「無職の俺が幼女に転生したがとんでもないディストピア世界で俺はもう終わりかも知れない(略称:ディスロリ):第30話」山口優(画・じゅりあ)

「無職の俺が幼女に転生したがとんでもないディストピア世界で俺はもう終わりかも知れない(略称:ディスロリ):第30話」山口優(画・じゅりあ)

<登場人物紹介>
*栗落花晶(つゆり・あきら)
 この物語の主人公。西暦二〇一七年生まれの男性。西暦二〇四五年に大学院を卒業したが一〇年間無職。西暦二〇五五年、トラックに轢かれ死亡。再生暦二〇五五年、八歳の少女として復活した。
*瑠羽世奈(るう・せな)
 栗落花晶を復活させた医師の女性。年齢は二〇代。奇矯な態度が目立つ。
*ロマーシュカ・リアプノヴァ
 栗落花晶と瑠羽世奈が所属するシベリア遺跡探検隊第一一二班の班長。科学者。年齢はハイティーン。瑠羽と違い常識的な言動を行い、晶の境遇にも同情的な女性だったが、最近瑠羽の影響を受けてきた。
*アキラ
 晶と同じ遺伝子と西暦時代の記憶を持つ人物。シベリア遺跡で晶らと出会う。この物語の主人公である晶よりも先に復活した。外見年齢は二〇歳程度。瑠羽には敵意を見せるが、当初は晶には友好的だった。が、後に敵対する。再生暦時代の全世界を支配する人工知能ネットワーク「MAGIシステム」の破壊を目論む。
*ソルニャーカ・ジョリーニイ
 通称ソーニャ。シベリア遺跡にて晶らと交戦し敗北した少女。「人間」を名乗っているが、その身体は機械でできており、事実上人間型ロボットである。のちに、「MAGI」システムに対抗すべく開発された「ポズレドニク」システムの端末でありその意思を共有する存在であることが判明する。
*団栗場 
 晶の西暦時代の友人。AGIにより人間が無用化した事実を受け止め、就職などの社会参加の努力は無駄だと主張していた。
*胡桃樹
 晶の西暦時代の友人。AGIが人間を無用化していく中でもクラウドワーク等で社会参加の努力を続ける。「遠い将来には人間も有用になっているかも知れない」と晶を励ましていた。
*ミシェル・ブラン 
 シベリア遺跡探検隊第一五五班班長。アキラの討伐に参加すべくポピガイⅩⅣに向かう。
*ガブリエラ・プラタ
 シベリア遺跡探検隊第一五五班班員。ミシェルと行動を共にする。
*メイジー
「MAGIシステム」が肉体を得た姿。晶そっくりの八歳の少女の姿だが、髪の色が青であることだけが異なる(晶の髪の色は赤茶色)。
*冷川姫子 
 西暦時代の瑠羽の同僚。一見冷たい印象だが、患者への思いは強い。
*パトソール・リアプノヴァ
 西暦時代、瑠羽の病院にやってきた患者。「MAGIが世界を滅ぼそうとしている」と瑠羽達に告げる。MAGIの注意を一時的に逸らすHILACEというペン型のデバイスを持っている。ロマーシュカの母。
*フィオレートヴィ・ミンコフスカヤ
 ポズレドニク・システムとHILACEの開発者。パトソールの友人

<これまでのあらすじ>
 西暦二〇五五年、コネクトーム(全脳神経接続情報)のバックアップ手続きを終えた直後にトラックに轢かれて死亡した栗落花晶は、再生暦二〇五五年に八歳の少女として復活を遂げる。晶は、再生を担当した医師・瑠羽から、彼が復活した世界について教えられる。
 西暦二〇五五年、晶がトラックに轢かれた後、西暦文明は滅び、「MAGI」と呼ばれる世界規模の人工知能ネットワークだけが生き残り、文明を再生させたという(再生暦文明)。「MAGI」は再生暦の世界の支配者となり、全ての人間に仕事と生活の糧を与える一方、「MAGI」に反抗する人間に対しては強制収容所送りにするなど、人権を無視したディストピア的な統治を行っていた。一方、西暦文明が滅亡する前のロシアの秘密都市では、北米で開発されたMAGIとは別の人工知能ネットワーク「MAGIA(ロシア側名称=ポズレドニク)」が開発されていた。
 MAGIによる支配を覆す秘密組織「ラピスラズリ」に所属する瑠羽は、仲間のロマーシュカとともにアキラを彼女らの組織に勧誘する。晶はしぶしぶ同意し、三人はポズレドニクが開発されていた可能性のある秘密都市遺跡「ポピガイXⅣ」の探検に赴く。そこで三人はポズレドニクに所属するソーニャと名乗る人型ロボット、そして、と出会う。ポズレドニク勢の「王」アキラと出会う。アキラは、晶と同じ西暦時代の記憶と持ち、復活した晶と同じ遺伝子(つまり女性の姿)を持つ人物だった(晶は彼女をカタカナ表記の「アキラ」と呼ぶことにした)。彼女はMAGIを倒す目論見を晶に語り、仲間になろうと呼びかける。が、人と人のつながりそのものが搾取を産むと語るアキラは、MAGIを倒した後には、人と人のつながりのない、原始時代のような世界にするつもりだと示唆する。晶はアキラの目論見に加わることを拒否、アキラと自分が同じ生体情報を持つことを利用してポズレドニク・システムのセキュリティをハックし、アキラに対抗する力を得る。
