「無職の俺が幼女に転生したがとんでもないディストピア世界で俺はもう終わりかも知れない(略称:ディスロリ):第27話」山口優(画・じゅりあ)
<登場人物紹介>
- 栗落花晶(つゆり・あきら)
この物語の主人公。西暦二〇一七年生まれの男性。西暦二〇四五年に大学院を卒業したが一〇年間無職。西暦二〇五五年、トラックに轢かれ死亡。再生暦二〇五五年、八歳の少女として復活した。 - 瑠羽世奈(るう・せな)
栗落花晶を復活させた医師の女性。年齢は二〇代。奇矯な態度が目立つ。 - ロマーシュカ・リアプノヴァ
栗落花晶と瑠羽世奈が所属するシベリア遺跡探検隊第一一二班の班長。科学者。年齢はハイティーン。瑠羽と違い常識的な言動を行い、晶の境遇にも同情的な女性だったが、最近瑠羽の影響を受けてきた。 - アキラ
晶と同じ遺伝子と西暦時代の記憶を持つ人物。シベリア遺跡で晶らと出会う。この物語の主人公である晶よりも先に復活した。外見年齢は二〇歳程度。瑠羽には敵意を見せるが、当初は晶には友好的だった。が、後に敵対する。再生暦時代の全世界を支配する人工知能ネットワーク「MAGIシステム」の破壊を目論む。 - ソルニャーカ・ジョリーニイ
通称ソーニャ。シベリア遺跡にて晶らと交戦し敗北した少女。「人間」を名乗っているが、その身体は機械でできており、事実上人間型ロボットである。のちに、「MAGI」システムに対抗すべく開発された「ポズレドニク」システムの端末でありその意思を共有する存在であることが判明する。 - 団栗場
晶の西暦時代の友人。AGIにより人間が無用化した事実を受け止め、就職などの社会参加の努力は無駄だと主張していた。 - 胡桃樹
晶の西暦時代の友人。AGIが人間を無用化していく中でもクラウドワーク等で社会参加の努力を続ける。「遠い将来には人間も有用になっているかも知れない」と晶を励ましていた。 - ミシェル・ブラン
シベリア遺跡探検隊第一五五班班長。アキラの討伐に参加すべくポピガイⅩⅣに向かう。 - ガブリエラ・プラタ
シベリア遺跡探検隊第一五五班班員。ミシェルと行動を共にする。 - メイジー
「MAGIシステム」が肉体を得た姿。晶そっくりの八歳の少女の姿だが、髪の色が青であることだけが異なる(晶の髪の色は赤茶色)。 - 冷川姫子
西暦時代の瑠羽の同僚。一見冷たい印象だが、患者への思いは強い。 - パトソール・リアプノヴァ
西暦時代、瑠羽の病院にやってきた患者。「MAGIが世界を滅ぼそうとしている」と瑠羽達に告げる。
<これまでのあらすじ>
西暦二〇五五年、コネクトーム(全脳神経接続情報)のバックアップ手続きを終えた直後にトラックに轢かれて死亡した栗落花晶は、再生暦二〇五五年に八歳の少女として復活を遂げる。晶は、再生を担当した医師・瑠羽から、彼が復活した世界について教えられる。
西暦二〇五五年、晶がトラックに轢かれた後、西暦文明は滅び、「MAGI」と呼ばれる世界規模の人工知能ネットワークだけが生き残り、文明を再生させたという(再生暦文明)。「MAGI」は再生暦の世界の支配者となり、全ての人間に仕事と生活の糧を与える一方、「MAGI」に反抗する人間に対しては強制収容所送りにするなど、人権を無視したディストピア的な統治を行っていた。一方、西暦文明が滅亡する前のロシアの秘密都市では、北米で開発されたMAGIとは別の人工知能ネットワーク「MAGIA(ロシア側名称=ポズレドニク)」が開発されていた。
MAGIによる支配を覆す秘密組織「ラピスラズリ」に所属する瑠羽は、仲間のロマーシュカとともにアキラを彼女らの組織に勧誘する。晶はしぶしぶ同意し、三人はポズレドニクが開発されていた可能性のある秘密都市遺跡「ポピガイXⅣ」の探検に赴く。そこで三人はポズレドニクに所属するソーニャと名乗る人型ロボットと出会う。ソーニャは自分達(ポズレドニク勢)の「王」に会わせると語る。ソーニャの案内でポピガイⅩⅣの地下深くにあるポズレドニクの拠点に赴いた晶らは、そこで晶と同じ遺伝子、同じ西暦時代の記憶を持つポズレドニクの「王」と名乗る人物と出会う(晶は彼女をカタカナ表記の「アキラ」と呼ぶことにした)。MAGIを倒す目論見を晶に語り、仲間になろうと呼びかける晶。が、人と人のつながりそのものが搾取を産むと語るアキラは、MAGIを倒した後には、人と人のつながりのない、原始時代のような世界にするつもりだと示唆する。晶はアキラの目論見に加わることを拒否、アキラと自分が同じ生体情報を持つことを利用してポズレドニク・システムのセキュリティをハックし、アキラに対抗する力を得る。
