「SF Prologue Wave編集部メンバー他己紹介その3」岡和田晃(質問者 市川大賀)

「SF Prologue Wave編集部メンバー他己紹介その3」岡和田晃(質問者 市川大賀)
「SF Prologue Wave って、どんな人たちが作っているの?」という声にお応えし、SF Prologue Wave編集部メンバーに、別のメンバーが質問をしてみました。 
 第3弾は岡和田晃さん。質問者は市川大賀さんです。

◎市川大賀さんからの質問状への回答(岡和田晃)

1 SF Prologue Wave(SFPW)の運営に携わってらして、一番気にかけていることは何でしょうか。

 長期的なスパンで、かつ批評的に考えていくことです。
 SFPWは提携団体の1つである日本SF作家クラブのpixivFANBOXで週2回、新しく立ち上げたSFPWの新サイトで週2回と、4回の更新がある早いメディアということから、スピード感ある柔軟な動きが可能ではあるのですが、他方でその強みは10年以上前のコンテンツを今なおWEBで閲覧可能なものとするだけの長期性にもあると考えています。
 ですので、フレッシュな書き手やベテランの書き手の新作を提供するのはむろんのこと、諸般の事情で他の媒体に載らない作品を積極的に掲載していければと思っております。ただし、好んで落ち穂拾いをしているわけではなく、査読によって質を担保することにもこだわっています。
 加えて新作と同じくらい、過去の傑作を採録・再録していくことが重要であると思うのです。こうした採録・再録自体は、私の出身団体の1つであるニューウェーヴ/スペキュレイティヴ・フィクション・サイトspeculativejapanでも行っていたことなのですが、同サイトが悪質なハッキング被害によって停止を余儀なくされた状況において、SFPWの意義はいっそう高まりを見せているものと考えます。
 だからこそ、「NW-SF」に掲載された大和田始さん・佐藤昇さん・土方潤一さんらの作品再掲を企画しました。あるいは大野典宏さん・川嶋侑希さんの協力を得て「SF宝石」に掲載された深見弾さんのソ連・東欧のSF状況を伝える連載の再録も実現しています。
 さらには、国領昭彦さんによるJ・G・バラードへのインタビューや、深見弾さんによるスタニスワフ・レムへのインタビューの収録は、とりわけ大きな話題を呼びました。
 編集委員としては――こちらは紙の雑誌なのですが――私が編集長をしている「ナイトランド・クォータリー」(アトリエサード)との差別化あるいは連動も視野に入れています。NLQはテーマ・マガジンでホラーとダークファンタジーがコアにあります。

