「VOICTION×SFWJ インボイス対談」岡本麻弥×市川大賀

VOICTION岡本麻弥&SFWJ市川大賀 インボイス対談

岡本麻弥 女優、声優。『機動戦士Zガンダム』(1985年)エマ・シーン役でデビュー。『メイプルタウン物語』(1986年)『サイレントメビウス』(1991年)等アニメの代表作多数。洋画の吹き替え仕事も多く、舞台でも「岡本麻弥ひとりスペクタクル『ジョナサン!』」(1989年)などで活躍。今は声優業と共に、インボイス制度反対運動『VOICTION』設立メンバーでもある。

https://voicelessvoice803.wixsite.com/voiction

市川大賀 作家、ライター、脚本家、舞台演出家。20代の頃映画・ドラマの助監督として活躍。その後大病を経てライター業になる。2020年『スマホ・SNS時代の多事争論 令和日本のゆくえ』出版。2022年小説『折口裕一郎教授の怪異譚 葛城山 紀伊』出版。日本SF作家クラブ会員。

https://www.ichikawataiga.com/ )

――今回は、作家や評論家、漫画家やミュージシャンというフリーランスを脅かそうとしている税制度「インボイス」に関して、日本SF作家クラブ会員の作家・市川大賀氏と、『VOICTION』という運動を創設した、声優で女優の岡本麻弥さんにお越しいただき、対談という形で、いろいろお尋ねしていきたいと思います。

市川 2023年から施行される、消費税の新しいシステムであるインボイス。岡本麻弥さんが代表を務める『VOICTION』は、その制度に対して、なんとか阻止しようとする、もしくは改正を求めるフリーランスの共同体なわけですけれど、私のような作家から、個人タクシー運転手や漫画家や、岡本さんのような俳優さんなどの個人事業主を、直撃して廃業に追い込む税制の問題が表層化しています。その中で、岡本さんは具体的には、どんなきっかけで『VOICTION』を立ち上げて戦おうと思われたのでしょう。

岡本 最初は、コロナ禍になっていたので、自主企画・架空TVアニメ「雷神八系-ZANAM-ファム・ファタール~運命の女」の為に、Twitterをマネージャーからやらされたんですよね。それでタイムラインで世の中に起きている出来事を眺めていって。Twitterだから政治的な時事ネタも流れてくるんで、それで学んだ感想とかも本当は言いたいんだけれども、声優はそういうことを呟くことを禁じられてることが多くて。政治ネタのような発言をして炎上をした声優さんとかもいたので、自分も抑えていたのですが。このコロナ禍でいよいよ「まずい!」「声を上げなければ」と思うことが多く、国の根幹に関わるようなことには声を上げ始めた訳です。そんな中、インボイス制度という、今の私たちに直接かかわってくる、下手をすれば職業生命にかかわってくる問題を前にした時、インボイス制度は、理解すればするほど怖い制度なのに、その怖さが周知されないまま制度が施行されようとしていて、とても危険だと思っていたところ、2022年の参院選で、自公政権が大勝利し、インボイスの施行も具体的に決まりました。今から覆すのが難しいのは承知の上で、まだなんとかできるかもしれないと、声優の仲間たちと立ち上げたのが『VOICTION』だったんです。

市川 改めて説明すると、インボイス制度とは、記載義務を満たした請求書を発行・保存する適格請求書等保存方式の略称で、今のままだと2023年10月から施行される税制ですよね。企業に勤めている人、個人事業主でも収入が1000万程度から上の層で、税理士を雇う余裕がある人などにとっては他人事でしょうが、私らのような泡沫作家や、ギャラが低いままの業界で、頑張ってる声優さん等にとっては、死活問題になる、生死を分ける制度になりかねませんよね。

