「無職の俺が幼女に転生したがとんでもないディストピア世界で俺はもう終わりかも知れない(略称:ディスロリ):第28話」山口優(画・じゅりあ)
<登場人物紹介>
- 栗落花晶(つゆり・あきら)
この物語の主人公。西暦二〇一七年生まれの男性。西暦二〇四五年に大学院を卒業したが一〇年間無職。西暦二〇五五年、トラックに轢かれ死亡。再生暦二〇五五年、八歳の少女として復活した。 - 瑠羽世奈(るう・せな)
栗落花晶を復活させた医師の女性。年齢は二〇代。奇矯な態度が目立つ。 - ロマーシュカ・リアプノヴァ
栗落花晶と瑠羽世奈が所属するシベリア遺跡探検隊第一一二班の班長。科学者。年齢はハイティーン。瑠羽と違い常識的な言動を行い、晶の境遇にも同情的な女性だったが、最近瑠羽の影響を受けてきた。 - アキラ
晶と同じ遺伝子と西暦時代の記憶を持つ人物。シベリア遺跡で晶らと出会う。この物語の主人公である晶よりも先に復活した。外見年齢は二〇歳程度。瑠羽には敵意を見せるが、当初は晶には友好的だった。が、後に敵対する。再生暦時代の全世界を支配する人工知能ネットワーク「MAGIシステム」の破壊を目論む。 - ソルニャーカ・ジョリーニイ
通称ソーニャ。シベリア遺跡にて晶らと交戦し敗北した少女。「人間」を名乗っているが、その身体は機械でできており、事実上人間型ロボットである。のちに、「MAGI」システムに対抗すべく開発された「ポズレドニク」システムの端末でありその意思を共有する存在であることが判明する。 - 団栗場
晶の西暦時代の友人。AGIにより人間が無用化した事実を受け止め、就職などの社会参加の努力は無駄だと主張していた。 - 胡桃樹
晶の西暦時代の友人。AGIが人間を無用化していく中でもクラウドワーク等で社会参加の努力を続ける。「遠い将来には人間も有用になっているかも知れない」と晶を励ましていた。 - ミシェル・ブラン
シベリア遺跡探検隊第一五五班班長。アキラの討伐に参加すべくポピガイⅩⅣに向かう。 - ガブリエラ・プラタ
シベリア遺跡探検隊第一五五班班員。ミシェルと行動を共にする。 - メイジー
「MAGIシステム」が肉体を得た姿。晶そっくりの八歳の少女の姿だが、髪の色が青であることだけが異なる(晶の髪の色は赤茶色)。 - 冷川姫子
西暦時代の瑠羽の同僚。一見冷たい印象だが、患者への思いは強い。 - パトソール・リアプノヴァ
西暦時代、瑠羽の病院にやってきた患者。「MAGIが世界を滅ぼそうとしている」と瑠羽達に告げる。
<これまでのあらすじ>
西暦二〇五五年、コネクトーム(全脳神経接続情報)のバックアップ手続きを終えた直後にトラックに轢かれて死亡した栗落花晶は、再生暦二〇五五年に八歳の少女として復活を遂げる。晶は、再生を担当した医師・瑠羽から、彼が復活した世界について教えられる。
西暦二〇五五年、晶がトラックに轢かれた後、西暦文明は滅び、「MAGI」と呼ばれる世界規模の人工知能ネットワークだけが生き残り、文明を再生させたという(再生暦文明)。「MAGI」は再生暦の世界の支配者となり、全ての人間に仕事と生活の糧を与える一方、「MAGI」に反抗する人間に対しては強制収容所送りにするなど、人権を無視したディストピア的な統治を行っていた。一方、西暦文明が滅亡する前のロシアの秘密都市では、北米で開発されたMAGIとは別の人工知能ネットワーク「MAGIA(ロシア側名称=ポズレドニク)」が開発されていた。
MAGIによる支配を覆す秘密組織「ラピスラズリ」に所属する瑠羽は、仲間のロマーシュカとともにアキラを彼女らの組織に勧誘する。晶はしぶしぶ同意し、三人はポズレドニクが開発されていた可能性のある秘密都市遺跡「ポピガイXⅣ」の探検に赴く。そこで三人はポズレドニクに所属するソーニャと名乗る人型ロボット、そして、と出会う。ポズレドニク勢の「王」アキラと出会う。アキラは、晶と同じ西暦時代の記憶と持ち、復活した晶と同じ遺伝子(つまり女性の姿)を持つ人物だった(晶は彼女をカタカナ表記の「アキラ」と呼ぶことにした)。彼女はMAGIを倒す目論見を晶に語り、仲間になろうと呼びかける。が、人と人のつながりそのものが搾取を産むと語るアキラは、MAGIを倒した後には、人と人のつながりのない、原始時代のような世界にするつもりだと示唆する。晶はアキラの目論見に加わることを拒否、アキラと自分が同じ生体情報を持つことを利用してポズレドニク・システムのセキュリティをハックし、アキラに対抗する力を得る。
