「無職の俺が幼女に転生したがとんでもないディストピア世界で俺はもう終わりかも知れない(略称:ディスロリ):第26話」山口優(画・じゅりあ)

「無職の俺が幼女に転生したがとんでもないディストピア世界で俺はもう終わりかも知れない(略称:ディスロリ):第26話」山口優(画・じゅりあ)

<登場人物紹介>

  • 栗落花晶(つゆり・あきら)
     この物語の主人公。西暦二〇一七年生まれの男性。西暦二〇四五年に大学院を卒業したが一〇年間無職。西暦二〇五五年、トラックに轢かれ死亡。再生暦二〇五五年、八歳の少女として復活した。
  • 瑠羽世奈(るう・せな)
     栗落花晶を復活させた医師の女性。年齢は二〇代。奇矯な態度が目立つ。
  • ロマーシュカ・リアプノヴァ
     栗落花晶と瑠羽世奈が所属するシベリア遺跡探検隊第一一二班の班長。科学者。年齢はハイティーン。瑠羽と違い常識的な言動を行い、晶の境遇にも同情的な女性だったが、最近瑠羽の影響を受けてきた。
  • アキラ
     晶と同じ遺伝子と西暦時代の記憶を持つ人物。シベリア遺跡で晶らと出会う。この物語の主人公である晶よりも先に復活した。外見年齢は二〇歳程度。瑠羽には敵意を見せるが、当初は晶には友好的だったが、後に敵対する。再生暦時代の全世界を支配する人工知能ネットワーク「MAGIシステム」の破壊を目論む。
  • ソルニャーカ・ジョリーニイ
     通称ソーニャ。シベリア遺跡にて晶らと交戦し敗北した少女。「人間」を名乗っているが、その身体は機械でできており、事実上人間型ロボットである。のちに、「MAGI」システムに対抗すべく開発された「ポズレドニク」システムの端末でありその意思を共有する存在であることが判明する。
  • 団栗場 
     晶の西暦時代の友人。AGIにより人間が無用化した事実を受け止め、就職などの社会参加の努力は無駄だと主張していた。
  • 胡桃樹
     晶の西暦時代の友人。AGIが人間を無用化していく中でもクラウドワーク等で社会参加の努力を続ける。「遠い将来には人間も有用になっているかも知れない」と晶を励ましていた。
  • ミシェル・ブラン 
     シベリア遺跡探検隊第一五五班班長。アキラの討伐に参加すべくポピガイⅩⅣに向かう。
  • ガブリエラ・プラタ
     シベリア遺跡探検隊第一五五班班員。ミシェルと行動を共にする。
  • メイジー
    「MAGIシステム」が肉体を得た姿。晶そっくりの八歳の少女の姿だが、髪の色が青であることだけが異なる(晶の髪の色は赤茶色)。
  • 冷川姫子 
     西暦時代の瑠羽の同僚。一見冷たい印象だが、患者への思いは強い。
  • パトソール・リアプノヴァ
     西暦時代、瑠羽の病院にやってきた患者。「MAGIが世界を滅ぼそうとしている」と瑠羽達に告げる。