2 ご自身の人生の中で、SFにハマったきっかけとなった作品や人間を挙げてくださいますか。 

 SF・ファンタジーとの出逢いは、保育園時代に出会った食玩の『スーパージョイントロボ』です。大人になってこの造形が、マイクル・ウィーラン、アンガス・ラッキー、クリス・フォスといったSFアートの巨匠のそれに通じるものだとわかりました。同じく食玩の『ネクロスの要塞』も好きでした。クトゥルフ神話も『ネクロス』で知りましたね。これらに関わっておられたあだちひろしさんに「ナイトランド・クォータリー」Vol.27でインタビューしたのですが、大変に幸せでした。あとは、古典的なSFや冒険小説を強くリスペクトしていた『ズッコケ三人組』シリーズの影響も大きい。私はズッコケファンクラブ会員で、生前の那須正幹さんに『ズッコケ』シリーズをゲーム化する許諾もいただいたことがあります(いまだ叶っていませんが、いつか実現する構えです)。
 その後、『指輪物語』を小学生の時から読むようになります。図書館には岩崎書店あたりのジュヴナイルSFがあって、すでにホコリをかぶってボロボロではありましたが、ベリャーエフの『いきている首』はそこで読みました。中学校の教科書でレイ・ブラッドベリ、公文式の教材でワシントン・アーヴィングやジョナサン・スウィフトに出逢うことができました。ほか、『ゲド戦記』に『ラヴクラフト全集』。そして「SFマガジン」の創刊号から3号までの復刻版に出逢います。ここでロバート・シェクリィ、アルフレッド・ベスター、フィリップ・K・ディックらの諸作に出逢っていたわけです。中学校のときには「ザ・スニーカー」を定期購読し、高校のときには「SFマガジン」や「幻想文学」を定期的に読むようになっていきます。そこからセルバンテス、ゲーテ、シェイクスピア、スウィフト、デフォーあたりの世界文学に触れるようになりました。それで高校のときには、商業誌のショートショートのコンテストに何度か引っ掛かり、そこから物書きになる自信がつきました。当時の受賞作はSFPWに再録されています。
 『トンネルズ&トロールズ』をはじめとしたRPGとの出逢いは小学校高学年、本格的に始めたのは中学生の頃で、当時の夢はゲームデザイナーにして小説家になることで、高校生のときには英文学者も加わるのですが、いまはその夢を叶えられたばかりか、安田均さんらのご厚意で『トンネルズ&トロールズ』関係の仕事に多数関わりつつ、下楠昌哉さんにお声がけをいただき、『幻想と怪奇の英文学Ⅳ』(春風社)にもE・F・ベンスン論を寄稿でき、いまも英文学関係の学会から寄稿依頼をいただくなど、夢のような出来事が続いています。
 ――ただ、こう書くと「SF趣味が培われるのは13歳」というトマス・M・ディッシュのテーゼの典型のようであり、実際それは間違っていないとも思うのですが、ただ単に初期衝動を引きずっているというよりは、その後、40代に入った現在に至るまで、持続的に読み続けてきた世界文学の一環としてSFを捉えることを心がけています。

3 知る人ぞ知る、岡和田晃さんといえば「SFの人」でもありつつ「TRPGの人」でもあります。両者に共通する醍醐味を教えてください。

 複雑な世界の内側を、手触りをもって探索することで、現実への異化作用をもたらす点でしょう。
 ただし、そもそもSFとTRPGは別個のものではありません。私が翻訳や紹介、創作に関わったことのあるタイトルに限っても、『エクリプス・フェイズ』や『トラベラー』は狭義のSFを扱ったTRPGと言われるものです。
 角度を変えて考えますと、私が第2版と4版の翻訳・紹介に関わっている『ウォーハンマーRPG』は、キム・ニューマン(ジャック・ヨーヴィル名義)やブライアン・ステーブルフォードがノベライズにも関わっていました。
 同じく翻訳・紹介に関わっている『トンネルズ&トロールズ』はサポート誌「ソーサラーズ・アプレンティス」に、C・J・チェリイやタニス・リー、チャールズ・デ・リントやマンリー・ウェイド・ウェルマンといった優れたSF・ファンタジー作家が参加していました。
 『ダンジョンズ&ドラゴンズ』に至っては、最近邦訳の出たマーガレット・ワイスの『レイストリン戦記』など、ディケンズを思わせるレベルの高いもので、「図書新聞」2022年4月9日号に書評も書きました。

4 SFPWは、日本SF作家クラブ公認で、殆ど他に例を見ないweb発信でのSF文章作品メディアです。そこで岡和田さんが目指すことを教えてください。

 大野典宏さんや大竹友美さんのご尽力により、新たな拠点たる新サイトが準備でき、これでサーバー・SEO対策・アーカイブ性の確保の問題がクリアできました。
 川嶋侑希さんや柳ヶ瀬舞さんをはじめ、SFPWからデビューした新たな書き手も生まれ、また伊野隆之さんのように、SFPW発の作品の英訳版が海外で紹介されるケースも出てきています。長澤唯史さんの批評の連載も完結できました。
 何より、『再着装(リスリーヴ)の記憶 〈エクリプス・フェイズ〉アンソロジー』(アトリエサード)や『いかに終わるか 山野浩一発掘小説集』(小鳥遊書房)といったSFPW発の企画も書籍化することができました。
 このように、新しい書き手の発表の場を設けつつ、書籍化とも連動していくことで、有機的な繋がりを持たせたいと考えています。

