「ショーン・タン日本紹介のこれから」高槻真樹


 オーストラリアの絵本作家ショーン・タンをご存じだろうか。移民たちの苦難の歴史を異形の文字なしグラフィックノベルに仕立てた出世作『アライバル』(河出書房新社)は、SFファンの間でも話題になった。当方のSF評論賞選考委員特別賞受賞作「文字のないSF」でも大きく取り上げた作品で、思い出深い。それ以外でも、『遠い町から来た話』『ロスト・シング』(ともに河出書房新社)など、SF的なアイデアを感じさせる作品がとても多い。
 そのショーン・タンの日本への紹介を意欲的に進めてきた河出書房新社の編集者、田中優子さんが、2020年に独立し、ショーン・タンの日本における版権代理人として株式会社みにさん・田中優子事務所(鎌倉市)を立ち上げた。田中さんは、私の初著作『戦前日本SF映画創世記』(河出書房新社)などを手掛けてくれた、大恩ある人物でもある。新刊はもちろん、マーチャンダイジング展開を行い、この夏から公式HPを立ち上げ、グッズも次々と紹介していくそうだ。今後の活動について聞いてみた。
(高槻真樹)

--河出を辞めてショーン・タンの版権代理人になる、というのは、なかなか思い切った決断だったと思います。そこに至るいきさつをまず聞かせてください
 田中:数年前に鎌倉へ引っ越した時に、会社に「リモートワークをしたい」「書籍から発生する事業を新たに展開したい」と話していたのですが、ことごとくNGでした。すぐに独立するには、コルクの佐渡島庸平さんのようにたくさん売れ筋漫画家を担当しているわけでもないし、また企画が社内で(通りにくいとはいえ)通らないわけでもなく。出世してもいいことなさそうな会社なので(笑)、このまま遊軍で好きなように編集して定年までいるかと思いつつ、どうしようかぼんやり考えていました。
 そんな2018年の年末に他社の方が、ショーン・タンの展覧会をやると企画され、説明にいらした。それで私も編集者として協力していたら、㈱ほぼ日から、2021年の「ほぼ日手帳」でショーン・タンのイラストを使いたいというオファーがあり、図録や絵画を管理していた求龍堂の方と二人で対応したのですが、やはり契約と作品の品質管理は誰かがやらないといけなくなった。それで作家から日本での代理人になって欲しいと言われ、それなら仕方ないな、と決めました。2019年の暮れです。それで2019年は1か月近く有給取ってそれこそリモートワークを試したりして。振り返ると勝手でしたね。2020年4月末付に退職予定で3月4月は悠々自適に私だけまた有給消化~なんて思っていたら! コロナで全員出社しないリモートワークが始まり、なんだか悔しかったです。
 展覧会じたいはコロナの影響もそう大きく受けずに続き、新刊『内なる町から来た話』を8月に出し、2021年2月までの会期中は他の本の編集もあるし、あっという間でした。

--田中さんの目から見て、ショーン・タン作品の魅力とはどのようなものだと思いますか
 田中:圧倒的な画力、そして物語もSF好きだったからでしょうか、センスオブワンダーの世界。それらがうまく調和しているのが魅力だと思います。言葉は出来る限りそぎ落とし、絵で語る魅力の強さでしょうか。
 