アキラは晶が自らに従わないことを知ると、晶たちに攻撃を仕掛けてくる。それに助力するMAGIシステムのアバター「メイジー」。
一方、自身がポズレドニク・システムとして作られたことを思い出したソルニャーカ・ジョリーニィは、晶たちに味方し、彼女等をポズレドク勢として受け入れた。
それを知ったメイジーは、晶たちと敵対することを決意し撤退する。メイジー撤退の後、再びアキラとの交戦が始まる。晶は仲間たちの支援を受け、アキラを倒すことに成功、MAGIシステムを倒すために手を組むが、人と人のつながりを大切に思う晶は、MAGIを完全破壊する意思はなく、「MAGIを倒したときにそこにいた方がMAGIを完全破壊するかどうか決める」ということで、アキラとの共闘を取り付ける。晶は「ラピスラズリ」にも協力を求めるため、瑠羽の部屋を訪問した。瑠羽はこれまでの経緯をあらためて彼女の視点から語ろうと告げる。
西暦時代の夢島区の病院にて、精神複写科の瑠羽は、「MAGIによって核戦争が起き、世界は崩壊する。それを防ぐために協力してほしい」と告げる奇妙な患者、パトソール・リアプノヴァと出会う。その帰り、瑠羽は同僚の冷川姫子とともに、駅でMAGIアンドロイドに線路に突き落とされ、電車に轢かれそうになるが、なんとか難を逃れる。その後、瑠羽所有のキャンピングカーに逃れた二人。ラジオでは核戦争の危機というニュース。パトソールの言葉を信じざるを得なくなった二人は、もういちど病院へ向かい、パトソールを救助する。彼女は、東京湾海底データセンターに向かうことで、核戦争を回避できると告げ、三人はキャンピングカーでデータセンターに向かうのだった。
「あの……変な服しかないんですが……」
姫子先生が困惑した表情で戻ってきたのは、トンネルに入ってから数分後だった。
「変? そうかなあ? コスプレ衣装とかはいろいろ入れてたけど、それのこと?」
「それもありましたけど、もっと変な奴もありましたよ! こ、こんな服を探させること自体がセクハラですよ! 訴えますからね!」
顔を真っ赤にしている。かわいい。まあ、キャンピングカーを使う旅行なんて、仲のいい子と水入らずで楽しむためでしかないから、そういうものが入るのも仕方がないのだが。
「まあ何でもいいよ。普通のシャツもあったと思うんだけどなあ……着れそうなやつ、持ってきてよ」
「あの……じゃあこれで」
姫子先生が差し出してきたのは、いわゆるメイド服というやつだった。少し襟ぐりは大きく開いているが、すっぽりと着ればシャツの代わりにはなる。下にジーンズをはいた変な格好になるが。
直線道路だったので、私はハンドルを離し、破れたシャツを脱ぎ、渡されたメイド服をそのまま被るように着た。
「姫子先生も好きなのを着ていいよ」
「着ませんよ!」
「パトソールさんも、患者衣では動きにくいだろうし、好きなのをどうぞ」
「――患者衣よりもマシなものがあったら、検討します」
後ろから冷静な声が返ってくる。
だんだん車内が寒くなってきた。東京湾の底に近づいてきたのだ。
海底にデータセンターを建造するという発想は、一見突飛に見えるが、そこまで無思慮なものではない。まず、海底の水温は非常に低く、データセンターにとって継続的な問題となる熱の問題を解決できる。このDCが発想された当時は非量子型コンピュータが主流だったが、自らは発熱しない現代の量子コンピュータも、量子エンタングルメントを維持するためには低温が必要なので、結局冷やすことができる媒体が周囲に充満しているのはありがたいということになる。
加えて、大都市に近い立地だ。大都市というものは概ね海の近くにあるものだ。そこに近い位置に大規模なデータセンターを建設しようとすれば、必ず土地が問題になる。しかも、データセンター自体にはメンテナンス要員以外訪問しないのだから、「大都市に極めて近く、しかも頻繁に訪問しなくても良い土地」が必要なのだ。
第三に、海底ケーブルとの接続だ。現代の通信システムは、通信衛星コンステレーションがかなり発展しているが、それでも海底ケーブルが担う通信量の方が遙かに多い。
というわけで、現代の情報通信システムは、大都市近傍の海底に備えられた巨大な海底データセンターと、それらを結ぶ海底ケーブルで成り立っている。最も巨大なものは北極海にあり、それがセンターノードだが、北米や北極からアジアに向かう通信網のゲートウェイは東京湾海底にあるので、『最重要ノードの一つ』というのはあながち間違いではない。