岡本 まぁ実際には殆ど全ての庶民に関係してくるんですけど。声優の世界はギャラが低いのが昔から問題で、今VOICTIONで取ったアンケートでも、実に声優の77%が、年収300万円以下の枠の中にいます。インボイスではそもそも、あくまでも表向きは、個人事業主が個々に税務署で(インボイスを発行できる)適格請求書発行事業者の登録を行うかどうか、選択する自由が与えられているといわれています。しかし、それはあくまで税制の罠で、取引先を選ぶ側の企業としては、インボイスを発行できる課税事業者と取引すれば、仕入税額控除を受けられるため、インボイス制度が導入されると、業者は課税事業者の個人事業主を優先的に選ぶ、ということも充分に起こり得ます。売上高一千万以下の免税事業者は、インボイス制度導入後も、免税事業者のまま事業は継続できます。確かに免税事業者であれば、消費税の納税は免除されますが、免税分がそのまま取引先への負担となるため、取引先からに負担をかけ、そのことにより、自然と敬遠されてしまい、仕事が減ってしまう可能性は否めません。そのため、今現在私たち声優の業界でも、VOICTIONのアンケート結果によると、何と27%もの人たちが、廃業するかもしれないという話恐ろしい結果が出ています。

市川 しかも、手続きをして、自分の立場を一度課税事業者に切り替えると、翌年からは免税事業者の条件を満たしたとしても、消費税の納税義務が発生してしまうんですよね。

岡本 確かに外野からも、企業側にとって、控除が受けられなくてもバリューがあるぐらいの、有能な事業者になればいいではないかという論調もあります。ですが、長きにわたる不況の中で、声優や末端の事業者が価格を上げようとしても無理な話です。現実には収入が少ない、社会経験もまだ未熟な若い事業者たちには、このシステムを飲み込むことすら満足にできない人もいるでしょうし、課税業者になる為の手続きやその後の煩雑な経理事務など、本業以外での事務時間が莫大に増えてしまい、本業を疎かにするか、お金がなくても税理士を雇うかの芳しい選択になってしまうことでしょう。いつからか日本社会は、私たちが学生時代までの「一億総中流社会」と呼ばれていた頃とは、すっかり姿を変えてしまい、格差だけが広がり、税制も福祉も、弱い者がさらに追いつめられ搾取され、大企業や資本家などばかりが優遇される、とても生き辛い社会になってしまっているのが現状です。

市川 消費税も、80年代の導入前は、福祉税などといった名前を纏って、国民を騙そうとしていました。今でも増税のたびに「福祉の為に使うのです」とアナウンスしていますが、実質その増税で補っているのは、軽減した大企業の法人税の穴埋めだったり、全く福祉には向かっていませんね。

岡本 そこはもっと行政側も詳らかにして欲しいものですよね。コロナ禍から始まった自粛の連鎖もあって、私たち俳優が芝居や公演を行うはずの、小劇場やライブハウスは、今もコロナの第7波で公演中止が相次ぎ、7月だけで128公演676ステージが中止され、大打撃を受け続けています。ですが政府からは、何の宣言も出ていないので補償もありません。このままインボイス制度が施行されてしまうと、日本の伝統・文化・芸能が一気に衰退し、廃業者で世の中が溢れることになります。また、インボイス制度は新人や新規参入者には高いハードルとなり、若い芽が育つ前に腐らせ、各業界の成長も止めてしまうことになります。一度潰えた文化・技術は元には戻りません。本当に大事なのは、この国に生きる一人ひとりの国民であり、この国の豊かな文化なんだと、私たち『VOICTION』は声明文を出して活動しているんです。