 アキラは晶が自らに従わないことを知ると、晶たちに攻撃を仕掛けてくる。それに助力するMAGIシステムのアバター「メイジー」。
 一方、自身がポズレドニク・システムとして作られたことを思い出したソルニャーカ・ジョリーニィは、晶たちに味方し、彼女等をポズレドク勢として受け入れた。
 それを知ったメイジーは、晶たちと敵対することを決意し撤退する。メイジー撤退の後、再びアキラとの交戦が始まる。晶は仲間たちの支援を受け、アキラを倒すことに成功、MAGIシステムを倒すために手を組むが、人と人のつながりを大切に思う晶は、MAGIを完全破壊する意思はなく、「MAGIを倒したときにそこにいた方がMAGIを完全破壊するかどうか決める」ということで、アキラとの共闘を取り付ける。晶は「ラピスラズリ」にも協力を求めるため、瑠羽の部屋を訪問した。瑠羽はこれまでの経緯をあらためて彼女の視点から語ろうと告げる。
 西暦時代の夢島区の病院にて、精神複写科の瑠羽は、「MAGIによって核戦争が起き、世界は崩壊する。それを防ぐために協力してほしい」と告げる奇妙な患者、パトソール・リアプノヴァと出会う。だがその夜ラジオでは核戦争の危機というニュース。パトソールの言葉を信じざるを得なくなった二人は、もういちど病院へ向かい、パトソールを救助する。彼女は、東京湾海底データセンターに向かうことで、核戦争を回避できると告げ、三人はキャンピングカーでデータセンターに向かう。しかし、結局核戦争は回避できなかった。パトソールは二人を「MAGIが核戦争を起こし世界を滅ぼした」という記憶を持たせたまま、石英記録媒体に保存し未来に送り込むことで、遠い未来にMAGIを倒す目標を二人に託した。「娘のロマーシュカもきっと仲間になるでしょう」と告げて。

 瑠羽はそこまで語ってから、ロシアンティーのカップを置いた。
「この後、ロマーシュカとの出会い編、ラピスラズリ立ち上げ編があるんだが、聞くかい?」
 瑠羽の部屋。瑠羽はまだまだ話す意欲充分のようで、身を乗り出してくる。
「いや、だいたい事情は分かったよ。ところで姫子先生はどうなったんだ?」
「ふふ。まあ私の今カノなら、私の元カノに興味を持っても当然だね」
「話を聞く限り、姫子先生はお前の元カノじゃないし、もちろん俺もお前の今カノではない。そもそも、『仲の良い子と水入らずで過ごすためのキャンピングカー』って何だよ。一回でもその目的で使ったことはあるのか?」
「……それについてはノーコメントにしておこう」
 瑠羽は少しバツの悪そうな顔をした。
「――姫子先生については、ちょっと調べてみたら、バックアップデータはちゃんと残っているようだ。タイムスタンプはもっと前だが、あの戦いの後まで記録されたバックアップデータであることは確認済みさ。しかしまだMAGIは復活させる予定はないらしい。医療関係者はもう充分足りていると言うことなのか。それとも西暦時代の人類の割合が多すぎると再生暦の運営に支障を来すとの判断か。とにかく、MAGIがこの再生暦の世界を支配している状況では、姫子先生との再会は当分お預けになりそうだ」
「HILACE――それがラピスラズリの仕組みか。メイジーとの戦いでも、役に立ちそうだな」
「どうだろうね。結局効かなかったんだよ。それぞれの場所でのちょっとした目隠しにはなったが、それだけだった。全世界規模のMAGIネットワークに影響をあたえるようなことはできなかった」
「しかし、メイジーの敵意をくじいてあいつとダンスしたじゃないか、最後に」
「そうだね。HILACE――人間インタラクション低アテンション係数効果の『低』を『高』に変えた、HIHACEなら、メイジーちゃんに何らかの効果があった、と結論すべきなんだろうな。しかし、いずれにせよ、今度は東京湾海底データセンターではだめだろう。北極海のセンターノードに行くべきだと考えている。そこでもう一度、メイジーと戦い、彼女を倒す――。今度はポズレドニク勢の王も協力してくれると言っている。スタンガンだけを装備したかつての戦いとは大違いだ」
 瑠羽は言ったが、少し自信はなさそうだった。
「ところで、HILACEシステムの開発者、ミンコフスカヤとは何者だ?」
「ああ……それを説明していなかったね。再生暦の『ラピスラズリ』の仲間に聞いたところでは、どうやらポズレドニクの開発者らしいんだよ。ソルニャーカちゃんならもっと詳しいかも知れないな」