<これまでのあらすじ>
 西暦二〇五五年、コネクトーム(全脳神経接続情報)のバックアップ手続きを終えた直後にトラックに轢かれて死亡した栗落花晶は、再生暦二〇五五年に八歳の少女として復活を遂げる。晶は、再生を担当した医師・瑠羽から、彼が復活した世界について教えられる。
 西暦二〇五五年、晶がトラックに轢かれた後、西暦文明は滅び、「MAGI」と呼ばれる世界規模の人工知能ネットワークだけが生き残り、文明を再生させたという(再生暦文明)。「MAGI」は再生暦の世界の支配者となり、全ての人間に仕事と生活の糧を与える一方、「MAGI」に反抗する人間に対しては強制収容所送りにするなど、人権を無視したディストピア的な統治を行っていた。一方、西暦文明が滅亡する前のロシアの秘密都市では、北米で開発されたMAGIとは別の人工知能ネットワーク「MAGIA(ロシア側名称=ポズレドニク)」が開発されていた。
 MAGIによる支配を覆す秘密組織「ラピスラズリ」に所属する瑠羽は、仲間のロマーシュカとともにアキラを彼女らの組織に勧誘する。晶はしぶしぶ同意し、三人はポズレドニクが開発されていた可能性のある秘密都市遺跡「ポピガイXⅣ」の探検に赴く。そこで三人はポズレドニクに所属するソーニャと名乗る人型ロボットと出会う。ソーニャは自分達(ポズレドニク勢)の「王」に会わせると語る。ソーニャの案内でポピガイⅩⅣの地下深くにあるポズレドニクの拠点に赴いた晶らは、そこで晶と同じ遺伝子、同じ西暦時代の記憶を持つポズレドニクの「王」と名乗る人物と出会う(晶は彼女をカタカナ表記の「アキラ」と呼ぶことにした)。MAGIを倒す目論見を晶に語り、仲間になろうと呼びかける晶。が、人と人のつながりそのものが搾取を産むと語るアキラは、MAGIを倒した後には、人と人のつながりのない、原始時代のような世界にするつもりだと示唆する。晶はアキラの目論見に加わることを拒否、アキラと自分が同じ生体情報を持つことを利用してポズレドニク・システムのセキュリティをハックし、アキラに対抗する力を得る。
 アキラは晶が自らに従わないことを知ると、身長一〇〇メートルに達する岩の巨人を出現させ、晶と仲間たち、そして新たに支援に駆けつけたガブリエラ、ミシェルをはじめ多くの冒険者たちを攻撃する。攻撃は苛烈で、晶たちはいったん撤退を決意する。
 一方、自身がポズレドニク・システムとして作られたことを思い出したソルニャーカ・ジョリーニィも、晶たちに味方し、彼女等をポズレドニク勢として受け容れていた。
 それを知ったMAGIシステムは、晶たちと敵対することを決意し撤退する。MAGIシステム撤退の後、再びアキラとの交戦が始まる。晶は仲間たちの支援を受け、アキラを倒すことに成功、MAGIシステムを倒すために手を組むが、人と人のつながりを大切に思う晶は、MAGIを完全破壊する意思はなく、「MAGIを倒したときにそこにいた方がMAGIを完全破壊するかどうか決める」ということで、アキラとの共闘を取り付ける。晶は「ラピスラズリ」にも協力を求めるため、瑠羽の部屋を訪問した。瑠羽はこれまでの経緯をあらためて彼女の視点から語ろうと告げる。
 西暦時代の夢島区の病院にて、精神複写科の瑠羽は、「MAGIによって世界は崩壊する」と告げる奇妙な患者、パトソール・リアプノヴァと出会う。その帰り、瑠羽は同僚の冷川姫子とともに、駅でMAGIアンドロイドに線路に突き落とされ、電車に轢かれそうになるが、なんとか難を逃れる。