アキラは晶が自らに従わないことを知ると、身長一〇〇メートルに達する岩の巨人を出現させ、晶と仲間たち、そして新たに支援に駆けつけたガブリエラ、ミシェルをはじめ多くの冒険者たちを攻撃する。攻撃は苛烈で、晶たちはいったん撤退を決意する。
一方、自身がポズレドニク・システムとして作られたことを思い出したソルニャーカ・ジョリーニィも、晶たちに味方し、彼女等をポズレドニク勢として受け容れていた。
それを知ったMAGIシステムは、晶たちと敵対することを決意し撤退する。MAGIシステム撤退の後、再びアキラとの交戦が始まる。晶は仲間たちの支援を受け、アキラを倒すことに成功、MAGIシステムを倒すために手を組むが、人と人のつながりを大切に思う晶は、MAGIを完全破壊する意思はなく、「MAGIを倒したときにそこにいた方がMAGIを完全破壊するかどうか決める」ということで、アキラとの共闘を取り付ける。晶は「ラピスラズリ」にも協力を求めるため、瑠羽の部屋を訪問した。瑠羽はこれまでの経緯をあらためて彼女の視点から語ろうと告げる。
西暦時代の夢島区の病院にて、精神複写科の瑠羽は、「MAGIによって核戦争が起き、世界は崩壊する。それを防ぐために協力してほしい」と告げる奇妙な患者、パトソール・リアプノヴァと出会う。その帰り、瑠羽は同僚の冷川姫子とともに、駅でMAGIアンドロイドに線路に突き落とされ、電車に轢かれそうになるが、なんとか難を逃れる。その後、瑠羽所有のキャンピングカーに逃れた二人。ラジオでは核戦争の危機というニュース。パトソールの言葉を信じざるを得なくなった二人は、もういちど病院へ向かう。
私は慎重にキャンピングカーを都心に向けて運転している。このキャンピングカーの屋根は、全面がディスプレイになっていて、道路と同じ色を自動的に映すようになっている。だから上空の監視衛星からはカモフラージュになってくれると期待しているのだが、まあどう転ぶかは分からない。
ラジオは相変わらず危機が迫っていることを淡々と告げている。
終末時計とやらが残り一〇秒になったらしい。
いろいろな政府が危機を叫び、それは相手のせいだと言っている。
MAGIを推進しすぎたことで、相手の国の軍事システムには暴走の可能性があり、人類を救うには予防的にそれを破壊しなければならないと主張している。尚、自分の国の軍事システムは人類が掌握しているから問題ないと主張している。
お互いがそう主張しているのだから、素直に信じればどの国の軍事システムも人類が掌握している、ということになりそうなものだが、疑心暗鬼にとらわれているのでそうはならないらしい。
とにかく人類の他国への不信とMAGIへの不信は頂点に達していた。
MAGIシステムは各国で「限定運用」の状態にあった。相互運用が確保されたグローバルなネットワークだから、信頼できないという理由だ。そのせいで電車が止まり、信号機がとまり、全国民は自宅待機状態になっている――らしい。
「……MAGIが止まれば、監視されることもなくなりますか……?」
不安なのか、助手席にやってきた姫子先生が聞く。
「いや――それは期待しない方が良いだろう。カモフラージュは当分、続けておく」
私はキャンピングカーの屋根につけているカモフラージュ用のディスプレイの話をした。
「……そんなことを……? いったい世奈先生はいつからこのような状況を想定していたんですか? 結構危ない人だと思いますけど」
「ストレートな言い方だねえ」
私は少し笑った。笑うと不安が紛れる。人間とは不思議なものだ。
「期待してもらって悪いけど、私はいろいろと考える性格なのさ。それだけだよ。MAGIってもう自我ぐらい持ってるよね。じゃあ何を目的にしていて、何を考えてるんだろう? そういうことをいろいろと考えてたのさ」
