「バトン」大梅健太郎

 パッとあたりに閃光が走ったかと思うと、ワンテンポ遅れてドン、という腹の底に響く衝撃が伝わった。キャーだのワーだの、方々から叫び声や怒号が聞こえてくる。雑居ビルの破れた窓から飛び散ったのか、無数の白い紙がひらひらと舞っていた。

【一日目】
 マンションの自室のドアを開けた古庄誠は、インターホンのあたりにチカチカと赤いランプが明滅していることに気がついた。
「あれ」
 郵便受けを見たときには、宅配便の不在票は入っていなかったのに。古庄は訝(いぶか)しげな顔で鞄を玄関に置き、マンションのエントランスにある宅配ボックスへと向かった。
 ボックスの液晶案内画面には、確かに古庄の部屋番号が示されている。解錠キーをあてると、ガチャンという金属音とともに、ボックスが開いた。中には、酒瓶が入っていそうな細長い直方体の箱がある。
「遅れたお歳暮かね」
 手に取ると、酒瓶にしては重い。宅配便ではなく、普通郵便で送られてきたようで、たくさんの切手が貼られている。郵便受けの口に入らなかったのだろう。
「んん。差出人の名前がないな」
 古庄の名前はラベルシールで貼られているので、筆跡もわからない。とりあえず部屋に持って帰り、テーブルの上に置いて夕食の準備をはじめた。
 鍋に湯を沸かし、冷凍しておいた野菜を複数と、これまた小分けに冷凍しておいた鶏肉を放りこむ。今日はコンソメを入れることにした。
 冷凍ご飯が温まると、古庄はテーブルに並べてテレビのスイッチを入れた。
 ニュースは、爆発・炎上している雑居ビルの映像を流していた。ここ数日、連続して似たことが起こっており、謎の連続爆弾魔の存在についてコメンテーターが熱弁していた。今のところ爆発はランダムに起こっているようで、無差別テロの線も考えられるらしい。
「物騒な世の中だな」
 古庄は夕食を食べ終わると、食器を食洗機に入れ、スイッチを押した。そしてそのままシャワーを浴びると、箱を開けることなくベッドで寝てしまった。

【二日目】
「物騒な世の中だな」
 通勤電車でたまたま一緒になった同僚が、古庄に言った。世をにぎわす爆弾魔の話だ。
「電車の中で、突然ドカンといかれたらたまったもんじゃない」
 同僚の言葉に、古庄も答える。
「今のところ公共交通機関での爆発はないみたいだけど、わからんもんな」
「うちの社にも爆弾が届く日が来るかもしれんぞ」
「違いない」
 二人で無責任に苦笑いしながら、会社の最寄り駅で下車した。
 古庄はデスクでパソコンのキーを叩きつつ、いつから爆弾魔の話が世に出はじめたのかを思い返す。
 ほんの数ヶ月前のような気もするし、この数週間だったかもしれない。ぼんやり考えていると、海外でも似た事件が続いているという話を思い出した。気になったのでそのままニュースを検索してみる。日本で爆発騒ぎがはじまるよりも二ヶ月ほど前に、隣国でも爆発のニュースが頻発しているようだった。
「世界中で、こんなことが起こってるのか」
 世界征服を目論む悪の組織でもいるのかもしれないな、と古庄は思って笑った。
 仕事を終え、自宅マンションの郵便受けをのぞく。ふと、昨日受け取った箱のことを思い出した。
「あれ、開封しないとな」
 古庄は自室にあがると、すぐに箱を手に取った。ずっしりとした重みが二の腕に響く。ゆっくりと振ってみたが、液体が入っている感覚はなかった。
 ガムテープをはがし、開封する。箱の中には梱包材のエアパッキンがぎゅうぎゅうに詰められていた。
「棒?」
 エアパッキンで覆われていたのは、アルミホイルの芯のような形をした金属の棒だった。マット調に加工された表面には、明朝体の文字がお経のように刻まれている。
『これは棒の手紙です。この手紙を五日以内に、誰にも相談しないで、別の誰かにそのまま送らないと、貴方のところで不幸が生じます。なお、この棒には加速度センサーとGPSが搭載されています。また、AIを搭載したマイクロコンピュータが集音器とWebに連結されています』
「なんだこれ」
 棒の手紙、といえば不幸の手紙の亜種と聞いたことがある。字が汚い誰かが、不幸の二文字を続けて書いてしまって、「不幸の手紙」が「棒の手紙」になったという話だ。しかし、あれは紙に書かれたものであって、こんな金属棒ではないはずだ。
 表面に彫られた文字に指をあてる。ただのいたずらにしては、どうも手がこみすぎている。そして、同じ文面で何人かに送るわけではなく、この棒そのものをどこかに送る、という時点で一般的な不幸の手紙系列のモノとは一線を画しており、何かが違う。
「ネットで検索してみるか」
 スマートフォンの検索窓に「棒の手紙」と打ちこむ。しかし、出てくるのは古庄が知っている情報や、それを題材にした小説・漫画、都市伝説を紹介したブログなどしかなかった。
「こっちから聞いてみるか」
 SNSに発信して、情報を収集しようと思い、このことを書きはじめる。しかし、急に通信状況が悪化して送信できなくなった。Wi―Fiを立ち上げ直しても、同様の現象が繰り返される。何かに妨害されているかのようだ。
「ま、明日会社のパソコンですればいいや」
 テレビをつけると、また今日も新しい爆発事件が起こっていることを知らせていた。