「そうか……ポズレドニクの開発者か。だったらMAGIシステムをハックするようなシステムを考案することもできるだろうな。しかし、『敵』というのはどういうことだ。敵の敵は味方だろう。なぜポズレドニクの開発者は、MAGIが核戦争を起こすのを肯定していたんだ?」
「君がいないところで、ソルニャーカちゃんとも話していたんだが、どうやら進化論的アルゴリズムのフレームワークで人類の社会システムを進化させようとしていたようだ」
「物騒な奴だな。つまり様々な社会システムを試させて、そこで生き残ったものを最適な社会システムと認定しようと言うことか?」
「まあそうだろう。だとすると、ポズレドニクを開発しつつ、『ラピスラズリ』システムを開発したのも頷ける。それでいながらMAGIの世界再生を願っていたのもね」
 俺はため息をついた。
「……確かに西暦の世界に不満は多かったが……こんな物騒なことをしてほしいなんて、誰も頼んでないぞ。核戦争で滅ぼしたり、いろんな社会システムを互いに競わせようとしたり……人類で実験するのはいい加減やめろと言いたいね」
「私もそうは思うが――しかし、不満をためた人類は世界そのものを破壊したいとすら思っていたのかも知れないね。MAGIシステムは人類社会と協調しようとしていた。その協調が、あの時代の人類の潜在的な願望――西暦世界のスクラップ&ビルドを反映させたのだと言われても、私は驚かない」
「……俺だって……まあ、こんな世界は嫌だとずっと思っていたさ……それに比べてこの世界は……」
 俺は小さな幼女の手を見つめた。
「ん? 私と出会って幸せだったって?」
 瑠羽が身を乗り出してくる。
 うざい。
「――お前だけじゃないよ。お前らだよ。お前や、ロマーシュカや、ミシェルや、ガブリエラや、みんなだ」
「ふうむ。まあそれでもいいさ」
「だが、どんな世界を構築したところで、人類を満足させることなんてできないさ。MAGIも後悔していることだろう。今も『協調』とやらで人類の望みを叶えようとしているんなら、強制収容所を作ってまで矯正しなければならない人間が出ること自体、奴にとっては屈辱だろうさ。しかし奴には『すべてを自分が管理する』という前提があるから、そこから抜け出せないのさ。全てを管理せず、一部を放置することでうまくいくこともあるってことがね」
「『私は帰らない』……か」
「キョウコが言っていた台詞か。そうだ。世界そのものが奴自身だからな。いや、状況から考えるとその台詞を言ったときにはもうキョウコではなくメイジーだったかもな。個々のエージェントの集合としてのMAGIネットワークはどこかで崩れていた」
 俺はロシアンティーのカップを取った。甘く温かい液体が口腔から喉を通り、身体に染み渡る。
「瑠羽。明日は作戦会議だ。ロマーシュカとお前を『ラピスラズリ』の代表と見做していいのか?」
「構わない。私たちは集合的な組織だからね。つまり、誰が代表になってもいいんだ。パトソールさんの時から、そうやって動いていた。世界じゅうの仲間が、それぞれの任務に従事しつつ、北極海攻撃チームを支援することになるだろう」
「分かった」
 俺は立ち上がる。
「……お前の想い、少しは分かった気がするよ。パトソールさん……ロマーシュカの母親から託された想い、お前は元カノと言い張っていたが実際には単に仲の良い同僚以上の関係ではなかった姫子先生と再び会いたいという想い。今でも俺はお前に幼女として転生させられたことを恨んでいるしむこうずねが弱点だと分かったのはいい情報だが、しかしお前や、お前達の組織にもそうせざるを得ない事情があったんだろう。ということで、これからもよろしく頼む」
 俺は手を差し出した。
「そうだね。これからも仲良く交際していこう」
 瑠羽が俺の手を握り返そうとすると、俺はそれを引っ込めた。
「うるさい。元々交際なんてしてないだろ。そうじゃなくて、仲間として、だよ」
「しょうがないね」
 瑠羽は俺の手をもういちど握り、それから俺を引き寄せた。俺の小さな身体は、彼女の体温に包み込まれる。
「今までよく頑張った。当初私たちが君に求めたのは、ポズレドニクの王アキラのバイオメトリクス認証だけだった。だが君が仲間で良かったと、今は心から思うよ」
「ああ、そうだな」
 俺も流れで瑠羽の腰に両腕を回した。しばらく、そうしていたら、瑠羽が上から囁いた。
「この体勢、どう見ても交際しているカップルだね、晶ちゃん」
「う、うるさい!」
 俺は瑠羽を突き飛ばし、部屋の扉の所まで後退した。
「まったく! 決戦前のこんなときまでふざけやがって! 明日、寝坊するなよ!」
「はいはい、分かってるって。君もね、晶ちゃん」
「ああ……じゃあな」
 俺はにやにや笑いながら手を振る瑠羽を思い切りにらみつけながら、ドアを閉じた。