--これまで河出でも沢山の作品を紹介してこられましたが、確か『アライバル』が出る前は日本で紹介された本は『レッド・ツリー』(今人舎)一冊きりで、紹介していくのはなかなかのご苦労があったのではないでしょうか。『アライバル』刊行に際して工夫したポイントと、それがうまくいった理由についてうかがえますか。その後刊行された作品は、日本ではどんな反応をもって受け止められましたか。一番評判が良かったのはどれでしょう
 田中:『アライバル』を出す時は、実は次作である『遠い町から来た話』と両方でオファーしたほうが版権取得に有利だったので、2冊だけはどうかやらせてほしい、と懇願して企画を通しました。後述でもありますが「3000部売るのに3年かかる」と営業部からは「絵はすごいけど、これは売れるか分からない」という感じでした。
 どれだけ苦労したかは、来日時の取材でもいろいろもう書いていますので、あまり愚痴は言わずにおきます(笑)。
 でも、社内で他の人から強烈に反応があるのは、ある意味いいことだと、また売れるものだと経験上分かっていました。その10年前にエドワード・ゴーリーの企画を出した時に学びました。人は、知らないもの、名付け得ないものは、怖いんですよね。
 でも真の芸術は、そうした畏怖を持って現れるものだと編集者としてつくづく思います。そんな著者、作家は少ないですが。
 そして、同じような感覚を別の言葉でショーン・タンも展覧会図録のインタビューのなかで語っていたので、共感します。
 カバーの帯では、高槻さんからもお言葉を頂きましたが、翻訳者の金原瑞人さんや、岸本佐知子さんなど、日本での旗振り役をして読者へ誘って下さる方たちを、ともかくたくさん並べることは工夫致しました。そうしたおかげで読者につながったのと、道尾秀介さんがテレビで紹介して下さったこともブレイクにつながり「3000部売るのに3年」が「3か月で初版6000部を売り、3回重版」しました。
 新作『いぬ』も好調ですが、この代表作『アライバル』と求めやすい価格と小さな版型にした『エリック』がよく売れて読まれています。ちょうど今出ている雑誌「kuu:nel」でも俳優の石田ゆり子さんが大切な本として大きく紹介してくれています。

--確かショーン・タンは一度来日したことがあって、その時付きっ切りでサポートされていましたよね。その時の思い出などありましたら。田中さんの目から見て、ショーン・タンはどんな人ですか
 田中:来日時に対談した柴田元幸さんが「公務員みたいな人」と言ってましたが、物静かなので一見、そう見えるかもしれません。
 エリックではないですが、歩いていても気になるモノの視点がちょっとずれていて。オーストラリア人としてはやはり小柄ですし、親しみを覚えます。誠実で、でも真面目なだけではなく内に秘める情熱は激しい人で、話し始めると実は止まらない勢いなんですよ。仲良くなったら深く深く、面白い人ですね。そしてよく観察する人、それはいつも海外作家やアーティストと会うと必ずそうですが、いい「眼」といい「耳」を持つ人でした。はしっこまで、よくいろいろなことを見ている人というか。怒ったところは今まで見たことはありませんが、頭の回転がいいからか、私はよくイライラさせてしまっているようです(苦笑)。集中すると凄い人、なんだろうな、と。たぶん、制作している時と普段でものすごく違うんだと思います。制作時の姿を見てみたい気もしますがきっと見ないほうが良いと思われます。
 
--今後意欲的に新しい作品を紹介していかれるとのこと。よろしければ、さしつかえのない範囲内で、刊行予定など教えてください
 田中:欧米で出たこれまでの作品を振り返る集大成的な画集『CREATURES』がこの秋、英国を皮切りにオーストラリア、アメリカで発売されました。素晴らしい内容で、これは来年日本でも出したいと企画しています。
 あと、思い切ったことを来春にやる予定なのでお楽しみに。また日本でのリモート(録画)講演(クレヨンハウス主催)も予定しています。

--日本版のショーン・タンストアもオンラインで開設されたとか。おすすめの商品などございましたら
 田中:これが今年いちばん大変でした。HPじたいもこの機会に制作構造も知りたい&自分でディレクションして全部やりたいタイプなのですが、無理だと悟りまして。いつも遅いんですよね、やることが。雑誌「芸術新潮」5月号の特集<大人も読みたい絵本>特集で作家を取材してもらい、その発表時に合わせてギリギリに開設しました。本当は同時にオープンしたかったECショップを8月に開き、初めてのオリジナル商品である2023年のカレンダーが一押しです! 年内はポストカード特典付きです。
 今後は、玩具なども予定しています。ライセンシーもたくさんやっていきたいです。ぜひ、見に来てください。
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