東京湾海底データセンターは、東京湾アクアラインの、千葉側からの橋部と東京(川崎)側からの海底トンネル部の結節点である「海ほたる」の海底部分を中心に、放射状に無数のデータセンターモジュールが接続される形で作られている。全体としての敷地は半径五キロメートルの円形であり、現代の全世界のデータ量一〇〇ヨタバイトのおよそ一割、一〇ヨタバイトがここに集結している。
現代のデータセンターは単にデータをためるだけでなく、クラウドサービスも提供するので演算力も相当なものだ。また、もちろんデータを保管する役割も持つ。その中で人々が最も重要だと思うのは、彼等の命そのものとも言える石英記録媒体のデータだろう。各病院、その地下のシェルター、そして海底データセンターの三カ所に保管されており、ここには東京じゅうの人々の、心のバックアップともいえる全神経系コネクトームの情報が、身体のバックアップともいえる遺伝子の情報とともに眠っている。
精神複写科医師として、私は仕事で何度かこのデータセンターを訪れ、うちの病院との同期などを確かめたこともあるから、一応の道は知っている。
「パトソールさん、目的地は『海ほたるセンターモジュール』でいいんだよね?」
私は海底トンネルを進みながら問う。
「海ほたる」を中心に、東京湾海底には放射状に海底トンネルが走っており、それらは概ね東京湾海底データセンターの放射状に配置されたデータセンターモジュールに沿っている。だが「海ほたるセンターモジュール」以外は無人運用されており、海ほたるにのみ、有人の制御センターがあるのだ。
「はい。そこで制御しなければなりません。MAGIは現在、シミュレーションと現実を、若干の時間差を設けて各国の軍事システムを統括する将軍たちに見せています」
バックミラーを見ると、パトソールさんはとあるアニメのコスプレを着ていた。黒い毛皮の帽子に、黒い丈の長い服。彼女はおそらくその見慣れたデザインの服がコスプレ衣装と気づかなかったのだろう。彼女は長い金髪だし、妙に似合っているからまあいい。
「――どういうことだい?」
「MAGIはどの国の軍事システムも掌握していませんが、軍事システムを掌握する将軍たちにデータに基づく予測を提供する権限は与えられています。MAGIは全世界にはりめぐらされた知能のネットワークなので、MAGI以上にすぐれた予測を提供できるシステムが存在せず、これは仕方のないことです」
「だろうねえ……」
「MAGIは、敵の予想される現在の核戦争準備の状況、というのをまず見せます。これは嘘です。しかし、それを見た将軍たちは、それに備えて自国が対処する必要があると考え、実際に 核戦争準備の段階を進めます。これを互いに行うのです。そうすると、MAGIの予想は真実になりますので、MAGI以外の経路で偵察しても同じ結果が得られます。人間の心理に精通しており、かつ、グローバルなネットワークを持っていれば、これぐらい簡単なのです」
パトソールさんは、コスプレに付属する黒い毛皮の帽子の角度を直しながら言う。ますます似合っている。実にいい。
姫子先生は、パトソールさんが着ているのがコスプレだと気づき、何か言おうとしたが、本人が気に入っている雰囲気が伝わったのか、指摘するのを断念したようだ。
(こうやって迷うところもかわいいよなあ)
私は話題と全く関係のないことをちらりと思う。
「それは分かった。それで、MAGIに対してそれをやめるようハッキングを行う訳か、その『ラピスラズリ』というシステムを使って」
「はい。東京湾海底データセンターほど大規模なノードでそれを行えば、その影響は他のノードにも波及できるでしょう」
「ところでその『ラピスラズリ』、どういう仕組みなんだい?」
「MAGIの演算力は膨大で、セキュリティの穴を突くのは非常に大変です。しかし、これを開発したフィオレートヴィは、別のアプローチを考えました。人間に対するアテンション系数を制御する、という仕組みです」
「アテンション、というのはどういう意味かな」