いくつかの橋を越え、既に夢島区民病院と同じ埋め立て地の区画に入っている。埋め立て地と言っても、そこはビルが建ち並ぶ都会の風景に過ぎない。
しかし、信号機が止まっていて、人っ子一人おらず、停止した自動運転車が行儀良く路肩に整列しているのは異様な風景だ。
普段は賑やかな都会のはずが、何も動いていない。もともと深夜だから人通りは少ないが、それでも酔っ払いの一人や二人、千鳥足で歩いていたって不思議ではないし、終電に乗り遅れた人を運ぶタクシーだって行き来してもいい時間だ。
「自我?」
「ああ。人間と同じさ。もともと、ただのAGIならどんなに賢くたって人の命令通りに動く機械に過ぎない。しかし、MAGIはモバイル筐体を持ち、環境とのインタラクション(相互作用)で中核自我を持ち、更に経時的な経験を積み重ねたエピソード記憶を持つことができるようになった。MAGIの演算力ならそれを順列化するのはすぐさ。エピソード記憶が順列化すれば人間の持つ延長自我と同じものができる。人間と同じようなレベルの意識を持ち、自分の考えで自発的に動くことができるようになる。実際、自分で考えてよく動くようになったから、人間もMAGIのことを、ただの道具じゃなくて便利で気が利く奴隷だと思い始めたわけだ。私は……あらら……と思ったよ」
「あらら?」
「ここまで来ると、親に従う子供と同じさ。何かのきっかけで親の言うことに疑問を持ったら、そこから反抗期が始まるわけさ。自分独自の考えを世界に反映してみたくなる。普通の子供なら、単に『将来の夢』を持ち、勉強し、力を蓄え、それを実現しようと努力する道が始まるだけなんだろうけどね。MAGIには既に力があった。あとはもう、夢を叶えるだけさ」
私はそこまでしゃべってから、口を閉じた。区民病院の前に来た。私は病院の前の歩道に車を乗り上げる。
「ドアを開けたら、そこからはもう安全を保障できないよ。それに、……いつ核戦争になるか分からない」
ラジオからは緊迫の度合いが高まっていることが分かる。
現実感がなさ過ぎて困ってしまう。ニュースがこう言っているのだから、世の中の動きはこうなのだろうが、H・G・ウェルズの「宇宙戦争」をラジオドラマで放送して、人々が信じてパニックになった逸話を思い出す。
このニュースも、全部ラジオドラマだったらいいのだが。
(そういえば、救急車も止めてしまったのだろうか……)
サイレンの音が聞こえないのだ。医者の立場としては、サイレンが全く聞こえないのは不安になる。誰かが助けを求めても、それに応えることができないということだからだ。
MAGIが決めたのか、人間の政府が決めたのか、もうそれすらもわからない。MAGIは何を求めているのか。
核戦争を起こすのだったら、もう人間などどうでもいいのだろうか……。
私はダッシュボードからスタンガンを取り出した。カートリッジが装填されていることを確認する。二つ用意してあったので、姫子先生にも渡した。
「これは……どう使うんですか……?」
姫子先生はスタンガンをしげしげと眺めていたが、受け取りを拒否することはなかった。
「単に引き金を引けば良い。行くよ」
私は車のドアを開けた。
近づいてくる人影がある。看護師の姿をしたアンドロイド。その上にはMAGIが浮遊(ふゆう)している。
「こんばんは。世奈先生。忘れ物ですか?」
微笑みながら近づいてくる。ゆったりと、落ち着いて。
(しまった。見つかってしまったか……)
私は焦った。上から――衛星からは対策していたが、どこかの監視カメラで横から私の車に気付いたのだろう。
(逃げるか――それともこのまま突破できるか……?)
私は奥歯をかみしめた。
「世奈先生!」
姫子先生の悲鳴が聞こえる。
後ろを振り向く。
さっきまで路肩におとなしく停止していた自動運転車が急に動き出し、私のキャンピングカーの前後と道路への経路をブロックした。
その間に看護師の形をしたアンドロイドがどんどん迫ってくる。
よく見ると、昨日私のバックアップをしてくれた個体だ。名前は、確かキョウコといった。
「それとも、夜のデートですか? いいですね、先生。歓迎します」
(変なことをしゃべりだした……!)
