「海の向こうの気になる本 気になる人――ハンガリー編」深見弾(「SF宝石」1981年2月号)

海の向こうの気になる本
気になる人――――ハンガリー編

書誌学者からも注目されたSF総目録

深見 弾

 情報が氾濫している現代社会では、必要な情報をいかに早く手に入れるかが、重要な、ときとして決定的な鍵となる。SFでも、熱心な読者や研究者にとって、それは例外ではない。その意味で、コンピュータ社会にあっていささか古風に見えても、昔ながらの冊子になった文献目録が、石原藤夫氏の『インデックス』や『総目録』を例にあげるまでもなく、やはりもっとも経済的であり便利だ。ことに海外SFの研究者にとっては、対象となる国にこの貴重な情報源があるかないかで、仕事が大きく左右される。
 目録作りに古い伝統がある西欧では、SFの分野でもそれが生かされ、多種多様のすぐれた資料が出ている。共産圏ではこの点でもソ連がまず実績を残している。たとえばブリチコフやリャプーノフなどが編集したいくつかの重要な文献目録がある。だが一長一短があり、まだ総合目録の段階にまでは達していない。ところが、書誌学的に見てもさらにそれを凌ぐすぐれたビブリオグラフィが一九七〇年にハンガリーで出ているのだ。『SF・ユートピア・幻想文学総目録』(Tudományos‐Fantasztikus, utópisz‐tikus, Fantasztikus Müvek Bibliográ‐fiájá)がそれ。この目録は、ブタペストの東北東二百キロたらずのところにある地方工業都市ミシュコルツで出版された。タイプ印刷で、一見貧弱に見えるが、SF関係者だけでなく書誌学者からも注目され、発行地に因(ちな)んで〈ミシュコルツ・ビブリオグラフィ〉と通称され、有名になった。七〇年といえば、この国のSFがこれから全盛期を迎えるという転換期であったが、それでもすでに、これには九六六点が収録されている。その後、作家たちの理論研究誌『SF情報』(七一)や季刊SF誌『ガラクティカ』(七二)の創刊、二種類のSFシリーズの刊行と、目ざましい発展をはじめた。そうした状況にあわせて、全面的な増補改訂の準備が進められていたが、ようやく七七年までの資料が整理されて、昨年、第二版が出版された。この新しい版には、千数百名の作家、著者の作品や論文など二六四四点が収録されており、初版のほぼ三倍にふくれあがっている。対象は、文学作品(一八七二点)のほか、科学予測や仮説などのノンフィクションから理論、映画、彫刻などを論じた著作、批評、論文にまで及び、さらには別項目をたてて、コンベンションやファン活動の記事、プログラムなども収録対象にするという徹底ぶりで、ハンガリーのSFを知るうえで絶対に欠かせない貴重な基礎資料だ。
 これで調べると、日本SFがこの国でどの程度紹介されているかが一目瞭然でわかる。だが当然というか遺憾ながらというか、作品ではわずかに七作家、九点。うち長編は周辺領域として載っている上田秋成の『雨月物語』も含め、安部公房『第四間氷期』と小松左京『明日泥棒』の三点。短編では、小松左京の「倒産前日」と「日本売ります」、筒井康隆「環状線」、眉村卓「万国博がやってくる」、福島正実「花の命は短くて」、それに小西岳「地底の楽園」(原作はエスペラントで発表された)の六点。これ以外には、七一年に『SF情報』に載った、七〇年〈国際SFシンポジウム〉の記事だけだ。面白いのは、眉村、福島両氏の姓名が逆になっていることだ。かれらもわれわれと似たようなミスをやるようだ。