市川 消費税自体は1989年に消費税法制定で導入されたのですが、遡ると1950年のシャウプ勧告にあった地方財源・付加価値税が元になっているんですね。アメリカ人のシャウプは直接税として設計しましたが、これを1954年にフランスのモーリス・ローレが間接税として提案、「フランス史上最高の発明」といわれました。景気に左右されない安定財源であり、痛税感無く徴収でき、税金逃れもしにくいので “政府にとって” 最高の税金と言われています。一方アメリカは1984年、徹底的に研究検討し「社会保障を必要とする弱者に対し、逆進的であり不公平になる」と導入を拒否、現在も国税として導入されていません。保守思想で消費税を賛美している人たちの中には、先行していたデンマークやハンガリーなどの高税率(25%程度)を例示し、日本もそこへ向かうべきだという馬鹿げた論を述べる人もいますが、高い消費税を徴収している国家は、どこも例外なく、日本よりもはるかに充実した福祉制度を保有していますね。

岡本 今の日本の消費税はほぼ直接税です。直接税には累進や免税や控除が不可欠です。ですが今回のインボイス制度は、その免税点を維持しながら、「課税事業者にならなければ取引先に負担をかける」という脅しによって、免税という権利を自ら放棄させる制度です。消費税導入前からその導入に反対してきた湖東京至税理士は『税の基本概念は「富める者から、苦しんでいる者への分配」のはずなのに、今は逆に「苦しんでいる者の税金を、富める者に差し出す」という状況が続いています』『福祉のための税金というのは、ある人からとって無い人に回すという、 応能負担の原則に適う税金です。無い人から とって無い人に回すのではこれは、福祉のための税金ではなくなります。ただの互助会です。 税として何の意味もないということになります』とおっしゃっています。

市川 そもそもの現状の日本の、福祉改悪、憲法改悪論、増税だけの資本家優遇、格差社会の拡大など、様々な諸問題が国民を苦しめる中で、まずは「国家の国力とは、国民の数なのである」は、中国の近年の躍進などを見ても、古い理屈だなどと侮れません。少子化への危機提唱に関しては、既に団塊Jrと呼ばれる世代の1973年の出生率が2.14だった時代から、将来、未来の国難として各方面から言われてきましたが、日本国政府は一切それらに耳を貸さないまま半世紀を経て、今取り返しがつかなくなっています。少子化担当大臣などをどれだけ置物を添えたところで、今の20代が、10年後の30代になった時に数が増えてる筈がないんです。だから最終的には日本は、移民政策などへ移行するしか道はない。その道を国家政府があえて築いて今があるからですよね。だけど、そうなる前に、まずは弱い者から税金だけはもっと搾り取ろうというわけです。

岡本 日々陳情に行く中で、特に与党の議員さんから「声を上げる人たちの数と大きさ、強さ」が重要だと言われてしまいます。ですので今、ライターや漫画家、アニメーターや演劇人の、それぞれの皆さんがそれぞれの団体を立ち上げ、声を上げて下さって、私たちも横の連携を強めているところです。

市川 それだったら、それこそ政府与党で一人、「漫画やアニメのために」で当選した漫画家の先生がいるんですから、こんな時こそ動いていただければと、素で思うのですが。

https://twitter.com/KenAkamatsu/status/1572861205890605056 )

岡本 赤松健先生は、インボイスシステムに伴う、「氏名を含む個人情報を不特定多数が自由にダウンロードできる」問題に関して、対応していただいたようですが…。その後本当にその部分が安全になったのかどうか、きちんと検証して頂きたいです。

市川 しかもそれって、言ってしまえばインボイスの問題の本質ではないですよね。

岡本 そうですね。インボイス制度は他にも大きな問題が幾つもありますから。

市川 実は私が所属している日本SF作家クラブも、今年の7月22日にインボイス制度に対する反対声明を出しているんですね。その内容も「我が国におけるSF及びファンタジー分野に関する文化及び芸術の振興を目的として活動する日本SF作家クラブの理事一同は、多くの懸念が残るまま推し進められようとしているインボイス制度の導入に反対し、会員有志と共に見直しを求めます」となっています。今は理事会人事が刷新されていますが、この時点での当方の会長は、岡本さんの声優としての後輩でもある、池澤春菜さんでしたね。

https://twitter.com/sfwj/status/1544580720286642176 )

岡本 そうなんです。日本SF作家クラブさんとは話し合いをさせて頂いて、提携協力団体として参加していただけるかどうかを打診しました。

市川 はい、その結果、「賛同団体」あるいは「連携」「協力」という形に落ち着きましたね。

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岡本 横の繋がりを強くしていくのはとても大事なのでありがたいです!