5 SFPWの、今後の展望や、現在進行形で注目している作品や作者はどなたですか。

 まず、この他己紹介企画(笑)。そして大野典宏さんの「サイバーカルチャートレンド前夜」やストルガツキー兄弟作品の翻訳の再録あるいは新訳。大和田始さんの訳で掲載が予定されている、スタンリー・ワインボウムの作品。そして『エクリプス・フェイズ』や「Utopia」、「翡翠の川」といったシェアードワールド企画です。プライベートな事情で休まれていたSFPW創設メンバーの宮野由梨香さんがSFPWに戻ってきてくださったので、評論に小説にとさらなるご活躍を期待しております。
 市川大賀さんは、ライターとしてはWEB系の軽妙な文体で知られていますが、小説ではまた良い意味での別の顔を見せており、SFPWに掲載された「光の国とぼくとおじさんと」でも、そのことはがくわかります。
 また、月例でSFPW内にて研鑽と親睦を兼ねてゲーム会をしており、いずれオリジナルのゲームを作りたいと考えています。すでに「Role&Roll」(新紀元社)に連続掲載されている『エクリプス・フェイズ』のシナリオや、『聖珠伝説パールシード』の30周年記念本(オニオンワークス)に寄稿した拙作シナリオでは、SFPW内でのテストプレイの成果が反映されています。
 杉本=ヨハネさんや水波流さんらのご理解で実現した「FT新聞」とのコラボレーションも盛り上がってきましたね。
 
6 SFPWにぜひ作品を寄稿してもらいたい! と一番今思っている意中の人はいらっしゃるでしょうか?出来れば教えてください。

 ブルース・スターリング氏です。これは本気です。

7 岡和田さんといえば北海道文学とアイヌ研究。そこへの最初の手掛かりとなったエピソード等ありましたら教えてください。

 歴史学者の海保嶺夫氏は、北海道を「北海道島」と記し、中央中心主義的なパックス・ロマーナならぬパックス・トクガワーナとは異なる歴史的な文脈を持つものとして、北海道を含んだ北方史を再定位していました。そうした意味で、「北海道文学」はSFを含む「日本近代文学」とは独自の文脈を持つもので、私が編集して高槻真樹さんや宮野由梨香さんも参加してくださった『北の想像力 〈北海道文学〉と〈北海道SF〉をめぐる思索の旅』(寿郎社)や『現代北海道文学論 来るべき「惑星思考(プラネタリティ)」に向けて』(藤田印刷エクセレントブックス)は、まさにそうしたパースペクティヴで考えています。
 北海道は内国植民地であり、北海道文学とはあくまでも「北海道文学」とカギカッコが付されるべきものです。アイヌ研究についても同様で、「アイヌ研究」とは言われても「和人研究」はないわけです。こうした非対称性への気づきが、強いて言えば「最初の手掛かり」と言えるのではないでしょうか。
 私は大学時代にマウンテンバイクで日本各地をキャンプしながらツーリングしていたことがあり、なかでも北海道各地の風景に心打たれました。けれども、そこで見た「風景」というのは――それこそ国木田独歩が「空知川の岸辺」に書いたような――あくまでも「開拓」によって成立したものにすぎない、とも言えるわけです。こうした二重性を表現するためには、複雑なアプローチが必要になります。
 こうした問題意識を抱えていた時分に、「早稲田文学」2001年3月号に掲載されていた向井豊昭「怪道をゆく」に出逢いました。後に私は向井の評伝『向井豊昭の闘争』(未來社)、作品集『飛ぶくしゃみ』(未來社)や『骨踊り』(幻戯書房)を編集することになりますが、それはさておき、「怪道をゆく」で代表歌「やつれても濁りに染むなまたも見む我がふるさとの池の真清水」が引かれている歌人の木本千代は、北海道初の文学同人誌「北海文学」の寄稿者でもありながら、戊辰戦争に象徴される「中央」からの蹂躙を身をもって体験した人物で、函館にて臨時雇の待遇で貧民を教えた女性でもあります。
 歌誌「さて、」12号では、天草季紅さんのご尽力で、「函館教育協會雑誌」へ1899~1904年の間に寄せた木本千代の短歌30首の翻刻掲載が実現しました。