【三日目】
 何度再起動しても、会社のパソコンの通信回線がなおらない。一度SNSに『棒の手紙について』と記入した瞬間、サーバーがダウンした。原因は自分にあるようで、会社のシステム管理者から「何をしたんだ」と問い詰められるはめとなった。管理者が言うには、自分のパソコンが突然外部から攻撃を受け、それに連鎖する形でサーバーがダウンしたらしい。昼休み中だったとはいえ、私用でSNSに書きこみをしたことが少し後ろめたかったので、詳しいことは説明せずに、ネットサーフィンをしていたら突然エラーが表示されたと伝えた。
 家に帰って改めて検索してみようとしたが、昨晩同様、不具合は続いている。
「なんだか気味が悪いな」
 そもそも棒の手紙や不幸の手紙はオカルト系の話なので、小心者の古庄にとってはあまり気分の良い話ではない。現実世界での出来事はさておき、小説や都市伝説の世界では、手紙は猛威を振るっている。
 棒を手に取ってじっくりと眺めていると、『五日以内』という文字が目にとまった。あと二日しか猶予がないことに不安がつのる。自分がこの棒を持ち続けることに、後ろめたさと不安がないまぜになった気持ちを感じはじめてきた。
「しかたない、許せ」
 古庄は、大学時代の友人の住所をラベルシートに印刷し、送られてきたとおりに梱包材を詰め、転送することにした。

【四日目】
 細長い箱はポストに投函することができないうえ、窓口で送ると無記名である意味がなくなるような気がしたので、古庄はわざわざ半日有給休暇を取得して中央郵便局に赴き、一般投函口に投げこんだ。
「アイツには悪いけど、これで安心だ。まぁ、アイツなら許してくれるだろう」
 重荷がなくなったせいなのか、古庄は足取り軽く会社へと向かった。
 会社でも自宅でも、ネットの不具合はなおっていた。自分で最後に書きこんだ棒についての内容は、不具合のタイミングのせいでアップロードを失敗したのか、どこにも見当たらなかった。

【十日目】
 古庄の目の前に、また細長い箱があった。
「アイツから送り返されてきた、のか?」
 面白いくらい同じ状態で送られてきたその棒には、まったく同じ文言が刻まれていた。得体のしれないことに巻きこまれている。背筋にゾワリとした冷たさが走った。前回同様、SNSに書きこみをした瞬間、回線はダウンした。
 まったく同様に、アイツに転送してしまうべきか。それとも。
 古庄は悩んだすえ、別の大学時代の友人に送ることにした。ただ、先日に送った友人と違って、ソイツとはあまり仲が良くなかった。そもそも当時の住所にまだ住んでいるとも限らない。
「バレると、完全に絶縁だろうな」
 申し訳ない気持ちが半分、どうでもいいやという投げやりな気持ちが半分で、混ざり合っていた。

【十一日目】
古庄はちょうど一週間前と同様に、半日有給休暇を取得して中央郵便局へと向かった。気のせいか、巡回している警察官が目についた。変に声をかけられても嫌なので、古庄は急いで投函すると、すぐに会社へと向かった。