市川 これからの運動をどうしていくか。私たち個人事業主は果たして生き残れるのか、ですよね。

岡本 税金なんて、お金が余ってるところはやまほどあるんですから、そっちから取ってくれればいいと思うんですけどね。なのに、もうどれだけ絞っても何も出ない庶民からさらにとろうとする。「免税」って言葉も悪い意味でミスリードになっていて、まるで今まで税金を納めてなかったかのような印象を与えるんですよね。私たちもちゃんと、税金は払っていますよ(笑)

市川 企業内部留保の5%分だけでも、税金で払わせるだけで、消費税も半分にできるし、そうなればインボイス問題も軽減するわけです。

岡本 インボイスって、お金の流れを全て明確にしようとしているわけじゃないですか。だったらだったで、そこで徴収した税金をどう使っているのか、もっと可視化させるべきだと思います。「消費税は福祉に使います」に疑問符がつくという話は先ほども出ましたけれども、国のお金の使い方に関しては、本当ならもっと厳しく監査をしなければならないと思うんです。私たちも主権者として、しっかりと政治に目を向けていかないといけませんね。

――これで最後になりますが、今回この対談を読んでくださった皆様に、岡本さんからご挨拶をよろしくお願いします。

岡本 一番言いたいのは「私たちは味方なんだ」っていうことです。そして、日本の国で一緒に生まれて住んでいる仲間だということ。私たちは悪いことをしようっていう訳ではない。自分たちだけ甘い汁を吸おうとか、自分たちだけなにか利権にあずかろうとか、そういう可能性は一切ないわけです。むしろリスクを背負って未来のために、今この運動をやっています。もっと信じあえたらいいなぁ~って。子ども食堂問題だって、愛ある民間の人達が自分の身を削って、子ども達に食事をあげています。素晴らしいことだと思います。でも「それ」は国がまず根本の貧困問題の解決を目指すことが先で、それにプラスアルファして、足りないところに民間が手を差し伸べる、っていうのが理想ですよね。なにか、他人のことを考えて行動を起こした人だけが損をしていくという国は、豊かではないです。とても世知辛く厳しいです。だから、もっと国自体が安定していけば、本来の日本人の、思いやりとか優しさとかがもっと出てくるはずです。それはもっと、政治ってものを変えていかなきゃいけないけれども、そこへ目を向けていく。いつまでも目を閉じていないでほしい。確かに今の日本って、あまりいい状態じゃないです。私がアメリカに在住していた時に、自慢していた日本の素晴らしさは、全て失われてしまいました。でも、それらは決して、日本人から完璧に失われた物じゃないと思っています。そもそも狭い国なんですから、助け合わなければ生きていけないんですよ、日本人って。それを思い出すきっかけになって欲しいなと思います。今我々は、一発の銃弾で様々なことに気付かされました。でも、銃弾でしか変えられない世の中になってしまうとお終いなので、言論が利く世の中であって欲しいです。言論を封殺してきた結果、銃弾という形で出てきてしまったので、もう一度、言論と私たちの想い、理想というものが、機能していくきっかけに、今しないと。私たちはアニメ、映画、演劇、小説、などを通して、伝えてきた物もあると思うんですよね、豊かな感受性とか。そういうものを、私も、声優として、表現者として、みんなに何か大切なものを届られたら。「それ」が『VOICTION』だと。

市川 本当に今回はありがとうございました。

2022年10月12日zoomにて収録 文中『VOICTION』嘆願書よりの抜粋含む