8 揺れ動く世界情勢や戦争、コロナ、終わらない不況。SFという表現に出来ること、すべきこと。岡和田さんなりに築きたいことを教えてください。

 最近は「SFという表現に出来ること」は、トランプ政権をはじめとする排外主義を生んだオルタナ右翼的「SFという方法の簒奪・悪用」に批評的な形で抵抗していくことではないかと、強く思っています。
 最近、SFの資本プロパガンダ性を強調しつつ「「闇の物語生成プロセス」に対抗あるいは包摂するための「光の物語生成プロセス」をつくる」ことを吹聴する言説を目にしましたが、口当たりのよい言葉が使われていながらも、内実はきわめて悪質だと感じます。ここで言う「包摂」性など「対抗」ではさらさらなく、紡がれる「光の物語」はノーマン・スピンラッドの『鉄の夢』で批判的に再現されているような支配イデオロギーの正当化にすぎません。なぜならば、その背景にはナチスやオウム真理教の「イノベーション」なるものを強調する、歴史修正主義的な姿勢が見え隠れしているからです。このあたりは、ディッシュ『SFの気恥ずかしさ』での議論が参考になります。
 私の仕事は、SFを悪用した「包摂」に対する、オルタナティヴを提示することにあります。都度、批評や創作で書き続けていますが、最近では山野浩一『花と機械とゲシタルト』(復刻版、小鳥遊書房)に収められた百枚を超える解説論文――執筆には4ヶ月もかかりましたが――に全力を投入しました。是非お読みいただければ幸いです。

◎質問を終えて

 今回光栄にも、恩人でもある岡和田晃氏へのインタビュワーを仰せつかった。インタビューという物は、インタビュワー次第でアンケート以下の駄文になってしまうもので、そういう意味では僕は一番いけない「具体性のないふわっとした質問」ばかりを投げかけてしまったことを深く反省しているが、岡和田氏の「回答への熱量」が、僕の散文的質問羅列を巧く「読み物」として昇華してくださり、逆に感謝している。ご覧のように岡和田氏は、ボンクラが1尋ねただけでも、上手く熱く膨らませて10で返す技能とパッションを持った表現者だが、子煩悩だったり、TRPGでGMをやる時はおちゃめだったり、若くして頭脳警察(パンタ!)に傾倒している等、そういう側面を持っていることを、次のインタビューの機会があったらみなさんにお伝えしたい。岡和田氏は嫌がるかもしれないが(笑)

□岡和田晃(おかわだ・あきら)
1981年北海道生まれ。文芸評論家・作家。「SF Prologue Wave」編集委員、「ナイトランド・クォータリー」編集長、東海大学講師。『「世界内戦」とわずかな希望』や『世界にあけられた弾痕と、黄昏の原郷』(以上、アトリエサード)ほか最近の著書に、『再着装(リスリーヴ)の記憶』(編著、小説集)(アトリエサード)、『アイヌ文化史辞典』(共著、吉川弘文館)、『T&Tビギナーズバンドル』(共著訳、グループSNE)、山野浩一『花と機械とゲシタルト』(解説、小鳥遊書房)等多数。「図書新聞」で文芸時評、「Role&Roll」で歴史コラム、「TH」で「山野浩一とその時代」を長期連載ほか誌紙への寄稿も多い。「SF Prologue Wave」では『エクリプス・フェイズ』や「Utopia」のシェアードワールド企画、〈山野浩一発掘小説集〉に「NW-SF」や「SF宝石」関連の再録、八杉将司氏や蔵原大氏の追悼ほか多数の企画を担当している。第5回日本SF評論賞優秀賞、第50回北海道新聞文学賞創作・評論部門佳作、2019年度茨城文学賞詩部門、2021年度潮流詩派賞評論部門年間最優秀作品賞をそれぞれ受賞。