【十七日目】
 会社の食堂で、古庄はテレビにうつった爆発事故現場の中継映像から目が離せなかった。見覚えのある家並み。大学時代に、何度か行ったことがあるアパートが爆発していた。かなりの被害のようで、数人が行方不明との報道だった。
「まさか本当に、不幸が起きたのか。そしてまさか、捜査の手がこちらにまで及んで、犯人扱いされるというのか?」
 激しく動揺した古庄は、食堂を出ると誰にも何も言わず、真っすぐ自宅へと帰った。
 そして郵便受けに入った棒を見て、へなへなと崩れ落ちた。
 部屋に帰ると、まず棒をまんべんなく見まわした。まったく同じように見えたが、今回の棒の端には、油性マジックペンで八十一という数字が書かれていた。
「なんだこれ。前の二本にこんなの書かれてたかな」
 そこである考えが思い浮かび、背筋が凍った。どこかの誰かが、自分の所に送られてきた何本目の棒であるかをマーキングした数字なのではないか。
「八十一本も、送られた人がいるってことなのか……」
 古庄は改めてどうするべきか考える。最近世を騒がせている謎の爆発事故はすべてこの棒のせいなのだろうか。だとすると、この棒を警察に届けて捜査してもらうべきではないか。
 しかし、わざわざ刻まれた『集音器』という言葉がひっかかる。もしこの棒が周囲の音をすべて拾っていて、異常を感知したらどうなるか。
「やっぱり、爆発するのかな」
 試してみる気にはなれない。考えたすえ、直接近くの警察署に郵送することにした。さすがに警察であれば適切に対処してくれるだろう。そうと決まれば善は急げだ。棒をすぐに再梱包し、中央郵便局へと走った。

【二十日目】
 古庄は、呆然とテレビを見ていた。爆発炎上している警察署。連続爆発事件は、ついに警察署を狙ったテロへと変貌したと解説されていた。古庄も、ひょっとしたらこうなるんじゃないかな、と考えなかったわけではない。しかし、送ってしまったのだ。
 不幸が訪れる予定日よりも二日早いので、古庄とは違う誰かのせいかもしれないが、その確証はなかった。さすがに警察署からどこかへと転送されることはなかっただろうし、棒を調べるうちに不幸を呼び寄せてしまったのかもしれなかった。
 警察の公式会見では、パイプ型爆弾が送られてきて、それを調査中に爆発してしまったそうだ。送り主の情報などは一切不明で、指紋など証拠となるものはすべて爆発とともに失われたと、テレビの中のキャスターが申し訳なさそうな顔で話している。そこで古庄は、ふと考えた。最終的に警察に送りつけたのは自分なので、犯人扱いされる可能性がある。そのことに、本当に今更ながら気がついた。
「よくないけど、よかった」
 警察ですら持て余してしまうようなもの、自分一人でどうこうできる代物ではなかったのだ。もうこのような危ない橋を、渡らないようにしなければ。

【百日目】
「物騒な世の中だな」
 通勤電車でたまたま一緒になった同僚が、古庄に言った。世をにぎわす棒の話だ。
「某国が世界を混乱させるために開発したらしいぞ」
同僚の言葉に、古庄も答える。
「でも否定しているんだろ。某国を陥れるための陰謀で、自分たちの国でも被害が出ているって言ってるし」
 いつの間にか棒は世界中に蔓延し、今この瞬間も何百人という人が爆発で死に続けている。政府お抱えの数学者からは、数千万本の棒が世界中に散らばっているのではないかとの概算報告がなされた。こうなっては、もう誰が犯人かなんて些細(ささい)な問題だ。
 棒に気づかれることなく機能停止させる機械を開発しようと、世界中の研究者が昼夜問わずに研究しているらしい。最終的には、その機械が一人一台行きわたるようになることを目指している。政府は、海外のその機械メーカーと、優先して数千万台提供を受ける契約を結んだそうだ。
「棒が届いたら、お前ならどうする?」
 同僚に聞かれて、古庄は首をひねった。
「そりゃ当然、当局に申し出るよ。転送して他人に迷惑をかけたくないし」
「違いない」
 二人で無責任に苦笑いしながら、会社の最寄り駅で下車した。