「MAGIは、分散エージェント協調システムで動いています。あらゆるMAGI端末は、独立したエージェントでありながら、他のエージェントの目的・意図を把握し、それを支援するように動くことができるのです。エージェントとして定義されているのは、他のMAGI、それから人間です。MAGIの見ている世界では、無数のMAGI端末と人間という個体が存在するこの人類文明全体が、一つの協調システムになっていて、その全体の意図をMAGIは把握し、その意図を支援するように動くことになっているのです。スケーラビリティが高く、自律性が高いシステムで、非常に有用であったため全世界に同じMAGI規格が広まりました。関心度とは他のエージェントをどれだけ重視するかということです。個々のMAGI端末は、人間に対してもMAGIに対しても、物理的な距離とネットワーク上の距離の両方を勘案してアテンションを定義していますね。物理空間でもネットワーク空間でも、近い者同士が協調して動作する、ということです。『ラピスラズリ』は、この係数を、人間の場合だけ極度に低下させます。人間にとっての虫ぐらいにね」
早口かつ饒舌にパトソールさんは説明してくれた。
「なるほどね。それは便利だ。彼等にとっての重要度が虫ぐらいになるんだったら、注目するわけもない。MAGIは膨大な演算力を持つといっても、やはり有限だからね」
「フィオレートヴィは、当初は、MAGIに対抗するシステムを作るよう、政府に命じられて研究していましたが、しばらくして政府研究機関から姿を消し、独自に研究を続けていたようです。この人間インタラクション低アテンション係数化効果――HILACE(ハイレース)をウィルス化して、周辺のMAGIに感染させていくのが『ラピスラズリ』の仕組みです。」
HILACEウィルスの感染か。
パトソールさんはラピスラズリ色のペンをポケットから取り出した。
「実は今も、私はHILACEウィルスを、このペンからWIFIネットワークに乗せて全開で感染させ続けています。そのせいで、この車をトレースすることがMAGIにはできていないのですが。しかしWIFIを通じた感染では遅すぎるので、データセンターのノードに直接このペンを差し込み、最重要情報として全世界に伝播させる操作をする必要があるのです」
「うまくいけば、核戦争は回避できる、と」
「そのあと何が起こるか分かりませんが、とにかくMAGIは人間への関心によって全てを進めていますので」
「関心によって?」
そこで、パトソールさんが何かに気づいたように口を止めた。
「……まずいですね。HILACEウィルスの伝播が弱まったようです。我々への関心が高まっている」
「それはどういう意味かな?」
「世奈先生! 後ろ!」
私は後ろを見た。
そしてあいた口が塞がらなかった。
無骨な軍用車両が我々を追っていた。一六式機動戦闘車、というやつだ。時速一〇〇キロで走行し、一〇五ミリ戦車砲を撃つことができる。それが一両。その後ろには、パトリアAMV歩兵戦闘車が三両。
「戦車! 戦車がいます!」
「厳密には全部戦車じゃないんだけどね!」
私は無粋な突っ込みを入れつつ、機動戦闘車の砲口を注視した。
(あいつ……私たちを殺す気か? MAGIにそれができるのか……?)
「逃げてください!」
パトソール氏が叫んだ。
「MAGIは我々のデータは全部バックアップ済みなので、今の肉体を破壊したとしても殺したことにはならないという認識を得つつあります!」
彼女が叫んだとほぼ同時。
一〇五ミリ戦車砲がこちらを向いた。
「おいおい、冗談だよね!」
私は叫びながら、同じ瞬間、後部に据え付けていたバストイレユニットを切り離すボタンを押した。それと同時に大きくハンドルを切る。
その同じ瞬間。戦車砲の砲口が。
ぱ
と光った。
衝撃。
だが弱い。戦車砲弾はバストイレユニットを貫き、そこで爆発していた。私は続いて、運転席の操作でガソリンタンクの蓋を開いた。
ドバドバとガソリンが漏れ、バストイレユニットに引火して、爆発的な炎を出し始めた。私は炎から逃げるように、更にスピードアップする。
燃料タンクの半分ほどガソリンをばらまいたところで蓋を閉めた。
「あの……燃料が……」
姫子先生が心配そうに後ろを見ている。
「大丈夫だ。燃料はまだ半分ある。でもトイレとシャワーはもう諦めてくれ」
気に入っていたのに。しょうがない。特に二人でシャワーを浴びることができる広さが私にお気に入りだったのだ。後ろからもうもうと黒い煙が迫っている。あの炎の中でも、軍用車両は難なく進むことができるだろうが、トンネルに充満した熱と煙は我々を狙うのをある程度困難にするだろう。
熱が徐々に収まってきた。
と同時に、前方にまぶしい光が見える。トンネル内のハロゲンライトとは別の光だ。
車は滑り込むように、海ほたるの直下、東京湾海底データセンター、センターモジュールに入っていった。