思います。あと、定期的な寄稿者が増えてくれると更新スケジュールが安定して回せるので、川嶋さんも是非書いてください。

9・SF Prologue Waveをご覧になっている読者の皆様へ一言お願いします。

 これは僕だけではなく、多くの寄稿者の方も同じだと思うんですが、書き手にとっては読者の好意的な反応がモチベーションになります。僕自身はSNSはおっかなくて触れないんですが、気に入った作品があったらどんどん発信して頂けると、著者は舞い上がって喜ぶと思います。作品に対する好意的な評価は、思わず、スクリーンショットでお守りにしちゃうくらいですから。あと、久々の単著がSF Prologue Wave発で出ますので、是非手に取っていただければと思います。

◎質問を終えて 川嶋侑希

 挙げられた作品の多さに驚きました。小学生の頃からの膨大な量の蓄積が今の伊野さんを形成していたのですね。
 私が初めて伊野さんに自作品へのアドバイスをいただいた時、物語の土台となるような大事な部分から、自分では気づかない細かな点まで詳しく見てくださって、作品をものすごく丁寧に読み込んでくださっていました。漠然と物語を頭に流し込むのではなく、「読む」というのはこういうことかと、実感させられたのを覚えています。多くの作品を読んできた経験の差があると感じました。恥ずかしながら知らない作品が沢山ありましたので、伊野さんを見習ってSFを開拓していきたいと思います。
 今後は新しい単著が出たり、英訳に挑戦されたり、伊野さんの魅力を皆さまに知っていただける機会が増えるように思います。編集部員として応援するのはもちろんですが、一人のファンとして、次の作品が世に出るのを心待ちにしています。

伊野隆之(いの・たかゆき)

小説家、「SF Prologue Wave」編集委員。『樹環惑星 —ダイビング・オパリア—』(応募時タイトルは、「森の言葉 /森への飛翔」)で第11回日本SF新人賞を受賞。同作は徳間文庫より刊行。
その他の作品に、「冷たい雨-A Grave with No Name-」(『短篇ベストコレクション 現代の小説 2011』所収、徳間文庫)、「オネストマスク」(『ポストコロナのSF』、ハヤカワ文庫JA)、「月影のディスタンス」(「ナイトランド・クォータリー」vol.25所収、アトリエサード)、「カザロフ・ザ・パワード・ケース」(『再着装(リスリーヴ)の記憶 〈エクリプス・フェイズ〉アンソロジー』所収、アトリエサード)ほか多数。「SF Prologue Wave」の定期寄稿者であり、「ザイオン・バフェットシリーズ」(同シリーズは、書き下ろし短編を加えた形でアトリエサードより刊行予定)などが掲載されている。
2017年よりタイ王国、フアヒン在住。