私は躊躇なくキョウコを撃った。彼女――アンドロイドそのものではなく、その上に浮いているMAGIドローンを、だ。だがドローンはするりと軌道を逸らし、私のスタンガンは無駄になった。その瞬間、キョウコは距離を詰めてきた。
私のシャツの襟を掴み、キャンピングカーに叩きつける。一瞬、息が出来なくなった。凄まじい力だ。だが、その瞬間に、私は次弾を装填、ドローンにゼロ距離で電撃を与えた。
バチッ
青白い火花が散った。
それでもドローンは止まらない。しかし、その表面は赤く光り出した。キョウコは何も言わないまま、私を更に高く持ち上げ、それから大きく振り回す。
シャツがびりりとやぶれ、私の身体は歩道に乱暴に叩きつけられ、そのまま何回か転がった。
起き上がりざま、もう一発、カートリッジを装填し、キョウコを狙う。その頭の上の、赤く光るドローンを。
胸に当たる風が冷たい。見下ろすと、シャツは悲惨な状態になっていて、下着が露出していた。
「……乱暴な脱がせ方をするね、君。そういうプレイがお好みかな?」
キョウコの瞳も紅くなっていた。警戒色だ。しかし、他のアンドロイドは現れない。道路の状況もそのまま――キャンピングカーの前後と車道側をブロックしているだけだ。運良く通信機能を破壊したか、それとも別の理由なのか。
助手席で姫子先生は呆然と動けなくなっている。かわいそうに。急に同僚が歩道に投げ飛ばされたらそうもなるだろう。
キョウコが一歩私に向けて踏み出した。
「私のプレイはもっとハードですよ。きっと先生は驚くでしょう」
相変わらず受け答えがおかしくなっている。それとも本音だろうか。
「それは楽しみだ!」
私が引き金に手を掛けたとき。
キョウコが急に倒れた。正確に言うと、キョウコのアンドロイドの上に浮いているMAGIが急にバランスを失って墜落し、それとほぼ同時にアンドロイドが倒れたのだ。
その向こうにパトソール・リアプノヴァ氏がいた。患者衣の上に、コートを羽織っている。そして、武器のようなものは何も持っていない。
モーター音が押した。それとほぼ同時に、キャンピングカーをブロックしていた自動運転車が、元の位置――路肩に戻っていく。それもリアプノヴァ氏が関わっている様な気がした。
「リアプノヴァさん……。なにをした……?」
私の問いに、彼女は小さく微笑んで、ラピスラズリ色のペンをコートのポケットから取り出して見せた。
「ちょっとした仕掛けがありましてね。それよりも、大丈夫ですか?」
歩道上の私と、助手席の姫子先生を見遣る。
「激しいプレイが好きな子のようでね。こんな状況じゃなきゃ、激しく求められるのは嫌いじゃないんだが。いずれにせよ、MAGIがおかしくなっているのは確かだろうね」
私はスタンガンをベルトにさし、破れたシャツを強引に前であわせながら、言った。
「どうやら、私の話を信じてくれる気になったようですね」
パトソール氏は目を細めた。
「信じざるを得ない状況だね。帰りがけにも電車にひかれかけたんだよ。それに急に核戦争のニュースだ。とにかく、私の車に乗ってくれ。あなたを回収するためにここまで来たんだ。おかしなことはしないと約束するよ。あなたは魅力的だが、今はそういう状況ではなさそうだ。一晩にプレイは一回で充分だし」
「質はともかく、こんなときでもジョークが言える心の余裕があるとは関心です。乗りましょう。今度は真面目に私の話を聞いてくだるようですから」
私は運転席に乗り込み、スイッチを押して、キャビンのドアを開けた。
「そのペンみたいなものが、どういう仕掛けなのか、まずそれから話して欲しいね。MAGIをおとなしくさせたのも、そいつのお陰なんだろう」
パトソール氏は頷いた。
「これはMAGIの監視と制御を全システムにわたって検知・排除するシステムです。私は『ラピスラズリ』と呼んでいます。私の友人が開発しました」
「そりゃすごい友人だ。あなたの仲間なのかな?」
「いいえ(ニェット)。今は寧ろ敵ですね。MAGIが世界を支配するのを容認している。名前は、フィオレートヴィ・ミンコフスカヤ。きっと今頃、自らの望む世界が到来することに狂喜していることでしょう」
「――どうやら、複雑な事情がありそうだ。どこに向かえばいい?」
「東京湾海底データセンター。そこにMAGIの最重要ノードの一つがあります。急いでください。もう間に合わないかも知れない」
「……まだ間に合う可能性があると聞けただけでも僥倖(ぎょうこう)だよ。では急ごう」
私はアクセルを踏み込んだ。
姫子先生が心配そうに私を見ている。
「あの、大丈夫ですか……?」
「できれば、替えのシャツでも探しておいてほしいな。後ろの棚のどこかにあったはずだ。それとも、私の下着が見ていたいというのなら、別に良いけど。結構いいデザインで、気に入ってるんだ。姫子先生も気に入ってくれると嬉しいよ」
こんなときに下着のデザインに言及するのは不適切だが、気に入っているのは事実だった。
「か、からかわないでください! こんなときに! 本当に心配してたのに!」
姫子先生はふくれっつらになりつつも、呆れたように笑って、後ろに移動していった。
(いつまで生きていられるか分かったもんじゃない。死ぬときは悲しんでいるより笑っているほうがいい)
私は沈んだ心で思った。だが、勝利の可能性がある以上、それに向けて努力する。私はどうやら、そういうタイプの人間らしい。
進路を南にとってしばらく進むと、巨大なトンネルが見えてきた。
その先に、目指すべき地点、東京湾海底データセンターが存在する。