 すやすやと眠っている姫子先生が、急に眉をしかめ、それからぱっと目を開いた。
 キャンピングカーのバンクベッドの上に、我々二人は並んで寝そべっていた。あのあと、ショックで気絶した姫子先生をおぶって、私は自分の家に立ち寄り、そこでキャンピングカーに乗せて、ここまでやってきたわけだ。
「やあ、おはよう」
「……世奈先生。ここはどこです?」
 まるで誘拐犯を見るような、不信感のある視線。まあある意味でそうなんだが。事故が起こってから、警察にも行かず、駅員にも何も言わず、そのまま逃げるように連れてきてしまった。みんなMAGIの統制下にあるから、そうするわけにもいかなかったんだが。
「私の車だよ。キャンピングカー」
 彼女は私の顔をじっと見て、それから天井に視線を移した。天井にしては近すぎるように見えると思ったのか、一生懸命焦点を合わせようとし、それからやっと、バンクベッドの天井が極めて低いことに気付いて、ため息をついた。
 強い風が吹いている。その度にキャンピングカーは揺れた。
「キャンピングカーは分かりましたが、どこに駐車してるんです?」
「埋め立て地だよ。行政区画上は夢島区だけど、来年には分離する予定。その時には新海区になると聞いてるよ」
「……なるほど……」
「安心して。運転席にはMAGIは乗ってない。これは私が自分で運転してるのさ」
「手動運転車ですか。珍しいですね」
 姫子先生は次の言葉を探すように低い天井を凝視していたが、やがて言った。
「あの駅員は、やはりMAGIアンドロイドなんですか……? しかも、故障ではなくわざとやったと……」
「状況からはそう推定される」
「じゃああの患者さんが言ったことが本当だと……?」
「それは知らないさ。ただ、事故の前にも言っただろう、私は用心深いんだと」
 姫子先生はしばらく何か考えているようだった。
「ニュースはどう言ってますか、あの事故のこと」
 私は無言で、バンクベッドに転がっていた、ラジオのリモコンのスイッチを入れた。
「独立国家連合軍スポークスパーソン、エカテリーナ・メンデレーエヴァ氏は、双洋条約機構の『人類絶滅のリスクに対する不誠実な対応』を繰り返し批判し、『今後いかなることが起こっても、それは全て彼等の責任である』と指摘しました」
「なんですかこれ……?」
「要は戦争が近いってこと。ニュースはみんなこれだよ」
「映画ですよね? え? 私が寝てたのってほんの……」
 彼女は手首の裏の腕時計を見る。
「数時間ですよ? それまでは何の報道もなかったのに……」
「それが映画でもなんでもないのさ。それで、我々の夢島駅での事故は全く報道されなくなってしまった。――いや、こんなことがなくても、もともと報道されなかったかもしれないね。放送局もMAGIがコントロールしているとすれば。噂じゃ、自動運転車の事故がちょくちょく起きているらしい。この近所でも三〇代の青年がトラックにはねられたと噂で聞いたが、やっぱり報道されていない」
 風が吹く。海の中の埋め立て地だから、遮蔽物が全く無いのだ。
「信じられない……。いったい……何がどうなって……」
 姫子先生はバンクベッドのハシゴから降り、テレビを付けた。ニュースはラジオと同じことを流し始める。
 置いてあったスマートフォンにも手を付けようとする。
 その手首を、私は握った。彼女をおいかけてハシゴを下りていたのだ。
「そっちはダメかもしれない」
「え……?」
「君の……いや、我々の位置情報がトレースされる。ラジオやテレビは一方向で電波を拾うだけだからいいけど」
 姫子先生は私をじっと見、それから素直に従った。
「……手動運転者を用意しているなんて、この状況を予想してたってことですか、世奈先生は?」
「――言ったろ。私もマッドサイエンティストなのさ。パトソール氏と同じようにね」
「あの人、どうします。まだ病院にいますよ。MAGIが……もしMAGIがあの人やあなたが考えてるように危険なら、あの人も危ない」
 私は姫子先生をじっと見た。
「――ここは東京の都心部から一〇キロほど離れている。いざとなればゴミの山が遮蔽になるし、だれもこんなところは標的にしない。山に逃げる暇はないかもしれないし、すぐに逃げられる場所はここしか無いと思ってここにいるんだが、病院に戻るかい?」
 姫子先生はじっと私を見る。
「――しかし、彼女は我々の患者です。それに、精神複写科なら、よくご存知のはずです。石英記録媒体は、数千度の熱にも耐えられると。我々は、死にません。世界が正常に戻る限り、復活も出来ます」
 姫子先生はそれから言葉を続けた。
「そして、世界が正常に戻るには、どうやら、リアプノヴァさんの力が必要なようです。違いますか?」
 私は頷(うなず)かざるを得ない。
 それはそうだ。今、おそらくMAGIの策略で、世界は核戦争の危機にある。現実感は薄いが、ニュースがそう言っているのだから仕方ない。そして、MAGIの策略通りに世界が滅びたとしたら、我々の精神と肉体の遺伝子情報が石英記録媒体に残されているのだとしても、きちんと復活させてもらえるのかどうか分からない。
 とすれば、やることは一つ。
 その方法を知っていそうな、パトソール氏と合流して対策するしかない。
(それにしても、飲み込みが早すぎないか? それに、急に危険なところに私を誘導しようとするなんて……)
「姫子先生……もしかして、君、MAGIの仲間だったりしないよね?」
 私は冗談めかして聞いてみた。
 むこうずねを思い切り蹴られた。
「あいたっ……」
「お、お、怒りますよ! 急に何を言うんですか! 駅で急に電車にひかれそうになって……気絶して……! 気付いたらわけのわからないことになってて……! それでも世奈先生の言うことも一理あるから……だったら世界が大変だから……リアプノヴァさんも心配だし……! それで……!」
 姫子先生はその場にぺたんと座り込み、泣き出した。
「私だってわけわかりませんよお……」
 私は肩を竦(すく)めた。
「うんうん……わかった。ごめんごめん……」
 どうも女性の慰め方はよく分からない。
 いや、私も女性なのだが、私自身はこういうふうに泣くことがない。だから相手の気持ちが分からない。
 しょうがないから私は姫子先生の白衣の肩をだき、適当に艶やかな黒髪を撫でていたら、やがて感情が落ち着いたようだ。
「いつまでも適当に慰めてたってしょうが無いと思うんですが」
 俯(うつむ)いたまま姫子先生が言う。
「はやく、いきますよ。先に運転しててください。私はこっちで座ってますから」
 やはり俯いたままで言う。
「分かった。行こう」
 それにしても、と、私は思った。
「急に切り替えたね」
 姫子先生は顔をあげた。その双眸は赤く、涙で化粧もところどころ落ちていた。
「――まだ切り替えてませんよ。でも急がないとだめなんでしょ」
 それと、と付け足す。
「病院の皆さんと患者さんには、こんなに泣いたことは秘密ですからね」
「――信じてるんだ。みんな生き残るって」
「あなたを信じてるだけですよ。世奈先生。このためにいろいろ準備してたんでしょ。マッドサイエンティストの価値ってこういうときしかないんですから、ちゃんと働いてください」
「はいはい」
 私はのそのそと運転席に向かう。
「世奈先生」
 呼びかけられ、振り向いた。
「いろいろ言ってごめんなさい。でも、『信じてる』っていうのは、本当ですよ」
 その微笑みは、本当に印象に残った。二〇〇〇年後でも忘れないほどに。